006 自由
冒険者集団【スカベンジャーズ】の奴隷頭であるアルは魔導トラックの荷台で奴隷女の胸に顔を埋めながら「うぁー」と声を出していた。
スカベンジャーズの奴隷となって、十年以上経っている。その間に奴隷の運用の適性を買われ、ジャッカルからは奴隷頭として他の奴隷たちより優遇された待遇を受けていた。
冒険者登録していないだけで、実質スカベンジャーズの正隊員のようなものである。
ゆえにジャッカルたち冒険者が遺跡の探索に出ている間の、野営地の保全などもアルの仕事だったが、それらは部下の奴隷たちに任せて美形の奴隷女と愉しむのがここ数年のアルの悪癖だった。
もっともジャッカルは奴隷がうまく管理できていればこういった部分で文句を言うことはないのでアルとしてはやりやすい上司である。
加えて、ここ五年の間はジークという殴られ屋がいるから、奴隷たちが変に害されることもなく、奴隷の損耗も少なく済んでいた。
(ジーク様様だな。くく。あいつは生意気だからな。もっと殴られればいい)
そんなアルは腰をゆるゆると奴隷女と合わせながら冒険者たちがいない空間を楽しんでいたものの、車外から争うような物音が聞こえたような気がして、アルは腰の動きを早めた。
「ちょっと、何よいきなり」
「外で喧嘩っぽいわ。なんでちょい早めで」
「えぇ……いや、腰振るのやめなさいよ。もうッ」
そんな会話をしながらもアルは夢中で腰を振って――ゥオン、と何かが高速で振られる音を聞きながら
「……へ?」
奴隷女が、ぷしゅぷしゅと血が吹き出、惰性でゆるゆると腰が動いたままのアルの首から上を呆然と見上げ、またゥオン、という音のあとに、
――そうして首から上のない死体が、二体作られる。
研究施設のもともとの警備隊が使っていた装備である、光学迷彩機能付きのフード付きマントを纏っていた人間型ミニオンがトラック内に現れた。
その手元には筒状の魔導具が握られている。それは奴隷の殺害に利用した、レーザーブレードと呼称される筒型光剣魔導具だ。スイッチを入れることで瞬時に光の刃を形成することのできる、遺跡から発掘される魔導具の中でも剣士職に人気の魔導具である。
死体が動かないことを確認したミニオンは、手元の通信機に向かって声を上げる。
「……――トラック、制圧完了した」
『了解。犬を向かわせる』
「そちらはどうだ?」
『野営地の制圧は完了した。今、死体や装備を犬に食わせている』
「犬を増やすように進言するか?」
『犬は一部隊一頭でいい。【捕喰】しか能のない
「弱い人間どもにけしかけるのには十分だと思うが、了解した」
ミニオンは生成されたあとは、個々の個体に搭載された脳で独立した行動を行う。かつては念話を用いたネットワーク型の運用が為されていたが、念話を侵食し、ネットワークを乗っ取るタイプのモンスターにミニオン部隊を尽く壊滅させられた経験からこういった形になっている。
またミニオンは生殖も可能である。
そして人間とも生殖が可能だが、ミニオン自体が肉の身体を持つ魂なき生物として作られているのでミニオンから生まれるミニオンもまた魂なき生物であった。
死体が転がっているトラックを一通り確認し、隠れている生存者などがいないことを改めて確認したミニオンは魔導トラックから降りると、周辺の探索、警戒作業に戻っていった。
◇◆◇◆◇
「……ああ、終わったか」
スカベンジャーズの野営地に向かわせたミニオン部隊が戻ってくる。格納庫に待機してドローンと呼ばれる空飛ぶ円盤みたいな魔導具と視覚を同調して、魔鎧の中から制圧の様子を見ていた俺は息を吐いた。
復讐の実感は薄い。自分で殺せばすっきりしたのだろうか?
