005 復讐


(ありえねぇありえねぇありえねぇ!!)

 死んだはずだ死んだはずだ死んだはずだ!! 魔鎧ロングソードによる長剣の一撃で、真っ二つになったはずのジーク・ヨルハネントが、正体不明の、作りかけのような魔鎧を動かした現実に冒険者集団スカベンジャーズのリーダーであるジャッカルは驚愕と恐怖に心身を震わせ、現実の否定を始めていた。

 自分の傍らに立っていた魔鎧ロングソードは、操縦者ごと上半身と下半身に分かたれている。まるで自分たちがジークにやったことの意趣返しのように。

(く、クソがッ! おかしいだろうがよ!! さっきまでぴくりとも動かなかったじゃねぇかあの肉のガラクタはッ!!)

 万が一がないように、先程死んだ魔鎧適合者にあの作りかけの魔鎧の起動を試させた。動かなかった。動かなかったからジークの棺桶にするために、逃さないために、あのガラクタを選んだのに。

 動かないはずの肉の塊のような魔鎧は今では立ち上がって、ジャッカルに向けてロングソードの付属長剣を振り上げていた。

 殺される。まずい、と思うもジャッカルは動けない。逃げようとすれば襲われる。そのような気配が目の前の魔鎧からしているからだ。

 死の気配で震える唇をなんとか動かす。盾になるような人間はいない。ジークを謀殺するために、他の人間は施設の奥に向かわせていたからだ。

 皇室侮辱罪を喰らっているとはいえ、ジークの奴隷落ちは借金だ。借金奴隷のジークを殺すのは、奴隷法違反になる。

 直前でブルってしまうようなアホが出てきたらジャッカルとしても興ざめだったし、魔鎧があれば生身のジークぐらい簡単に処理できると思っていた。

 説得の手間を惜しんだ罰か。

 ジャッカルは生存のために、ジークを説得するしかなかった。震える喉から、言葉を絞り出す。

「……じ、ジーク。話し合おうや。俺たちの間には誤解がある。な? お前の待遇を改善してやっから」

 振り上げられていた長剣が止まった。ジャッカルはなんとかなった、と安堵の息を吐きかけ――死の気配が去っていないことに気づく。

「ジーク?」

 魔鎧の手が振り上げられていた。ジャッカルは二メートル近い大男だが、魔鎧はそんなジャッカルよりも大きい。その大きな、肉色の装甲に包まれた魔鎧の手が、ジャッカルの頭にポンと、振り下ろされた。

「何しやが――?」

 ジャッカルが最後に目にしたもの。それは振り下ろされる手の表面に存在する巨大な口だった。

 その口がジャッカルの首から上を瞬時に喰らう。

 ぴゅー、と首の断面から鮮血が噴き出す。鮮やかに殺されたために、肉体はまだ力を失わず立ったままだ。

 しかし、身体は倒れることを許されなかった。

 再び手のひらが振り下ろされた。そうして残ったジャッカルの肉体が首の先からつま先まで全てむしゃむしゃと食らわれてしまう。

 死んでしまったがゆえに、ジャッカルがそのことを知ることは永遠になかったけれど。


                ◇◆◇◆◇


「あっけなかったな」

 五年間も俺を殴り、蹴飛ばした男の最後は魔鎧に食われるというものだった。ざまぁみろ。俺を裏切らなければもっと長生きできただろうに。

『マスター、作成する下僕ミニオンは、状況に応じて適宜変更できます。現在の保有資源量が少ないため、生産時の素材消費が少ない猟犬型を推奨します』

「あ、ああ。わかった。やってくれ」

 その作成するというのはよくわからないが、ジャッカルを殺して、はい終わり、とはならない。冒険者どもはまだまだ残っている。

 俺は魔鎧キメラを移動させながら、侵入時に開きっぱなしにしていた、大扉に向かう。施設内の冒険者を皆殺しにしないと、帝国奴隷協会から主人殺しとして追っ手を掛けられるし、俺を散々に殴ってきたクソどもを皆殺しにするのは、俺の心の平穏のためにも必要だった。

 俺の動きに反応してキメラが念話を飛ばしてくる。

『ジャッカルの遺品からカードキーを再構成します』

 魔鎧の指先にカードキーが生成された。俺はそれを扉の脇にあったカードリーダーに通した。ゴウンゴウンと音を立てて、扉が閉まっていく。人間用の通用口ももちろん施錠ロックしてやった。

 これでもう、中に入っている冒険者どもは外に出られない。

(外には奴隷連中がいるが、冒険者を置いて逃げることはないだろう)

