第四夜 『診察券』
外来予約制が完全に実施されてから、エイチ病院では診察券が使われていない。
それとともに、駐車場や外来の慢性的な混雑も解消された。
迷惑駐車の車両ナンバーを読み上げる院内放送。
患者さんを診察室へ呼び入れる看護婦の声。
テレビから流れ続けるワイドショーやメロドラマ。
それに負けじと会計窓口での呼び出しマイク。
……それら全てが消えてしまった。
今では、アルファー波を基調としたBGMが楽しめる静けさである。
昔話になるが、紙の診察券を外来窓口に差し出していた頃は、朝早く診察券だけ出しにきたり、他人の診察券の下に入れて順番をごまかしたり、あの手この手が横行していた。
そういうトラブルへの対応も、外来窓口の看護婦にとっては大切な業務であった。
早朝から受付の順番待ちをしているお年寄り同士が「あのひと、今朝ぁ顔みねけど具合でも悪いんだべが」などと心配する光景も、今では笑って話せる語りぐさだ。
その後、診察券が紙からプラスチックに変わり、エンボスカードとして使用されるようになった。
伝票へIDなどを書き込む手間が省けて職員は大喜びであったが、患者さんにとってのメリットは何もなかった。
逆に、事務当直が再来受付器のスィッチを入れるまで、ずっと並んで待っていなければならないのである。
もちろん立って行列していたわけではなく、常連さんたちは再来受付器脇のベンチに架空の番号を振り、そこに座ってお喋りをしながら時間をつぶしていた。
時代の流れで患者サービスが叫ばれるようになって(形ばかりの外来予約制ではあったが)アアセイ省から地方局を通じての強い指導により始められた。
しかし、外来業務の増加を心配する看護部の強い反対にあり、電話での予約やキャンセルは受け付けないということになった。
その結果、予約実施率は予想どおり低いままで推移しただけでなく、前もってキャンセルの連絡を受けられないため、外来は以前にもまして混乱した。
時は移り……エイチ病院のエージェンシー化にともない、真っ先に行われた業務改善は遠隔診療も含む外来患者の完全予約制である。
あらかじめヴァーチャル・クリニックで簡単な診察を受けた患者さんは、予約日に来院して検査や処置を受ける手筈になっている。
手術もone day surgeryが多いため、平均在院日数は欧米なみである。
外来患者の新患率ならびに紹介率も高く、先月の飛び込みは車ごとロビーに入ってきた飲酒運転の外傷患者だけであった。
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