いや、ジャッカルを殺しても俺はすっきりしなかった。それでも一つの区切りがついた、という感慨は心のどこかにある。
これで俺は自由になれたのだ。
『それではマスター、入手した魔鉄蠍の素材で魔鎧ロングソードを作成しましょう』
キメラ、こいつ、人が感慨に耽ろうとしているところを。
『現状、防衛戦力が不安です。マスターは早急に身を守る戦力を作成する必要があります』
冷静に指摘されて、感情を落ち着ける。わかってる。わかってるよ。
「……ああ、そうだな。わかったよ。ああ、このキメラにも甲冑をつけておけ。現状の、肉の塊みたいな姿だと都市での活動で不都合だからな」
キメラという魔鎧の権能を考えれば全身に口を作成して敵に組み付いて【捕喰】すれば強いかもしれないが、あまりにグロすぎる姿だと警戒心を呼び、国家の討伐対象になりかねない。実際、俺がジャッカルたちを全て始末した事実を知られれば帝国奴隷協会は敵に回るだろう。
『了解しました。施設内から対魔法装甲処理、対レーザー装甲処理の加工データが手に入りましたので、甲冑加工の際に処理を行っていきましょう』
回収してきた魔鉄蠍の素材が猟犬型ミニオンたちに食われていくと、ボコボコとキメラの肉体から甲冑型に加工された魔鉄蠍の甲殻が吐き出される。
(とはいえ、生産している間は動けないな。これ)
『施設から素材を回収していますので、戦力を作成したら【再構成】の権能が使える設備を作成しましょう』
「設備って、ここに永住するわけにはいかないぞ」
『当機の運搬と整備のための
「ああ、整備できるのはいいな」
スカベンジャーズの頃はそういうのは俺の仕事だったが、俺の役割は魔鎧の操縦であって整備ではなかったから、本格的な補修などはできなかった。壊れても直せないというのは不安でしかなかったから、それを誰かがやってくれるというのは正直助かる。
『もっとも当機に整備は必要ありませんが。魔鎧ロングソードのような自己修復機能のない魔鎧を増やすなら必要な設備です』
はは、とキメラに対して苦笑してしまう。確かに、再構成が使えるキメラならば壊れた端から自分を再構成すればいいだけなのだ。
「とはいえ、魔鎧を増やすのも現状じゃあ四騎までが限界だ。そっちも考えないとな」
魔鎧の運用には金がかかる。甲冑の補修などもそうだが、装備だって壊れるし、整備も必要だ。加えて魔鎧自身は魔鎧適合者の魔力でエンジンである魔導核を動かすから燃料が不要になるのだが、魔鎧の装備である
液体エーテルは高いものではないが、魔鎧と歩兵の本格運用をするならそれなり以上の量が必要になるだろう。
それに魔鎧操縦者もどこかで奴隷を調達する必要がある。
本当なら魔鎧騎士を雇いたいところだが、きちんと養成学校を卒業した魔鎧騎士はとんでもない高給取りだし、雇うためには貴族位が必要になる。
ミニオンか、奴隷か。まぁ積極的に人を襲ってミニオンを作る外道行為をするわけにもいかないので奴隷を購入するのが一番だろう。
『魔鎧の活動限界が四騎、ですか』
「ああ、液体エーテルも安くないからな」
『液体エーテルは素材があれば当機の権能で作れます。液体化前より安価で済みますよ』
液体エーテルの相場を知っているのは俺や、取り込んだジャッカルたちの脳から情報でも取得しているのだろうか?
