004 裏切り
(単調、だな)
射出される触手を切断しながら俺はずんずんと相手に向かって突き進んでいく。
おそらくエネルギーが足りないのだろう。本来ならばもっと触手の本数は多かったはずだ。
「運が悪かったな」
ずぶり、と黒い塊に到達すると、その中心に魔力を纏った剣を突き刺した。剣に纏った魔力が吸われる感触もあるが、それ以上に俺が相手の核を破壊する方が早い。本体から生えていた触手はぴくり、と一瞬だけ硬直したあとに、くたりとその全てを地面に横たえた。
『守護者を倒したぞ!』
周囲を警戒しながら俺は言う。光源の魔導具が再び投げ込まれて、番人が守っていた施設が明るく照らされる。魔鎧が持つ暗視機能越しにも見えていたが、典型的な研究施設に見えた。
(ここは、魔鎧置き場か?)
剣先で床のタイルをコツコツと鳴らしながら周囲を見る。正面には機能を停止した黒い塊が転がっている。分厚そうな壁に扉がいくつか見えた。
ここにはほとんど何もない。施設に取り残されたお宝とやらは扉の奥だろうか?
俺は考えながらもマップ作成のスキルを用い、時間を掛けて周辺を捜査していく。ここが番人を置くほどの重要区画なら、トラップの有無なども確かめなければ、戦闘で勝てても、こういった部分でヘマして怪我したら――「おい! 奴隷!! 魔鎧から出てこい!!」
冒険者たちと周辺を調査していたジャッカルが歩いてきて、声を掛けてくる。こういう場所で俺に声を掛けてくるなんて珍しいな。お宝とやらに一目散じゃないのか、なんて考えながら俺は思考操作で魔鎧の登場口を開いた。神経接続を解除しつつロングソードの胴部分が開けば、ジャッカルは俺を強引に引きずり出して、傍らに立っていた若い奴隷の背中をドンと叩いた。前任者だ。俺の前のロングソードの主。
「奴隷。こいつの代わりにてめぇが魔鎧に乗れ」
乗れと言われた青年の顔が喜色に歪む。そいつはジャッカルに魔鎧から引きずり出された俺を押しのけると、ロングソードの中に生き生きとした表情で入っていく。は? 嘘だろ?
「ま、待て、ボス。そいつを乗せて、もしロングソードが敵にぶっ壊されたら、どうやって帰るんだ」
この周辺にはBランクのモンスターだって出現するんだぞ。俺以外に誰が相手できるってんだ。未熟な前任者じゃ勝てるわけがない。そんな気分で抗議すればジャッカルに足蹴にされる。鉄片入りのブーツに腹を蹴られ、俺は血反吐を吐きかける。
「うるせぇな。いいんだよ。それよりてめぇにはヤッてもらうことがある」
くいっとジャッカルは指で背後を示した。壁際に何かがある。俺は神経接続をちゃんと解除できなかったのか、魔鎧から引きずり出されて感覚がおかしくなっている状態をなんとか復調させながらそれを見た。
「……魔鎧、ですか?」
「ですか、じゃねぇよ。てめぇで調べろや」
背中を殴られ、俺はたたらを踏みながらもジャッカルが示したその魔鎧を見上げた。
ですか、と言ったのは俺の記憶にないタイプの魔鎧だったからだ。遺跡にあることから考えても、帝室魔鎧工房の作品じゃない。古代の異物だろう。
(――にしては……)
傍に近寄って、触り、確かめる。この魔鎧、作りかけ、に見える。
魔鎧の甲冑部分を全部引き剥がすと、骨格部分、内臓部分、筋肉部分が現れるのだが、その状態で放置されているようにも見える。
(いや、甲冑部分を肉で作ったのか?)
肉色の魔鎧。その搭乗口を調べながら俺は背後に振り返った。
「ボス、一旦纏ってみます。下がってください」
「おう、存分にやれや」
嫌に物分りがいいな、普段ならばさっさとやれと蹴り飛ばされるぐらいはあるのだが、そんなことを考えながら搭乗口に背中を預けて、魔力を――「じゃあな。奴隷。
にやりと笑ったジャッカル。なんでいきなり奴隷の首輪で命令? 驚愕する俺の前で、ジャッカルの傍らの魔鎧ロングソードが、格納から長剣を引き抜いた。そうして俺に向かって突きをするように構え、放った。
(な、ん――俺に?)
防御のための魔力を纏――いや、回避、無理。奴隷の首輪で身体が動かな――魔鎧を動か、無理、そもそもこの魔鎧を俺は起動すらしてな――は? な、なん? え?
