第12話 罠の中の罠でござる

 ――その頃、山のふもとのニンジャギルド。


「見つけたか!」

「ハッ! こちらがその秘伝かと」


 下忍から手渡された巻物を見て、ギルド筆頭のアカヘビは思わず震えた。

 あれから数日。

 アルザの工房探索は難航なんこうを極めた。

 バジリスクの魔眼トラップの他、ロッカーからはマンティコアの尾が飛び出し、トゲが刺さって一人が重症。

 吊り下がったカゴの中にはフリーズフライが仮死状態でいたが、侵入者に反応して復活。カゴを破壊のち、下忍二人を重度の凍傷に追い込んだ。

 ふすまを開けたら奥はマンドラゴラの栽培が行われていて、何株かアルラウネに変化していた。暴れた際にマンドラゴラが引き抜かれ、その絶叫に四人が意識不明となる。

 机の引き出しを開けたらダンジョンタランチュラが人懐っこく飛びついてきた。思わず払った下忍に怒り、噛み付いて一人昏睡こんすい状態となる。

 その騒ぎで仮死状態の昆虫系モンスター達がムクムクと復活すると大荒れに荒れて再び建物が封鎖になった。ここで八人の重症者が出てしまう。

 計十五人が戦闘不能リタイヤ。大損害である。

 もはやこの有様、モンスターハウスのそれ。

 あんな中で嬉々として忍薬を作っていたなどとは。

 アカヘビはアルザの神経を疑った。


「あまりにも被害が大きかったが、これさえ手に入れれば安いもの……!」


 アカヘビは早速巻物の結び目を解くと、震える手でそれを広げてゆく。

 だが。


「――!? は、白紙だと!?」


 何も書かれていなかった。まるで尻を拭く紙のように真っ白だ。


「ええい、炙り出しか!?」


 そう言って拳を作り、ゆっくりと開くとてのひらには炎。火遁の術を超低火力で出現させていた。

 白紙に近づけてみるが――文字は出てこない。


「偽物だというのか」


 ワナワナと震えて、今度は下忍に巻物のハジを持ってもらい、勢いよく引っ張り続ける。

 そうしてしばらく。

 巻物が最後までいくと、ようやく文字が見えてきた。


「はぁ、はぁ……な、何が書いてあるのだ?」





『あほ』





「っだらー!」


 アカヘビは勢いよく巻物を地面に叩きつける。

 板張りの部屋にカランカラーンとむなしい音が響き渡った。


「ば、馬鹿にしおって! こ、こんな子供騙し――ん?」


 アカヘビが怒りのあまり、火遁の術を高出力で放とうとしたその時だった。

 ブワリ、と巻物が輝き宙に浮くと、輪を作りグルグルと回り始めた。


「お、おお。なんと。これは映写転身の術!」


 ホッと胸をなで下ろすアカヘビ。

 多分最後の『あほ』はアルザの苦し紛れの一筆だったのだろう。そうでなかったら泣く。

 映写転身の術は過去の映像を記録する術だ。複雑に組み上げられた術式はニンジャスキルの中でも高等技術の一つである。

 流石はイザヨイの秘伝と、アカヘビが固唾かたずを飲んで術式展開を見守る。

 やがて現れたのは――


「お前は――烏頭ウズの!?」

『あっはっはっは、ばーか! 引っかかったな!』


 指をさして笑うのは、下忍も目を見張るほどの美女だった。

 烈火のように燃え上がる、腰まで伸びた赤い長髪。

 キリッと釣り上がったほむら色の目に、もうほとんど水着のような露出の高い独特なニンジャアーマー。爆乳が隠しきれていない。

 腰のロングホルスターに凶悪な八方手裏剣がズラリと並ぶ彼女こそ、勇者を尻に敷いていたと逸話いつわもあるレベル10超ニンジャ――。


「ライラ=イザヨイ!」

『大方アルザを追放してイザヨイの秘術を手に入れた気でいたんだろ。バーカ。そんなに簡単に渡すわけねーだろ』

「お、おのれ!」

『まあコレ見てるのはアカヘビのハゲかアオマシラのキモ親父なんだろうけど。秘伝欲しいのバレバレ。これだから地方ギルド止まりは』


 ワナワナと震えるアカヘビ。そして同時に、純粋な恐怖で震えた。

 地方ギルドとはいえ筆頭、レベルは8。レベル6がゴロゴロいる上忍の中でも特に秀でていないと就けないその席は決して安くはない。

 それを出しぬき、あまつさえあおるためだけに罠を貼るなどとは。


『ただまぁ、アルザはアルザでちーっとも心が成長しねーからな。これも修行だと思ってほっといた。安心しなよ? 本部には言ってないから。このライラ様の寛大な計らいに感謝しな』