 逃げれば帝国奴隷協会の追っ手が放たれるのもそうだが、この地は魔境だ。奴隷たちだけで逃げても自衛力がない以上、魔物に襲われたら殺されるだけだ。

 ゆえに扉の外で待機している奴隷たちは勝手に施設の外に出ることはない。

『マスター、猟犬型のミニオンを作成します』

 今後のことを算段していれば、念話が届く。

 同時に魔鎧キメラの腕に大きなコブができると、地面に肉のコブがべちゃりと落ちた。

「なんだ?」

『ミニオンです。生成から十秒程度で活動が可能です』

 言葉通りだった。肉のコブから肉色の犬が立ち上がる。そいつは、わおん、とひと鳴きするとぺちゃぺちゃとした湿った音を立てながら周囲を警戒するように歩き回る。

『戦闘能力はマスターの知識内のCランクモンスター程度です。生成時の素材や、装備を生産することで戦闘能力を強化することが可能です。また、ミニオンは当機の権能である【捕喰】を行使することが可能です』

「あー、もう少し、外観の方はなんとかならないのか?」

 ジャッカルの肉から生まれたとはいえ、見た目が悪すぎる。肉色の犬は、見ていてちょっと以上にグロすぎる。

『外観の向上に際してミニオン生産速度が低下しますがよろしいでしょうか』

「ああ、次からはそうしてくれ」

『ミニオンに【ロングソード】や周辺の備品の捕喰を行わせます。よろしいでしょうか』

「できるって言ってたな。わかった。やってくれ」

 【捕喰】の権能に関しては、頭の中に魔鎧の方から情報をもらっている。この魔鎧が取り込んだものを、異空間に保存し、好きなときに利用する力だ。戦闘時に敵の武器などを奪い取るのに使えそうな、便利な力である。

『了解しました。【捕喰】の権能で取り込まれた物質は、当機専用の【空間倉庫】に保存されます。ミニオンが捕喰したものも例外なくそのようにして保存されます』

 空間倉庫の詳細が頭の中に流れてくる。異空間に穴を開けて、そこを倉庫として利用する魔導技術らしい。遺跡製らしく、現代の魔鎧では再現できない権能だ。

 ただ、似たようなものは聞いたことがあった。アイテムバッグやアイテムボックスと呼ばれる、遺跡で発掘されることがある貴重な魔導具だ。無限とはいかないが、多くの物品を重量を無視して保存できる魔導具だという。

『そうですね。マスターが今思い描いたアイテムバッグなどと同じ技術を用いています』

「なるほど。わかった。ロングソードの取り込みをやってくれ」

 頷きの思念とともに、猟犬型のミニオンがロングソードの残骸に向けて走っていく。五年間使った愛機だが、同時に五年間も俺を縛り付けたものでもあった。複雑な感情があるものの、再利用できるならしていかなければならない。

 それに、俺はその間にやるべきことがある。


 ――そう、復讐だ。


 長剣を手にもち、施設の奥に向けて歩き出そうとして、キメラに止められた。またかよ。

『そこで停止している無人機を捕食してください。あれを素材に戦闘用のミニオンが作成できます』

 ちらりと見ると、先程戦ったAランクモンスター相当の、黒い触手を放ってきたモンスターをキメラを示していた。

『エネルギー捕喰型防衛用無人機【ヘカトンケイル】です。これを当機が取り込むことでヘカトンケイルのレシピが手に入ります。小型化して施設内に放ち、猟犬として用いましょう。ちなみに通常のヘカトンケイルは防衛拠点からの動力供給の他、敵対勢力の装備や生体を捕食して活動しますが、ミニオン化することによって、当機から魔力供給が行われます。ゆえに当機が稼働している限り、ヘカトンケイルのエネルギーが尽きることはありません。もちろん生産数によっては当機の供給を消費が上回ることもありますが、今回の生産数は一体ですので問題なく運用が可能です』

 俺の思考を読み取ったのだろう。キメラは効率よく、そして冒険者共に逃げられないようにと作戦を提案してきた。

 確かに、俺では冒険者憎しと調子に乗り、取り逃す危険や、逆襲される恐れがある。

 感情の制御が未熟。皇太子に勝ってしまったのもそのためだ。

 失敗しないためにも、冷静な視点の意見は助かるところだ。

「わかった。喰らい、ミニオンを放とう」

 先程ジャッカルにやったように手をかざし、俺は自分が倒したモンスターをキメラに取り込ませるのだった。


                ◇◆◇◆◇


 冒険者集団【スカベンジャーズ】の所属冒険者であるギルは慌てた様子で施設内を逃げ回っていた。ボスであるジャッカルに指示されて、番人を倒したあとの施設の探索を行っていたのだ。

