第15話 鑑定不能でござる

「うーん、何スかねこれ」


 鉄の卵をカウンターに飾って何日か経ったある日。ナナが研磨した手裏剣を持ってきてくれたので、ついでに鑑定をしてもらった。

 ドワーフといえば鉱物だが、モンスター素材の方も扱うのでその辺りも知識があるはず。大体何か解るだろうと思っていたが、ナナはハテナと首を傾げるばかりであった。


「君でもわからないことがあるのか」

「買い被りすぎっスよ旦那サン。オレはまだ半人前ッス」

「うーん謎の子ですね。おーい何者ですかー?」


 てしてし、とリンネが卵を叩くが、卵は当然のように反応は返さない。

 鉄の卵はその大きさから客にも評判のモニュメントになった。そのツヤッツヤな肌触りから何か神格めいたものを感じると言われ、試しに東の国の『ザブトン』と呼ばれる四角いシートを敷き、しめ縄を冠のようにして置いてみる。

 するとドワーフや評判を聞きつけた老齢の冒険者達は


「ありがたや、ありがたや」


 と言って触っては祈り、コインを置いていった。今や鉄の卵の前にはトレーが置かれ、お釣りの小銭が山盛りに置かれていた。


「悪かったねナナ。これは鑑定分の料金。受け取ってくれ」

「めっそうもないっス。お金なんて取れませんよ旦那サン。お気持ちだけで、オレは十分っス」

「いや、そういうわけには」

「ホントに。あの、オレは旦那サンに、会えるだけで、その……」


 語尾が少しゴニョゴニョして聞こえない。ナナはうつむいて、作業用エプロンの端をモジモジしていた。


「ちょっと。ウチの店の中でサカんないでくれます?」

「さ、サカッてないっス! どちらかというとリンネさんの方が毎回サカってるような」

「私は旦那様のものですので。いつでも前から背後からバッチこいなので」

「前から……背後から……!? う、うう。オレはそんな大人じゃないっス……」

「勝手に何を言ってるんだ、何を」


 アルザがリンネの頭をガッと掴み、ギリギリと力を込める。

 リンネは「あひぃ! 愛が痛い!」とやはりしょうもない事を叫び続けていた。


「そうだ旦那サン。ご注文いただいた研ぎですが、こんな感じになりました」


 ナナが思い出したように持っていたトランクをカウンターに乗せると、ガチャリと鍵を開けて開く。中にはズラリと手裏剣。どれもこれも刃がピカピカに磨き上げられていた。


「おお、これはすごい! 俺がやるのとは段違いだ」


 一つ掴んでまじまじと見てみる。刃は一つ一つ丁寧に磨かれていて、それ以外の部分は闇夜に紛れるように黒染めがより濃く施されている。

 棒手裏剣などはオーダー通り微妙な重心移動が施され、手に吸い付くようだ。

 完璧な仕事。

 それどころか中々に鬼気迫る感情がこもっているような。

 これが少女の向ける甘酸っぺぇ思慕ラヴの念だとは露知らず、アルザは満足そうに微笑んだ。


「手裏剣は初めてでしたけど、頑張りましたっス」

「期待以上だよ。ありがとう。君に任せてよかった」

「! えへへ……よかった……」


 ナナはニヘラと笑うと、急に恥ずかしくなったようで「そ、それじゃ! またご贔屓ひいきにお願いするッス!」と言ってそそくさと出て行ってしまった。


「何か忙しそうだなナナ。そんな時に変な注文しちゃったかな?」

「……旦那様。その恋愛喜劇ラブコメの鈍感系クソ雑魚ヘイト集め主人公ムーヴ、今後はお控えになった方がよろしいかと」


 ふと顔を上げると、リンネがカウンターに頬杖をついて、ジトっとした目で睨んできた。

 その顔に浮かぶ感情はとても複雑だ。嫉妬もあり、しかし呆れもあり。その上同情の念まで浮かんでいる。


