奇妙なアルバイト(その11)
今日はリハビリの日ではないのに、母親が家にいなかった。
しばらくすると、杖を突いて足を引きずりながら、ようやく帰ってきた。
半分麻痺した顔で何か言おうしている。
「リハビリに少し歩いてきた」
と言っているように聞こえた。
母は自由に歩き回り、自由に話せる元のじぶんにもどりたかったので、じぶんなりのリハビリを必死に頑張っていた。
もっとも話せるようになったら、
「学校へ行け」
と口汚く罵るにちがいない。
節電のため可不可の電源を切り、夕食の支度にかかった。
母親の食事の世話をしてから、いつものように台所で立ったままご飯を手早く喉に流し込んだ。
ドリップしたコーヒーをマグにたっぷり注いで部屋にもどり、可不可の電源を入れた。
「スタンバイ中でも少しは考えたかな?」
と半分冗談に言うと、
「ええ、ずっと考えていました」
と可不可は生真面目に答えた。
可不可と正対して椅子に座り、湯気の立つコーヒーマグを両手で包むようにして口へ運んだ。
「犯人は、あのフェンスの穴から侵入し台所の勝手口から屋敷に入った。これは間違いないね」
「間違いないです」
「犯人と寺崎の接点は何だろう?・・・菱田くんをプラットフォームから突き落とそうとしたり、剃刀を送り付けたり、アパートのゴミの集積所に火を点けたのが寺崎だと犯人は知っていた」
「おそらく、百合子さんが、身近にいる人間に犯人捜しを頼んだのでしょう」
「僕が引き受けるとも引き受けないともあいまいな返事をしたので、その身近な男に頼んだ。・・・その男が寺崎浩司を突き止めた。それで。吉岡家の家族関係と当主の徳三が、菱田くんにプロポーズしていることを知った。あるいは、菱田くんがそんな打ち明け話をしたか」
「正式なプロポーズがお屋敷で行われる日時を知った犯人は、寺崎の家のガレージに忍び込み、ゴルフクラブと発煙筒を盗んで犯行の日を待った」
「そんなことまで打ち明けるとは、よほど身近な人間だね。・・・恋人か親族か?」
「百合子さんに聞けばすぐ分かるはずです」
「今となっては、正直に答えるとも思えない。でも、どうして殺す?・・・親なら、金目当てで、死にかけている老人とする結婚には反対だろう。いや、賛成か?・・・どちらにしても、菱田くん本人が決めることだ。しかし、菱田くんに惚れ込んでいる男なら、老人との結婚など絶対反対だろう。そんな物分かりのいい恋人なら、恋人ではない」
可不可は首をひねった。
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