003 番人


 ジャッカルがカードキーを使用したことで、ゴウンゴウンと唸り声を上げて、冒険者たちの前で閉じきっていた巨大な扉が開いていく。

(ジャッカルが言うには番人がいるらしいが……)

 魔鎧に身を包みながらも扉の脇に立って身を隠している俺や、他の冒険者たちが緊張する中、「光源投げるぞ!!」と真っ暗な施設内に探索役の冒険者が【光源】の魔法が掛かった魔導具をいくつも投げ込んだ。

 無論、魔鎧を纏っている俺はそういった光源がなくても光を捕らえることはできる。

 魔鎧には暗視能力もあるし、視覚以外の感覚器もあるからだ。

(魔力反応はないが――いや、急に、現れた!?)


 ――跳ねるようにして、俺は背を預けていた壁から離れる。


『敵の魔力反応が出現! 奥に番人がいるぞ!!』

 外部拡声器スピーカーを通して周囲に警告を伝えつつ、大扉の前に立ち、冒険者たちの壁になるようにする。

 冒険者どもなんて全滅してもいいが、こういったことを怠って後でジャッカルに殴られても楽しくないからだ。

 そんな俺の前で、施設奥に投げ込んだ光源の魔導具が次々と消えていく。なんだ? 打撃や斬撃、魔法で潰している反応じゃない。

 そして光源が消えていくと同時に、奥の魔力反応が大きくなっていく。

 次々と光源が潰されることで焦った冒険者たちが、銃型と呼ばれる、筒状の棒みたいな魔杖を構え「光源が潰されてるぞ!!」と声を上げながら、施設奥の暗闇に向かって銃撃魔法を撃ち込んでいく。

 【魔弾】の魔法だ。弾幕を張るぐらいに放てばDランクの魔物ぐらいならば簡単に蜂の巣にできるものだが、闇雲に撃ったことで何かが壊れる音がする。

「馬鹿野郎!! お宝が壊れたらどうするつもりだ!!」

 ジャッカルの怒鳴り声。銃型魔杖を撃った冒険者たちが慌てて「す、すみません。お頭――」と謝罪した刹那、施設奥の暗闇より触手のようなものが飛んでくる。

「う、うわあああああああああああ」「ああああああああああ」「な、なん――おわッ!?」

 開いた大扉の前で魔杖を構えていた冒険者たちが施設奥に引きずり込まれていく。

 直後に、何かの咀嚼音。

 ロングソードの感覚器が、敵の魔力反応が死んだ冒険者分増大していることを警告と共に伝えてくる。

『引け! 引け!! 食われてるぞ! 相手のエネルギーにされてる!!』

 くそ、変なことを考えずに俺一人だけで突っ込めばよかった。

 光源の魔導具も食われてエネルギーに変えられたんだ。どれだけこの施設が停止していたのかはわからないが、長い年月でエネルギーを消費していたならば、もしかしたならば虫の息だったかもしれないのに。

 俺の警告に冒険者たちが魔杖を構えながらジャッカルを見た。

「ちッ、てめぇらは下がれ! 奴隷! お前一人でやれ!!」

『了解ッ!!』

 ジャッカルの言葉に安堵しつつ、了承の言葉を返す。

 敵の速度から見てもAランクモンスター並の強敵だ。

 魔弾ごときの魔杖では援護にもならないだろう。下手に餌にされても敵のエネルギーにされて迷惑なので、一人の方が戦いやすい。

 無論、最下級ロングソード級であっても随伴の魔鎧が一機でもいれば楽ができたんだろうが……。

 魔鎧を纏っている俺は背中の格納ラックから付属の魔剣を引き出し、開ききった大扉の位置から施設正面に立ち、【暗視】モードで奥を見る。

 暗闇の中には大量の触手を全身から生やした、巨大な黒い塊がいる。

 そいつは俺が施設正面に立ったことを理解すると神速の触手を飛ばしてくる。

「ふッ――!」

 それを半身になって躱しつつ、長剣で切り払う。丸太のごとき極太の触手が千切れて、勢いのままにすっ飛んでいく。おわぁッ、と冒険者たちの悲鳴が聞こえる。ジャッカルが何か怒鳴っているが無視する。

 対処はできた。だが安心などできない。そのまま二本目、三本目と触手が俺めがけて突っ込んでくるからだ。

「こいつは、ヘビーな敵だな」

 触手を切り払いつつ、俺は魔鎧の記憶領域から強敵との戦闘用に作っておいた様々なスキルを作動させていく。

 敵の攻撃方法から、次の攻撃を予測する【攻撃予測】。

 全身の疲労箇所を把握し、そこに重点的に魔力を流して魔鎧の疲労を軽減させる【疲労軽減】。

 魔剣の魔力纏いの維持をサポートし、長期戦闘時の魔鎧騎士の精神的な疲労を軽減する【魔剣強化】。

 他にも様々な戦闘用の技能スキルを発動させていく。

(せめてサポート用の魔鎧がいればな)

