007 命名


 作成したミニオンたちが忙しなく働いている。それを横目に俺は魔鎧から出て、椅子に座って一人の女性型ミニオンと話をしていた。

 俺たちの傍には魔鎧ロングソードを魔鉄蠍や遺跡から獲得した素材で改修した魔鎧ロングソード改が立っている。

 遺物の素材で作られたために、馬力を含めたあらゆる性能が上昇したロングソード改は、今なら俺を殺そうとした前任者が乗ってもBランクのモンスターぐらいなら相打ち覚悟で頑張れば倒せるようになっている。

 もっとも、ロングソード改の中には獲得した魔臓で作成した魔鎧操縦ができるミニオンが乗っているからBランクモンスター相手ならば、前任者と違ってそこまで苦労することもないだろうが。

 とはいえ、残念ながらキメラの内部には魔鎧騎士を作成するレシピがないために、この操縦者ミニオンは魔鎧騎士ほど操縦技術は高くない。

 古代文明の魔鎧操縦者としての基本的な操作しかできないのだ。

「それは、かつての文明より、今の文明の方が魔鎧の操縦技術、というより魔臓の性能が上だからですね」

「そうなのか?」

 そして今、俺が話しているミニオンは、魔鎧キメラの端末個体だ。

 他と区別させるために一際美形に作られたその個体は、金髪碧眼の美女姿に、遺跡から見つかった研究者の服を着て、椅子に座って俺と一緒にミニオンたちの作業風景を眺めている。

「はい。かつての文明では未だ人体に適合させた魔臓部分の研究に関しては発展途上でしたから、当機――【混成獣キメラ】がこの施設に保管されたのもそのためです。物質を取り込み再構成するという権能を与えられたがために、特別に作られた強力な出力の魔導核を搭載しなければならなかったキメラは、極端に高い、それこそ適合率が100%をオーバーする特別な人類でしか扱えなくなってしまいました。ゆえに魔臓の研究が進み、適合率の高いパイロットが生まれるまでは保管されることになったのです」

「100%オーバー……俺って100%越えてるのか」

 俺の適合率が90%オーバーだと言われてきたのは、帝国の検査機械の計測最大値を越えていたからだ。だが高度な古代文明が作った魔鎧であるキメラが100%を越えているというのならばそうなのだろう。

 それを帝国の人間が知っていれば、俺は奴隷として売られることはなかったのだろうか?

(いや、きっとそれでも売っただろうな)

 現実のクソさを思って皮肉げに笑みを浮かべた俺に対し、キメラはにこりともせずに言う。

「はい。それとキメラの権能である再構成は様々なものを作り出せますが、ある種の、特別な素材などは捕喰で直接得るしか入手手段がありません。魔鎧適合率の高い魔臓もその一つです。なので帝国と戦った際に帝国騎士を捕食して、魔鎧騎士のレシピと適合率の高い魔臓を得るまでは、今のミニオンで我慢するしかありませんね」

 それともう一つ、とキメラミニオンは言う。

「適合率の高い奴隷を買って捕喰すればとりあえずの素材は集められます。もっとも、ミニオンは魂を持ちませんので、新しい技術を生み出すのは不得意です。なので修練や学習をミニオン自身に手探りでさせて、魔鎧騎士にするのは不可能でしょう。ですが脳と肉体の学習効率は高いのでマスターが教育することで魔鎧騎士化させることは不可能ではありません」

 ええと、つまり放っておいても魔鎧騎士にはならないが、俺が教え込めば魔鎧騎士にできるのか。

 ただ、素材に関しては帝国軍相手じゃないとだめだな。俺はそれをこの場で明言しておくことにする。

「罪のない奴隷は捕喰しない」

 スカベンジャーズの奴隷を捕食したのは、奴らもまた俺の復讐対象――というほど恨んでいたわけではないな。

 奴隷である奴らは俺を迫害はしなかったが助けもしなかった。

 借りもなければ貸しもない。ゆえにスカベンジャーズと敵対したことで躊躇なく殺せた。

 捕虜にせず、皆殺しにした理由も勿論ある。

 俺が主人であるジャッカルたちを殺したことを知られるとまずいからだ。

 生きていられると不都合があったのだ。

 逆に言えば、そういう理由でもなければ奴隷をわざわざ殺そうとは俺も考えない。人道を外れ続ければ俺の尊敬されたいという目的は果たせなくなる。

 もっとも名声と人道に拘った結果、得られる利益を逃すような事態は俺も御免だから、人命優先にも限界はあるが。

「キメラ、人間で食っていいのは帝国の人間だけだ」

「了解しました」

 特に逡巡なくキメラミニオンは頷く。

「しかし、キメラという言い方はめんどくさいな」

「めんどくさい、ですか」

「ああ、こうやって端末化して顔を合わせているのに、あの無骨な肉の騎士とお前を同じにするのはどうかと思ってな」

「ふむ……この端末は美形に作りましたが、マスターはこの端末に発情していますか?」

「そう思うか?」

 こうやって魔鎧から出ているが、死にかけた際の治療としてキメラの肉を埋め込まれた俺の身体は、魔鎧キメラとどこか深い部分で繋がるようになっているせいか、俺の思考はこうやって外に出ているときもキメラには筒抜けになっていた。

(それとも魔鎧キメラの騎士となったことで何かが繋がったからか?)

 そんな俺を見てキメラミニオンはいいえ、と首を横に振った。

「マスターは、ミニオンに欲情しないみたいですね」

「お前と繋がってるせいで生き物じゃないってのは感覚でわかるからな」

 ミニオンがどれだけ美男美女に作られていても、せいぜいが良くできた人形にしか感じない。会話が可能でも、だ。

 魂が宿っていないという意味がよくわかる。脳や肉体の刺激で、そういう反応を返すだけなのだミニオンは。

「まぁお前を一度抱いてみたいという興味はあるよ」

 俺がキメラミニオンに抱くのは、よく出来た魔鎧を見たときに、纏って戦ってみたいとか。見事な名剣を見たときに振ってみたいとか。そういう感覚だ。

 美女として作られているから、男の性欲で抱いてみたいというそれだけのことだ。

「では今晩お相手しましょう」

「なんだ、いいのか?」

「マスターの興味を満たせるのは、当機の満足度・・・にも繋がりますので」

満足度・・・――そういえば、お前ってなんで俺に従ってるんだ?」

 不思議と今まで疑って来なかったが、ここまで意思のはっきりした魔鎧が、操縦者というだけで俺に従うのも奇妙な話だ。

 特に俺など、遺跡に不法侵入した盗賊のようなものだろう。このキメラからしてみれば。

 しかしキメラミニオンは敵対心など浮かべずに俺の問いに答えてくれる。

「パイロットのために働くのは魔鎧の本能ですので」

「そういうものなのか?」

「ええ、生物型パワードスーツ、マスターたちの言うところの遺跡製の魔鎧には、反乱防止のために基本設計に【パイロットが大好き】という感情が組み込まれているんです」

 ふむ、パイロットが大好き。人間が大好きではないのか。

「作られたのが対宇宙怪獣用とはいえ、兵器ですから、任務で人間を殺すこともありますからね。人間が好きだと論理矛盾を起こして、搭載されている人工知能、つまり私が崩壊するでしょうね」

「あまりよくわからないが、その【パイロットが大好き】という感情を排除しようとは思わないのか?」

 それが組み込まれたものだとわかっているなら、排除したくならないのか、という意味で聞けば、キメラミニオンは俺に不思議そうな顔を向けてくる。

「なんの意味があるんですか?」

「組み込まれた感情だろう? 鬱陶しくならないのか?」

「なりませんね。生物型パワードスーツの人工知能の情緒面というか、メンタル部分は人間ほど複雑には作られていませんので。パイロットが大好きという感情を排除しようと思うこと事態が論理矛盾を起こすようにできてますから」

 矛盾した感情を抱きながらも平気で過ごせる人間とは根本的に違うのです、とキメラミニオンは言う。

 【所属組織が大好き】や【所属組織の上位の人間が大好き】という感情を設定されていないのもそれが理由らしい。それを組み込むと、該当人物が複数いて、それらの利害が対立したときにどちらに味方をすればいいかわからずにどちらの敵にもなる危険があるから、ただ一つのパイロットのみを愛するようにできているのだという。

「パイロットならば反乱しても解雇すればいいだけですからね。魔鎧は整備や装備の購入などの必要性から、パイロットはどこかの組織に所属しなければ戦力維持ができませんでしたから、パイロット単独で反乱を起こす危険はなかったのです」

 魔鎧の維持に金がかかるのは、スカベンジャーズほどの冒険者集団でもロングソード一騎しか保持できなかったことから考えれば当然だな。

「マスター、当機を人間だと思わないでください。昆虫だと思った方が楽ですよ」

「了解した。ただ端末には名前をつけておこう。外で名前を呼ぶときにキメラだと不審に思われるからな」

 キメラは人間の名前ではない。

 そうだな、としばらく考えて俺は頷いた。

「ヒルデでいいだろう」

 ヒルデ、とキメラミニオンは不思議そうな顔をした。

「何か由来が?」

「地元の幼馴染がそんな名前だった」

「なるほど。了解しました」

 その日の晩にヒルデと性行為をしてみたが、身体の極上さに比べて精神面での満足度はそれほどなかったとだけ言っておこう。

 ただ俺の精液が軍需物資扱いされる以上、性欲の解消をその辺の娼婦で行うのは危険なのでそういう意味でこの美女が手元にあるのは悪いことではなかった。

 ハニートラップ対策にもなるしな。

 それに五年ぶりに女を抱いたのだ。そういう意味で俺は満足したし、俺が満足したことでヒルデも魔鎧の本能のせいか満足した。

 ウィンウィンの関係であった。


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