 そして再びゲラゲラと腹を抱えて笑うライラ。

 一方のアカヘビは怒りのあまり顔真っ赤である。


『コレを見てるアンタの考えてる事を当ててやろう。なら秘伝はどこだ? 簡単だ。アルザの体ン中だよ』

「アルザだとぉ!?」

『ってなことで、秘伝が欲しけりゃとっとと殺しにでも行くんだな。できればの話だけど』

「言われなくても……うっ!」


 だが次の瞬間、ライラの顔がいきなり変わった。

 あまりにも美しく、そして凶悪な笑み。

 人の形をした獣がそこに立っていた。


『一つ教えておいてやる。アルザは最高の弟子だ。まだまだ心は弱いが……正邪善悪に、癒し手から殺戮者まで何とでも変化する。。アイツの言動すらもだということを、うんと思い知るがいいさ』


 その迫力にアカヘビはつつ、と冷や汗をかく。

 歴代最強を以てして最高とのたまうアルザは、一体どれだけ強いのだろうか。

 よくよく考えれば既に被害数が凄まじい。

 正面に立たないだけでこれだ。

 もしニンジャとして戦ったならば――


『ま、テメェら程度に殺されたらそれまでってことで。アイツが末代になってもしゃーねえわな。そんな事は無いだろうが』

「な、舐めよって。見ていろ貴様の弟子を――」

『ニンジャ千人派遣して細切れにしてやるとか、そんな事言おうとしてない?』

「ぬぅ!?」

『やめとけ。千人の死体ができるぞ。レベル5そこらが何人来ようが、アルザには勝てねえよ。それでも良けりゃご自由に。罠にでも何でもハメてろ。ちなみにアタシは今から勇者ちゃんとハメ倒しまーす』


 いきなりニヘラと笑うライラ。

 そして下からムクリと起き上がるように現れたのは半裸の超弩級イケメン。なんと現勇者である。

 既に魔王との決着がついて数百年、今は魔族も普通に生活する世界。

 勇者は世襲制になって、お飾りになる――かと思いきや熱狂的な魔王残党軍カルトや新たな火種は世界各地にあり、勇者は常に忙しい。

 どの国でも国賓VIP級で迎えられる男に、ライラは背後から抱きついて頬にキスをしていた。 


『な、なあ。めっちゃあおってるけどいいのか?』

『いーのいーの。どうせこれ見てンのは雑魚だからサ。それより今夜は寝かさないゾ!』

『……夜通しオール確定か。魔王残党軍カルトと戦うより辛い』

『ア“ァ? 今なんつった?』

『ナンデモナイデス。あ、これ見てる貴方。悪いことは言わないから手を引いた方がいい。こいつホントにメチャクチャだから』

『メチャクチャにするのはこれから――』


 ボワッ!

 アカヘビ憤怒ふんぬの火遁の術。

 宙に浮いていた巻物が、映像ごと燃え上がった。

 ハメられたと思ったら目の前でハメ撮り寸前だった。何を言っているのかわからないと思うがアカヘビもわからない。侮辱ぶじょくリーチ一発役満ツモな映写転身の術ビデオレターに、アカヘビは殺意を通り越し憎悪をにじませていた。


「――緊急招集である。ギルドのニンジャを全員集めよ。アルザ粛清しゅくせいである。良いな?」


 重い言葉が板の間に響き渡る。

 控えていた下忍が「はっ!」と返事をすると、サッと消えるようにいなくなった。


ケダモノが。見ておれ。貴様の愛弟子、肉片も残さず焼き尽くしてくれる!」


 アカヘビがドアを蹴飛ばして自室を出ていく。

 流石の彼も物に当たり散らさないとやってられないのだろう。


 ――だが、その油断があだとなる。


 蹴飛ばされた箱や割れた壺から、カサカサと出てくるのはニンジャ用にテイムされた虫たち。

 クモやムカデ、甲虫などが一斉に向かうのは、女ニンジャたちの集まるとある寮室りょうしつであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る