 支援型と呼ばれる魔鎧には魔鎧用の強力な強化魔法を使える機体がある。それがあればこのロングソードの性能も上がって、戦闘は格段に楽になっただろう。

 本来、強敵とは四騎編成で戦うのが正道なのだ。それをこんな最下級の魔鎧で、こんな強力な守護者ガーディアンとたった一人で戦うハメになるなんてな。

(まぁいいさ。やれるだけ、やってやる!!)

 触手を斬り飛ばしながら、俺は暗闇の施設内へと脚を踏み込んだ。


                ◇◆◇◆◇


「いやぁ、凄まじいですなお頭」

 ジャッカルは隊の采配を任せている副長が傍にやってきて、ふんと鼻を鳴らした。

 轟音に次ぐ轟音。魔鎧とAランク相当のモンスターの戦闘だ。人外同士の戦いとも言えるそれに、Cランク相当の戦力しかないスカベンジャーズでは介入することはできない。

 歯がゆい気持ちはない。待っていればジーク・ヨルハネントはいつもどおりに強敵を難なく倒すだろう。そういう男だった、あれは。

「お頭、ジークの奴を、解放するつもりはないんですかい?」

「なんだ? 情でも湧いたか?」

 副長の言葉ににやにやとジャッカルは嗤う。役に立ってはいるが、ジークは奴隷だ。搾取されるべき存在だ。そういう認識がジャッカルにはある。

「いえ、奴を帝室や公爵家が探してるらしくて」

「あ? 四年前から探してただろ」

 情報を制限しているためにジークは知らないが、四年前からジークを帝国は探していた。まぁ当然だろう。これほどの凄腕、帝室侮辱罪やらなにやらで養成校を退学になっていても周辺各国への戦争に参加させればすぐに武勲で名誉を取り返せるのだ。冷静になって惜しいと思ったのだろうな。

 加えてジークの魔鎧適合率は脅威の90%オーバーだ。ジャッカルは流石に足がつくし、軍需物資の違法売買で国家反逆罪になりかねないからやっていないが、実のところ魔鎧適合率は遺伝しやすいのでジークの精液を売るだけで城を建てることだってできた。

「それが、帝室が本腰を入れているらしくてですね」

「本腰、か。まぁ、そうなるわな」

 ジャッカルは四年前のことを思い出す。帝国の皇太子がまず皇太子の地位を失った。自分に勝った相手だからと皇室の権力を用いて、皇帝が勝利を激賞した平民を奴隷落ちさせたことから暗君の資質があるとされたからだ。

 次にジークの後ろ盾をしていた公爵家の嫡男が婚約を解消された。第一王女との婚約だったが解消されたのだ。

 娘婿を守ろうとしない家に娘を嫁がせることなどできないと皇帝が言ったからだ。

 加えて引退した魔鎧騎士たちのOB会である剣聖会から公爵家当主とその息子たちに対して破門状が届けられた。皇太子にもだ。

 ジーク本人はそう思っていないようだったが剣聖会では期待のホープとして彼はだいぶ可愛がられていたらしい、そしてその高い魔鎧適合率を剣聖会に取り込むべく内々にだが会長の孫娘との縁談まであったようだった。

 そもそもが伝統ある帝都騎士絢爛祭だ。実力主義、能力主義を標榜する帝国が騎士を発掘するためのトーナメントなのである。

 実力ある騎士が勝ったからといって奴隷落ちさせるのはけしからんと、やった皇族も守らなかった貴族も、本当にけしからんと皇族でもある剣聖会会長が関係者一同を罵倒しきっていた。

 そしてこれが大きなダメージを公爵家に与えていた。実際に魔鎧に乗らないとしても魔鎧騎士であるということは貴族の誇りでもある。

 これが失われた事で、公爵家は表で大きな顔をすることができなくなった。

 結果、公爵家に仕える平民出身の騎士が他の貴族の引き抜きにあった。当然だ。公爵家は剣聖会を破門にされている。

 加えて彼らはジークを守らなかった。

 守る素振りすら見せなかった。帝室侮辱罪があったとはいえ、伝統ある騎士の大会で皇太子に勝っただけのことだ。侮辱罪にする方が間違っていたし、後ろ盾をするなら抗議しなければならなかった。

