第一夜 『少子化対策』
21世紀に入っても多くの病院が「親方日の丸」に固執する中で、いち早くエイチ病院は独立行政法人に名乗りを上げた。
これに対して、200施設以上の統廃合を迫られていたアアセイ省は、モデルケースとして異例の優遇策を提示した。
少子化対策を推進するという条件付きではあったが、独立行政法人化にあたり臨床研究部まで新設してくれたのである。
この大きすぎるご褒美が生まれた裏には、中央省庁同士の駆け引きもあったらしい。
大都市における余剰医師現象は全国的傾向となり、ブンブ省は医学部学生定員の大幅削減に重い腰を上げた。
その煽りで教官定員も削減されたため、余剰人員をアアセイ省が受け入れたのである。
医学部教授会に人事権を握られていたアアセイ省としても、紐付きでない医師を大量に選別できるというメリットがあった。
エイチ病院臨床研究部では、少子化対策として〈環境ホルモン〉に注目した。
正式には内分泌撹乱物質と呼ばれ、生体にホルモン様作用を与える環境中化学物質である。
プラスチックや農薬など多くの工業製品に含まれる合成化学物質が、弱いエストロジェンのような作用をするのである。
そのため野生動物の雄の中には、ペニスが著しく小さかったり産卵したりという、雌性(メス)化の兆候を示すものが増えてきた。
ヒトに関しても20世紀後半には、精子数が半減したという報告が出されていたのである。
それにも関わらず、環境ホルモンを含む工業製品の乱用に歯止めが掛かることはなかった。
アアセイ省が2005年に行った調査では、100種類以上の環境ホルモンが人体から検出されている。
その結果、精子数の著しい減少化のほかに、女性では子宮内膜症の増加が社会問題となっている。
つい最近のテレビワイドショーでも、人工授精を用いずに妊娠した夫婦の話題が取り上げられたほどである。
ただしワイドショーのことなので、真偽のほどは不明だが…。
エイチ病院の臨床研究部では、究極の少子化対策ともいうべき〈イザナギ・イザナミ計画〉が進められている。
具体的な研究内容はアアセイ省から公開を止められているが、国連が提唱している〈ノアの箱船計画〉に関連したものである。
同じような計画が世界中で進められており〈アダム&イブ計画〉ならびに〈ジャック&ベティ計画〉は既に完了している。
地球上から環境ホルモンが消失した暁には、超高性能細胞保存装置のなかの精子と卵子が自動的に人工子宮へ送り込まれ、第二の人類が誕生する仕組みにはなっているのだが…。
「ああ、しゃべってしまった」
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