第七夜 『不良債権』

 金融ビッグバンを目前に、日本の大手銀行は不良債権の処分に頭を悩ませていた。


 そこへ目を付けたのが、アメリカの金融機関である。

 既に同様の危機を乗り越えノウハウを持つ彼らは、一刻も早く手放したい日本側の足元を見て、二束三文で買い叩いた。

 それも買収されたのは利用価値のあるものだけで、結局は本当の不良債権が残るという結果に終わった。


 これを見たアアセイ省は、口達者な幹部を選りすぐって渡米させ、密かにHMOとの接触を始めた。

 交渉に際しては弱みを見せないよう、全国の国立病院や療養所の立地条件の良さを強調した。

 端から無理を承知の交渉にもかかわらず、HMOは全施設を職員付きで一括購入した。

 売却金額については、政府の判断と言うことで明かされなかった。

 当時の週刊誌ネタによると、〈特殊会グループ〉も購入の打診をしたが、医師会からの強力な裏工作で実現しなかったようである。


 完全なアメリカンスタイルで病院経営を始めたため、職員の多くは最初の数年で退職してしまった。

 アアセイ省が職員の生首を切れないため、HMOと結託して売却劇を仕組んだという噂も飛んだほどである。


 大きな変化と言えば、職員の補充を人件費の安い東南アジア系に求めたことと、病院内での共通語を英語にしたことである。

 ここまでドラスティックな大改革も、日米安保のガイドライン見直しの際、アメリカ側の言いなりになったことに始まる。


 もちろん、有事の際のアメリカ軍支援策のため、後方ベッドを提供することになった施設ばかりではない。


 エイチ病院はHMOの傘下に入った今も、売却当時の姿そのままで残されている。


 朝8時半になれば院内放送から「名も知らぬ~」のメロディが流れ、同時に外来窓口のシャッターがガラガラと開く。

 夕方には「カラスなぜ泣くの~」のメロディとともに、医局の酒宴や事務室での時間外業務なども当時のままに繰り広げられている。


 アアセイ省からHMOへ売却が決まった際、日米政府間で極秘の取り決めがあった。

 アメリカ側から不良債権との査定を受けた施設は、「日本的文化の継承」という名目で保存されている。

 そこで働く私たち職員には、退職金などもない代わり、死ぬまで停年もないのである。

 今日も大勢の患者という名の見物人たちを前に、親方日の丸を振って殿様稼業を演じている。

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