第31話 強襲でござる
――その頃。シュリケン薬局。
「あ~~~~~、なーんで旦那様は振り向いてくれないんですかね~~~~~」
「さ、さあ。そんなことオレに言われても」
カウンターで頬杖をつくリンネが大きくため息をついた。
既に夕方になり、客も捌ける頃。店内には手裏剣を山ほど持ってきたナナと、イエロードラゴンの幼体タワシちゃんだけだった。
「あの、旦那サンいないんです? オーダーしてもらった手裏剣、見てもらいたいんスけど」
「いないですよ。冒険者ギルドでご指名の依頼ですって。私はお留守番です」
「そんな事もあるんスね。流石旦那サン」
「いやーできる旦那様持ってるとつれーわー寂しくて死にそうだわー」
「パミー!」
リンネが再び大きなため息をつくと、タワシちゃんがリンネの顎下に潜り込む。顎下を頭頂部で押してくるのは慰めてくれているのだろうか。
「おーよしよし、タワシちゃんも寂しいもんねー」
「パミー!」
「こ、これがウワサのイエロードラゴンの幼体っすか。触っていいっすか?」
「どうぞ。人に慣れてもらうのも教育なので」
恐る恐るナナが手を伸ばすと、タワシちゃんが「え、遊んでくれるの?」とばかりに体を伸ばして、ナナの手をスリスリしてきた。
「か、可愛い。ドラゴン族が人に懐くなんて」
「タワシちゃんが特別なんですよ。ジャネットが言うには、多少なりホムンクルスの隷属用術式が作用してるんじゃないかって。親を愛しちゃう感じのヤツとかなんとか」
「いや〜、それでもドラゴンっスよ? 大部分はリンネさんのスキルじゃないっすか? 最近けっこう有名ですし」
「有名? この私が?」
「ハーフエルフのドラゴンテイマーって有名っス」
本当は「
「だから、お取引いただいてるトカゲ堂も鼻が高いっスよ」
「ははぁ、そりゃどうも」
「……? あんまり嬉しそうじゃないっすねリンネさん?」
「私は旦那様のお側にいられることと、お金が入ってくればそれだけでいいです。人の噂ももちろん気になりますけど――」
「けど?」
「評価とか比較とかに疲れました。アイツは使えるとか、アイツはこれこれこうが凄いからとか」
随分と達観した言葉だなとナナは思うが、それもそのはずリンネはこれでも長生きしていて、かつ底辺を渡り歩いたからこそのたどり着いた答えでもあるようだ。
「私はここにくる前はボロ雑巾以下の存在でした。力と実績を持ちたいって思ってましたけど……そう言うやつは早死しますし、使い潰されてポイも見ました。下手に世渡りが上手だと傲慢になってモンスターみたいになります」
「あ、あー。最後のはなんとなく解るっスね。テングになる? って言うんすよね」
「私はいつでもそういう連中にコキ使われて、ああもうこれが世の中なんだなと思ってたんですけど。拾ってくれた旦那様はそうじゃないんですよ」
リンネの顔が急に真面目なものになる。
ナナはその顔に思わず息を呑んだ。何故ならリンネは黙っていれば美少女だ。銀の髪はサラサラで、海のように深いブルーの目は見つめられるとナナでさえ吸い込まれそうである。
「超強いのに目立とうともしないし鼻にかけようともしない。それどころかこんなクズ拾って、服まで与えて。夜にひん剥くかと思ったら部屋までくれる。あの人、私の事同類だと思ってくれてるんですよ」
「同類っスか」
「同じ捨てれられた人とか、やけっぱちになった人とか。それどころか私に恩すら感じてる。意味がわかりません」
「恩――リンネさんがいてくれるから旦那サンが救われてるとか?」
「だったらいいんですけど。私は何も返せてません。お仕事と体しか無いと思ってるんですけど、そっちがサッパリで。もう夜這いしかないですかね。宝石だけで局部隠す下着をお小遣い貯めて買おうかなと」
中々に大胆な発言に、ナナは顔を赤くする。
自分と同じくらいの背丈なのに、言ってることの半分くらいは大人のそれ。やはりハーフエルフという事なのだろうか。
やろうとしてる事はぶっ飛んでいるものの、何となくナナも解る気がする。
振り向いてくれない憧れの人に、どうしても執着してしまうことくらいは。
「う、うう。オレの入り込める余地がないっスね」
「まだ色目使おうと思ってたんです?」
「そうっス」
「あなたキッパリ言いますね。喧嘩売ってるんですか」
「実を言うと最初から売ってます。負けないっス。ドワーフは執着心が凄いんです」
ナナもナナで言うことは言うらしい。
まさかの正面から宣戦布告であった。
一瞬リンネとナナの間がピキーンと凍りつく。
リンネは驚いた。
いつも
怒りが湧いてくるかと思いきや、何だか一周回っておかしくなって笑ってしまう。
「あっはっはっはっはっはっは」
「う、うー! オレは本気っス!」
自分が優位だとかそういう余裕からではない。
自分みたいなヤツが――運よく拾われただけのヤツが、こんな風に対抗心を燃やされるなどとは。
極端な話、リンネはまだ自分を底の底にいるただのクズだと思っている。今でもアルザの奴隷でも良いと思っているし、もっと物のように扱って欲しいとも心のどこかで思っている。
それなのに、この目の前のドワーフ娘は。
そんな自分をこちらを明らかに恋敵だと思っている。
――同等以上と思ってくれている相手がいる。
それはドラゴンテイマーだとか、アルザの名誉のおこぼれに預かることよりも嬉しい。
「あっはっはっは、はあ。おかしい」
「おかしくないっスよ! 見ててくださいよ。ここに来てた鬼の人みたいに、バインバインになってみせるっス!」
「あのデリ嬢ですか。やめときなさい、ああいうのはポロリ要因です」
「リンネさんは時々よくわからない事を言うっスね。み、みてろー!」
ナナは頬を膨らませて店を出ようとする。
その怒り肩も面白くて、リンネはまたプフッと吹き出してしまう。
「――? パミャー!!」
と、その時だった。
突然タワシちゃんがダッと飛び、ナナの目の前に回り込んだ。
「へ? タワシちゃん?」
「ピャー!!」
「おわわ! り、リンネさん! 何するっスか!」
「いや私は何も。タワシちゃん? どうしたの?」
「ピャーッ!!」
タワシちゃんは言葉を発することは無いが、その鬼気迫るものはリンネも理解できる。
ふと、アルザに言われたことがリンネの脳内に過ぎる。
『リンネ。テイマーってのはパーティーにかなり貢献する職業だ。テイムした動物の野生の勘ってやつをそのまま利用できる。それは不測の事態にとても役に立つんだ。例えば――』
「――いきなり騒いだら、敵が来ていると思え。ナナ! こっちに来て!」
ナナもただならぬ気配を感じたのか、タワシちゃんに導かれるままナナがカウンターへと戻る。
すると突如、家の魔力灯が全て消えた。この家は魔力供給がしっかりしているはずなのにだ。
「マジック・ブレーカーが落ちたんです?」
「いえ、旦那様はちっとやそっとでは供給が落ちないようにって、高いお金払って一番良いやつを設置してます」
自然に落ちることはあり得ない。今アルザが魔道具を使って調合しているわけでもないので、マジック・ブレーカーに負荷がかかることはない。
ならば自ずと答えは見えてくる。悪意ある誰かが、家の外の魔力供給術式を切断した、あるいは町内の
「あのー……リンネさん?」
「ナナ、戦いの心得はあります?」
「そんなのあるわけ無いっスよ! てか単なる停魔なら――」
――ガシャン。
突如、窓ガラスが割れる音。
シュリケン薬局の入り口に穴が空いていた。
流石にこうなれば、ナナも敵襲という事に気付く。
「リンネさん!」
「こっちです。二階! タワシちゃんも!」
「パギャー!!」
慌ててバックヤードに入り、工房を抜けて廊下を走る。
するとバックヤードの裏口からもパリン、と窓が割れる音がした。
「ごごごご強盗!?」
「――いや違いますね」
リンネは自分でも驚くほどに冷静であった。
それもそのはず、リンネはアルザと定期的に避難訓練をしている。
事の発端はまだ客が来ていない時に「暇だから何か教えてください」とか、客が来始めても「スキマ時間に(イチャイチャしたいから)何か教えてください」と気を引こうと思ったら、アルザはニンジャスキルの基本とこのような避難訓練をリンネに課したのである。
違う、そうじゃない。
――と言おうとしたのだが。アルザが嬉しそうにするので、仕方なく付き合うことになる。
そうしてアルザの教えてくれた内容はガチのガチで内心引いていた。
何故なら訓練内容が対泥棒ならまだしも、対魔術師、対騎士団、対ニンジャとありとあらゆるシチュエーションを考えられていたのだ。
やり過ぎとおもっていたが、役に立つ日が来るなどとは。
「アレは私たちを狙ってますね」
「なんで!?」
「強盗ならもっと静かにやって背中から動くなってやるはずです。私みたいな可愛いのなんかすぐ押し倒されて襲われます。でもそれが無い」
「リンネさん今だから言いますけどけっこう自分に自信持ってないです?」
「いいから聞いて。じゃあ嫌がらせ? でもそれなら魔力灯落とすだけで十分営業妨害ですよね。旦那様のいない間、お客に紛れて無茶苦茶するとか壁に落書きするとか。でもそれもない」
「じゃ、じゃあ本当に!?」
ガシャン、ガラガラと下から音がする。
パニックになっていたなら声を上げたのだろう。
現にナナはあげそうになっていたので、リンネは「タワシちゃん!」と短く命令する。
タワシちゃんはナナの首に巻き付くと、そのふわふわモコモコのたてがみでナナの口を塞いだ。
「!?」
「静かに。あれはワザと追い立ててるヤツです。魚の漁と同じで、網を囲って反対側からバシャバシャ水飛沫をあげる。旦那様が言ってました」
「じゃ、じゃあ本当にオレたちを!? どっどどどうするんですリンネさん!」
「もちろん撃退します。私も今だから言いますけど――この家、実は旦那様が仕掛けた罠だらけなんですよ」
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