第三夜 『臨床教授』

 エイチ大学医学部では、臨床実習の依頼施設を対象に〈臨床教授〉や〈臨床助教授〉という称号を与えてきた。


 臨床教授の資格は、博士の学位を有するなど7項目の全てに該当し、教育研究上の能力があると認められる者とされている。

 また、学位項目の削除と年数の短縮によって、臨床助教授の資格も定められている。


 医師の平均年齢が高いこともあって、エイチ病院では多くの医長が臨床教授の称号を受けた。

 また、学位を持っていない医長や中堅医師は臨床助教授となった。


 ご褒美といっても無報酬であり、単に名誉勲章的意味合いしか持たないが、それでも名刺にエイチ大学臨床教授と刷り込む者まで現れた。

 医長連中が臨床実習に目を向け始め、医学部教授会の作戦は見事に大成功であった。



 しかし、この制度が始まって10年もたつと、無冠なのは大学からのローテーション医師が数名だけという状況になった。

 さらに、部屋のプレートを「医長室」から「臨床教授室」に代えるのが流行し始め、その中に埋もれて「院長室」の威厳が無くなってしまう。

 当然のように、臨床教授会や臨床助教授会も毎月開催され始めた。


 称号は一度与えられると更新の審査などもないため、いつの間にか制度自体が形骸化してしまった。


 そこで医学部教授会は認定資格を見直す。

「学生の臨床教育に熱心な者」という一項が抜けていたことに気づいた。

 新しく定められた規定では、その項目を盛り込むとともに「任期は1年」として「毎年公募」することになった。


 さらに臨床実習を受けた学生の代表数名が医学部教授会のメンバーと一緒に審査にあたった。

 臨床教授や臨床助教授のモチベーションを高めるため、教育助成金が配分されたことは言うまでもない。


 それと呼応するように、独立行政法人エイチ病院の医長資格が見直された。


 病院外からのメンバーも含む理事会では、病院機能評価スタンダード39版に沿うよう、異例の大抜擢人事改革案を実施した。

 その結果は、医長の若返りが図られるとともに、臨床レベルの大幅なアップにもつながった。

 もちろん、臨床実習を受けた学生の評判も高く、研修医やレジデントの希望が殺到した。

 そのため、今年は二段階選抜で採用試験が行われたという話である。

 これも噂ではあるが…。

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