奇妙なアルバイト(その12)

「大金持ちになった未亡人の恋人と再婚するのが、金銭的には非常にお得です」

やはり、可不可には、人間の感情の機微というものが、まるで分かっていない。

「・・・だが、この男は寺崎と同じように結婚には反対だった。金の損得勘定など全く考えない、激情の男だ。もっとも、寺崎に殺人の罪を着せようという冷たい計算も働く、凶悪凶暴な男だ」


「犯人を手引きしなかった菱田くんに罪はない」

「はい」

「犯人は、殺すとは言っていなかった。だから、菱田くんは何が起こったのか分からなかった」

「すなわち、共犯関係はないと言いたいのですね?」

「その通り」

百合子の身辺を洗えば、そんな凶暴な恋人が見つかるかもしれない。

だが、こちらは警察ではない。

誰に依頼された訳でもない。

「真犯人を探すのは自己満足でしかない」

そんな考えを口にすると、

「はい、だいいち一文のお金にもなりません」

可不可がうなずいた。

「犯人の匂いは、君のヤコブソン器官に、まだ記憶されているの?」

「はい、ばっちりです」


支離滅裂な結論だが、ともかく、菱田百合子を尾行することにした。

学校の授業が終わると、百合子はキャンパスにとどまらずに、すぐに校門を出た。

学内に特に親しいボーイフレンドもいるような気配はなかった。

新宿の駅ビルのトイレに長いこと入っていた百合子だが、化粧気の全くなかったのが、濃い化粧で派手な顔に一変して出て来たのには驚いた。

速足で歌舞伎町のネオンのアーチを潜った百合子は、右手奥の雑居ビルに入っていった。

見上げた8階建てのビルは、縦一列にけばけばしく輝く、性風俗の見本市のような雑多なお店の名前の看板で飾り立てられていた。

しばらく呆然とビルを眺めていると、エレベータが下りて来たので、あわててビルの横に隠れた。

華やかなロングドレスに着替えた百合子とエスコート役の若い男が、ビルの前で通行人にビラ配りはじめた。

マネージャーなのか、タキシード風の黒服に黒い蝶ネクタイの男は、ビラを受け取った通行人が、王女のように輝く美しい百合子をからかうのを、刃のように鋭い目で見ていた。

もし百合子に手でも触れたら、いきなり殴りかねない凶暴さを内に秘めている男のように思えた。


翌日も翌々日も、百合子は学校を終えると、日課のように、歌舞伎町の奥地のキャバクラに、いそいそと通った。

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