ぞぶり、と出来損ないの魔鎧ごと、俺の身体を巨大な剣が貫いた。上半身と下半身が真ん中から身体が分割される。魔鎧の中に俺の血が満たされる。命を永らえるために魔力を励起させ延命を図るも、穴の空いたバケツに水でも注ぎ込むように、命と魔力がこぼれ落ちていく感触が虚しく身体に広がっていく。
――魔力純度チェック。99.99%オーバーを確認。魔導核を起動可能な純度の魔力が供給されました。
――血液、魔力による専属パイロット登録を完了しました。
馬鹿な。有り得ない。奴隷法違反だろ。っていうか、な、なんで? なんで今なんだ? 俺めちゃくちゃ稼いでただろ。従順だっただろ。俺しかできない仕事やってただろ。は? おかしいって。俺、だって、ま、まだ、何も、何も。
意識が薄れていく。俺が消えていく。身体が死んでいく。畜生――畜生――また裏切られた。畜しょ――……。
――パイロットの生命反応の低下を感知しました。緊急時手順を開始します。搭乗口を閉鎖します。魔導核を始動します。神経接続完了。
――パイロットの精神に外部からの影響を確認しました。パイロットの人権を侵害し、強制的に戦争に従事させることはバーニッジ条約によって禁止されています。
――異物を排除しました。精神の安定を確認。
――治療完了。緊急時手順により、パイロットの意識を覚醒させます。
「ぐ、ぎ、がッ――!?」
脳に電流でも流された気分になって魂が黄泉路から引っ張り出される。同時に、この五年間にもう身体に染み付くほどに慣れた感覚が身体を覆っている。
自分の体温を同じ温度の、肉に包まれたような安心感。同時に俺はまだ身体をロングソードの長剣が貫いていることに気づく。長剣をがっちりと固定しているが、目の前で長剣を握る【
ジャッカルが早く殺せと喚いている。うるさい。うるさい。うるさい。てめぇ、よくも
『長剣を取り込みますか?』
「ッ、取り込み――ああ? どういうことだ?」
魔鎧からの声? 遺跡から発掘される魔鎧や、帝室魔鎧工房でもオーダーメイド品になると
思考が絡まっている。立ち上がるべきなのか。立ち向かうべきなのか。だが、奴隷の首輪がある以上、俺には――いや、なんだ、この清々しい感覚は。
何か、俺に嵌められていた枷が消えている感覚がある。なんでもできそうな。どこまでもいけそうな。
『【対惑星獣用敵拠点制圧特別機】の固有兵装。いえ、貴方の脳から得た、この時代風に言えば魔鎧オリジンナンバー03【
それと、とキメラは言う。
『首輪によってマスターが精神汚染を受けていたので、首輪は廃棄させていただきました。マスター』
その言葉が頭に入った瞬間に、俺は自分の魔力で自分の首に触れる。
(なにも、ない……?)
『【奴隷の首輪】を取り込みました。製造方法を理解。素材を用意することで再構成が可能です』
やらなくていい、と思念を向ける。同時に俺は腹の底から嗤いたくなる感情を抑えきれなかった。
自由。自由だ。自由になった。奴隷の首輪がない。奴隷の首輪がないッ!!
魔臓を全力で励起させる。この魔鎧の全身を魔力で纏い、長剣の刃を両手で握るとロングソードから奪い取る。
『て、てめぇ! 俺の剣だぞ!! ぼ、ボス!! 奴の動きを止めてください!!』
「ジィィィィィィク!!
俺の奴隷の首輪に命令をしているようだが、そんなものは意味がない。俺は長剣に魔力を纏わせ、一閃した。
『あ、あ、あああああああ――』
ずるり、と魔鎧ロングソードの胴に切り込みが走ると、そのままずるりとパイロットを巻き込んで、魔鎧が半分に切り分けられた。五年間使ってきた魔鎧だ。ある種の感慨が浮かぶ。
『戦闘終了後に権能を使用した【捕喰】することでロングソードに蓄積されている戦闘データを回収できます』
「わかった。あとで頼む」
それよりもやることがある。俺は呆然としたまま俺を見上げているジャッカルに向けて、長剣を振り上げると――『マスター。長剣による攻撃は非推奨です』
「あ?」
五年間の復讐を止められ、この機体に対する不信感を抱いた俺に対し、キメラは言った。
『権能を用いて【捕喰】してください。生物は【
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます