奇妙なアルバイト(最終章)

オンボロ車に可不可を乗せて歌舞伎町へ出かけた。

百合子と黒服の男がビルの前でビラ配りをはじめると、可不可をビルの少し先に停めた車から出して、黒服の男の背後に近づかせた。

「まちがいありません」

すぐに車にもどった可不可は、そっけなく言った。

「あの男か?」

可不可はうなずいた。


母親に夕食を食べさせ、いつものように台所で立ったまま食事を終えると、自室にもどり、マグを両手で挟むようにしてコーヒーをひと口飲んだ。

「どうしよう。・・・警察に匿名の告発状でも送り付けようか?」

ひとり言のように呟くと、

「証拠は揃えられますか?」

と可不可は逆にたずねた。

これには思わず考え込んでしまった。


吉岡徳三の屋敷のフェンスにカッターで穴を開け、あのキャバクラの黒服が忍び込んだとして、その日時を特定する証拠がない。

「証拠は犬の嗅覚です」

などとはとても言えない。

いくら可不可が優秀なアンドロイド犬だとしても、ヤコブソン器官に残った嗅いだけでは、証拠にはならない。のは明々白々だった。


黒服が寺崎の家のガレージに忍び込んでゴルフクラブと発煙筒を盗んだという証拠を見つけ、事件のあった日の黒服のアリバイも調べなければならない。

いやはや、ひとひとりを罪に問う警察の仕事は大変なものだ。

「アルバイト先のキャバクラのマネージャーは危険な男だと、菱田くんに警告する手もある。・・・だが、菱田くんに、余計なお世話だと一蹴されそうだね」

可不可は何も答えなかった。

二か月後、ついに意識がもどらないまま、吉岡徳三は死んだ。


葬儀は、旧姓菱田の未亡人吉岡百合子が執り行った。

これは、あとで玲子から聞いたのだが、吉岡老人と柳原美知子が煙から逃れる時に、ガラスのテーブルに置き忘れたダイヤモンドの婚約指輪と婚姻届を、百合子がとっさにバッグに入れて、屋敷の外へ逃げたそうだ。

間髪を入れずに、婚姻届を吉岡家の顧問弁護士に持ち込み、弁護士とともにすぐ区役所へ届け出て受理された百合子は、その日から吉岡徳三夫人となっていた。

すぐさま、徳三の息子娘から婚姻無効届が出されたが、すべて却下され、二か月後には晴れて未亡人となった。


同じころ、百合子がアルバイトをしていたキャバクラの黒服の來田翔一は、ひとりで飲みに行った先のヤクザが経営するクラブの店長と些細なことで喧嘩になり、どこまでも突っ張る來田は店長の仲間の男たち5人に袋叩きにされ、内臓破裂であっけなく死んだ。

百合子は、來田に吉岡老人と結婚したことは黙っていたようだ。

もし知っていたらどうなっただろう?

大金持ちの若い未亡人の百合子のヒモのような存在になっただろうか?

來田は、それを潔しとしない若者だったはずだ。

打算を嫌い、粋がって直情だか激情だかに生きる男ほど始末に負えないものはない。

おのれの激情によって自滅するか、打算的な男たちに持ち上げられて利用され、裏切られて切り捨てられるか、だ。


学校を辞めた百合子はクルーズで世界一周の旅に出た、という噂を聞いた。

「女の美貌は金になる、ということわざはありませんか?」

ある日、可不可がたずねた。

「さあ」

さんざん考えたが、何も思いつかなかった。

・・・犬も笑うというのは聞いたことがある。

可不可の口元を見ると、必死に笑いをこらえているようにも見えた。




(了)

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奇妙なアルバイト~引きこもり探偵の冒険3~ 藤英二 @fujieiji_2020

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