 ゆえに本来は侮辱罪など与えられるはずがないジークを守らなかったことで公爵家は平民出身の魔鎧騎士の支持を失った。

 奴隷落ちしたジークの姿は、未来の自分たちの姿にも見えたのだ。

 ゆえに、騎士たちは引き抜きを受けるとこれ幸いと公爵家から離れていった。

 そうして何事につけ扱いやすい平民騎士を失えば騎士が必要な抗争では貴族出身者の魔鎧騎士が矢面に立たなければならなくなった。戦えば当然死ぬこともある。そうして次々と公爵家の戦力は削られていった。

 そうなれば落ちていくのは簡単だった。

 公爵家は商人などの後ろ盾になれなくなった。弱くなったからだ。もともとジークの件で平民を守らないと悪評が立っていたが、魔鎧騎士が少なくなって本当に守れなくなった。対立する貴族勢力が用いる魔鎧騎士を用いた嫌がらせに対応できなくなった。

 そうして、帝国内の権力争いで負け続け、どうにもならなくなった公爵家は皇帝へ剣聖会や他の貴族家への取りなしを頼むしかなくなったのだという。

 副長が言うには、それにジークが必要なのだとか。

「公爵家も巻き込むとは、皇帝はジークが随分とお気に入りなようだな?」

「いえ、帝室にも問題が出ているようで、皇太子が平民出身の騎士に負けたからとそれを奴隷落ちさせた結果。帝都騎士絢爛祭が茶番と化しました。もともと帝国には権威主義のきらいはあったものの、それが露骨になって、今じゃ爵位が上の相手に勝つのは失礼、なんてことにもなっており、またかつての優勝者も出来レースだったのでは、なんてことが公でも言われるようにもなってます」

 なおこれに激怒しているのが剣聖会だ。ジークの名誉を取り戻さなければ剣聖会OBまで馬鹿にされることになる。というよりなってしまっている。帝室も公爵家も生きたジークを連れてくる必要があった。

 ふーん、とジャッカルが話の内容を理解したように副長にうなずいて見せた。

「実力主義を標榜していた初代皇帝が作った帝都騎士絢爛祭がダメになったから、帝室はそれを元に戻すためにジークの名誉を取り戻すことが必要。で、公爵家もあらためてジークを迎え入れて剣聖会の怒りを鎮めたい、と」

「恐らくは」

 公爵家の事情は明らかだし。帝国は国力を維持するためにも、平民の実力者を重視していると示さなければならない。

 平民が貴族に勝っても良い場所で、貴族に勝ったから謀殺されたなどと評判が出回れば、真に優れた騎士を絢爛祭で見出すことなどできないからだ。

「加えて爵位の差だけで勝ったような人間を絢爛祭の上位者の報酬として近衛騎士や帝国軍に加えているため、帝国の若手層の魔鎧騎士の弱体化が酷いそうです。あと平民騎士も実力を隠してしまって、帝国軍ではなく貴族の私兵になってしまっているそうで」

「まぁそんな状態なら、帝国軍で活躍しても武勲は上司に奪われるから、私兵になりたがるわなぁ」

 何もかも奪われるぐらいなら戦場で活躍せずに、高給で雇ってくれる貴族の私兵の方が楽なのだろう。

「しかし副長よ。いくら優秀とはいえ養成校の生徒一人が消えただけでそんなことになるのか?」

「私も少し大げさだとは思いますが、ジークはきっかけなだけで帝国にはもともとそういう土壌があったんでしょう。それで、本題ですが、そろそろジークを解放したらどうでしょうか? 元は取れたでしょうし、奥のお宝が高値で売れりゃあジークの代わりの魔鎧と適合奴隷を揃えるぐらいなら楽勝でしょうや。無論、質ではなく数で埋める必要がありやすが」

 ジークを持ち続ければ帝室に嗅ぎつけられたら面倒ですんで、という副長の言葉にジャッカルは考え込む。

 帝室や公爵がジークを見つけられないのは、帝室侮辱罪やらなにやらで奴隷落ちしたジークをまともな奴隷商人は扱いたがらずに、違法奴隷を扱うような商人しか扱わなかったからだ。

 そこからジャッカルはジークを手に入れ、散々に使い倒してきた。

 ジークにまともに報酬を与えていれば、とっくに自身を買い戻せるぐらいには。

「――……そうだな。そろそろ殺すか?」

「ジークをですか?」

「奴から俺たちがやってきたことが漏れると面倒だ。奴隷法違反で冒険者資格の剥奪も喰らいかねないし、何より奴が自由になったら、俺たちを許すわけがない」

「なるほど。もっともです」

「ジークが番人を殺して、お宝を手に入れたら、始末するぞ」

 夕食の感想でも言い合うような調子でスカベンジャーズのトップ二人はジークの謀殺を決定した。


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