「畜生! まだあれが残ってたのかよ!!」

 ギルのような探索役の冒険者に持たされている暗視用の魔導具越しに、真っ暗な通路の奥が見える。

 遠目に見えるのは、先程、奴隷が操縦する魔鎧が倒したモンスターの小型種だ。

 小型種ゆえに先程のものよりも小さい触手しか使ってこないが、その触手の威力は、ギル程度の冒険者を一撃で殺すには十分だった。

 そして出会い頭に、仲間が三人が殺されたことからギルは慌てて逃げ出していた。

 とにかく格納庫部分にまで戻って、奴隷の魔鎧に相手をさせる必要がある。

「くっそー。結構いいもん手に入ったのに!!」

 使い方はわからないものの、ギルドに持っていけば高値で買い取ってもらえるコンピューターと呼ばれる魔導具や、魔力を流すことで光の刃を発生させる筒状の魔導剣などの貴重な品々があったからだ。自分が調べた部屋以外にも、たくさんの部屋が奥にはあったことから、この探索を終えれば相当な分配があるだろう。うまく行けば自分専用の奴隷女や帝国市民権を購入することだってできるかもしれない。

「それには、まず生き残らないとな!!」

 廊下を走り抜け、格納庫にギルは飛び込む。

「おい! 奴隷!! 今からさっきの敵が来――」

 そうして、叫んだ瞬間に、扉の脇に待機し、ギルから見えない位置にいた魔鎧キメラを纏ったジークが振り下ろした【捕喰】の手の平によって、ギルは全身を食らい尽くされるのだった。


                ◇◆◇◆◇


 触手を生やした真っ黒な塊状のユニオン。ヘカトンケイルによって追い立てられた冒険者どもが次々と格納庫部分に飛び出してくる。それを次々と捕喰で取り込み、俺はキメラに指示されてミニオンを作成していく。

 なお外観を重視して作成されるミニオンはつるりとした頭をした頭髪のない凡庸な顔の人間型ミニオンだ。美男美女にも作れるらしいが、そういうことはしない。ミニオンはキメラ曰く、消耗品なので愛着が湧かないようにするのが良いらしい。

 スカベンジャーズの冒険者は男女それぞれいたので、男型と女型、それぞれ十体ずつ作っていく。

 これに施設内にあった服や武器をもたせれば、魔鎧用の随伴歩兵部隊の完成だ。魔鎧がキメラしかない現状ではこれが一番である。

『冒険者の始末ついでに、施設内の備品や設備を捕喰しておきましょう。作成したミニオン部隊を動かします』

 兵士ミニオンに随伴させる【捕喰】の権能が使いやすい猟犬型ミニオンも五匹作成する。人間型ミニオンも捕喰はできるが、キメラと違って自在に捕喰用の口が作れるわけではないので、口が大きい犬型の方がいいらしい。

 なお最初に作った個体は外見が肉肉しいので一回処分して再構成した。ジャッカルの肉で作った肉犬を残すことでジャッカルが死んだあとも奴を嘲笑うこともできたが、正直な所、自由になった身からすればいつまでも死んだ奴に構っているほど俺だって暇ではなかった。

 何しろ俺の青春は奴隷の生で消費されたのだ。

 人生を愉しむためにも、また俺を奴隷に落とした帝国に復讐するためにも、ジャッカルごとき、既に感傷ごとゴミ箱行きだ。

「で、ヘカトンケイルは生産しないのか?」

 あれは強いだろう、という意味で問えばキメラは『活動エネルギーが多く必要な、特殊なミニオンはあまり増やさず、拠点制圧後に適宜処分するのを推奨します。ゆえに普段は通常の生物と同じ、食事でエネルギーを賄えるミニオンを使うのがミニオン運用として最適です。ただ現状、大型モンスターなどとの戦闘が可能なのが当機のみなのでヘカトンケイル一体は常時作成した状態が好ましいです』と教えてくれる。

「なるほどな」

『それと空間倉庫に魔鎧適合率の高い魔臓が一つありますので、パイロット型の、つまりは魔鎧騎士型のミニオンを作成できますがどうしますか? 魔鎧【ロングソード】や金属素材などを取り込んだことで現在の保有資源から、魔鎧【ロングソード】を一騎作成できます』

 なおロングソード内の運用データは取り込み済みです、というキメラの言葉に俺は考える。

「作るか? あー、いや、まだ待ってくれ」

 思い出す。外の魔導トラックに魔鉄蠍の素材があったはずだ。ロングソードを再構築するなら、その素材を使った方がいい。

 それに、外で活動するなら、俺が今纏っている、肉の魔鎧である魔鎧キメラにも甲冑を纏わせる必要があるだろう。


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