キメラの遵法精神が薄いのは、スカベンジャーズを取り込んだ結果とは思いたくないが。
「マナ鉱石は軍需物資だからな。大量購入すれば国から目をつけられる」
『当機であれば、現地文明を粉砕する程度余裕ですが』
魔鎧キメラは強いし、ミニオンを大量生産すれば勝てるかもしれない。もちろん現実にやってみればそう簡単じゃないだろう。帝国にだって遺物製の魔鎧はある。キメラの権能に対抗するための権能を持つ魔鎧だってあるかもしれない。まぁ権能が無効化されてもそれぐらいなら俺が勝つが。
それに俺の中には帝国への復讐心があるから、帝国と戦争するのも別に忌避感はない。攻めてきたらぶっ殺してやってもいいだろう。
それでも、なんとなくそういうのは違う気がしてならない。
村にいた頃は村長や親の言いなりだった。魔力に覚醒して、騎士に憧れた俺が養成校にいったときは、貴族どもに頭を抑えられた。公爵家の令嬢と婚約して、立場がよくなっても皇太子に勝ったことで俺は凋落した。
そうして奴隷になってからは、蔑んでいた冒険者たちに上に立たれた。
「俺の目的は当面、復讐だ。ただ、そうだな。ただ勝って皆殺しにするってのはな」
『階級社会を破壊したいのですか? マスターは共産主義や社会主義にご興味がおありで?』
「なんだそれは?」
キメラがいろいろと説明してくれる。古代文明成立以前にはそういう時代があったらしい。
貴族のための社会や政治を破壊して生まれた平民のための民主主義や資本主義。それらが生み出す格差に反発して生まれた共産主義や社会主義などなど。
興味深いのは平民の幸福を目指して生まれたそれらの思想ですら、行き過ぎれば多くの不幸を生み出した過去があったという歴史だ。
ちなみに古代文明は長い間資本主義というものをやっていたらしい。全ての国家が消え去ったあとの企業連合による人民の統治世界。もっとも金を持っている組織が人も戦力も持っており、その統治のもとで人間は暮らしていたという。表向きは人類皆平等だったらしいが現在の貴族主義による統治よりもかなり厳密な階級社会だった、らしい。
『マスターは全ての富を上位者が管理して全ての人に平等に分け与える社会がお望みですか?』
「いや、そういうものは別に」
俺は根っからの庶民だ。政治には興味がない。
それでも、俺をこういう状況に追い込んだ帝国の皇子や、貴族どもが根本から滅び去るのは少し以上に興味を惹く。
魔鎧キメラの権能をうまく使って戦えば、皇帝だの貴族だのを倒すことは可能だろう。帝都傍の村だの街だので人を殺しまくって、その素材でミニオンを作成すればいい。それなり以上の人口を持つ都市の警備には魔鎧が最低でも四騎以上は配備されているから、それらを鹵獲して、操縦している魔鎧騎士を再構成すればそのまま自軍の戦力にもできる。
ほら、もう勝つのは簡単だ。さっきの想定は悲観的に考えた結果だけれど、そういう魔鎧キメラに対抗する権能を持つ魔鎧だって、俺以外の魔鎧に相手をさせればいいのだ。
それを続ければいずれ帝国軍を上回ることは可能だろう。帝国は地上から消え去って、ジーク・ヨルハネントの復讐は達成する。
――で、それがどうしたってんだ?
生まれるのは、荒廃しきった人類領域だろう。誰も俺のことなんか尊敬しない。俺を殺すための復讐者が大量に生まれて、憎まれるだけで、楽しいことなんて何ひとつない。
破壊者になるのは簡単だ。力を手にいれて、暴れまわればそれで達成する。
俺が考えなしに帝国と戦えば、帝国は被害者になるだろう。たまたま分不相応な力を手にした、俺というイカれた復讐者に滅ぼされた哀れな国になるだろう。
可哀想な国。不幸な国。歴史にはそう記されることになる。
先に俺を虐げたのは、帝国だってのに。
「なぁ、それだとさ。俺が可哀想だと思わないか?」
『そうでしょうか?』
「そうなんだよ。だったら俺は、もうちょっと旨味が得られる結果にしたい」
良い家に住みたいし、ふかふかの布団で寝たい。美味いものを食べたいし、多くの人に尊敬されたい。綺麗な女を抱きたいし、美しい妻も欲しい。
苦労してきたんだ。人並み以上の幸福を願って何が悪い?
『では、どうしますか?』
「この地上から帝国が消え去っても俺が尊敬されるような結果が欲しい」
『了解しました。それには情報がもっと必要ですね』
「ああ、遺跡から出たら、そうだな。傭兵団を作るか」
軍人や貴族でなくても魔鎧を所持するような戦力を持っていても不自然ではないのは大商人か冒険者か傭兵のどれかだ。
それで一番帝国と敵対しても不自然ではないのは傭兵だろう。
傭兵となって帝国に攻められている国につけばいい。
帝国は大陸の四分の一を支配する巨大な国だ。それと戦いながら情報を集めるのが一番やりやすいだろう。
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