「今に刺されますよ。私に」

「俺刺されるの!?」

「冗談です。多分」

「多分って……」

「それより旦那様。もうそろそろブツのストックも無くなってきた事ですし。またダンジョン行きましょうよ。一緒に、二人っきりで」


 なんで二人きりを強調するのだろうか。いつもそうなのに――とアルザは思うも、口に出すとまた嫌味が飛んできそうだったので黙った。

 アルザはふと、店のバックヤードに作った工房をのぞく。

 確かに棚からはほとんど素材がなくなっている。ひと月かふた月は持つかなと思ったら数日で無くなってしまった。

 嬉しい反面、商売人としてまだ仕入れ先も確立していない彼にとって素材枯渇こかつは中々頭が痛い。本来ならそういうのを確立した上で商売を始めるのがセオリーなのだが、先に客がついて名前だけ売れたからこその問題であった。


「や、でもダンジョンから取ってきた方が原価ゼロなので。私としてはダンジョンデートに洒落込むのが良いと思います」

「いよいよ俺の思考を読むようになってきたね」

「旦那様のサイコキラーみたいな目もようやく読めるようになりました」

「目はけっこう気にしてるんだからな……でもいう通りだ。せっかく君っていう荷運び師ポーターもいるしね。頼りにしてる」

「帰りには南東地区の連込み宿ラブホテルにでも行ってしっぽり癒やされましょう」

「街の北西にあるダンジョンから遠回りなんだけど。毎回おなじみの酒場で祝杯で許してよ」


 リンネはリンネで雇用主の考えを先回りできるようになってきたようだが、アルザもアルザで、リンネの猥談じみた言葉使いに慣れてきたようである。

 善は急げならぬ、銭は急げとリンネが急かすので店に閉店の看板を掲げると、二人は軽く昼食を済ませてダンジョンへと向かう。

 相変わらず冒険者の往来が多い入り口に、今日はなにやら大きな看板が立っていた。


「なになに――『現在冒険者ギルド調査隊が調査中。ダンジョン内での探索にご協力ください』だって?」

「は~、またですか。冒険者ギルドも大変ですね」


 と、大カバンを背負うリンネ。服装は「宣伝も兼ねて」とメイドともウエイトレスとも思える短いスカートの服装。ただ万一のためにナナに作ってもらった胸当てをしていた。


「初めて聞いたな、冒険者ギルド調査隊なんて」

「時々組まれるんですよ。銀の表彰楯シルバー・シールド以上貰ってるクランの中から無作為ランダムに選ばれて、調査するんですよ」


 ということは、アルザたちも選ばれるということなのだろうか。クランの申請などしたくなかったが、冒険者ギルドに「是非!」と迫られて渋々登録してしまったことが悔やまれる。あれは多分コレにお前も参加させるということだったのだろう。


「今日は……うわあ。双角鉄剣団オーガー・ソードマンズだ。やだなー」

双角鉄剣団オーガー・ソードマンズ?」


 リンネが指差す看板の一角にクランのシンボルが描かれていた。丸枠に十字ラインが入り、その中央にカタナを噛むオーガーの怒り顔。いかにも武闘派ですと言わんばかりのものだ。


「ガチガチの鎧に身を包んだ騎士団かぶれのクランです。戦闘民族のオーガー系譜の種族が率いてますね。一応トップクランの一つですが――」

「が?」

「脳筋で頑固、融通聞かないし変な正義感振り回すしおっかないし。特に侮辱に厳しくて、陰口聞かれたらたたっ切られます。正直会いたくないです」


 ともすると、調査という名の殲滅とかそういう感じでダンジョンに潜っているのだろうか。この前も深層のゲイザーが現れたばかりだ、冒険者ギルドが警戒して武闘派クランを派遣したということだろう。


「流石のリンネちゃんでも、あの連中にブツを流すのは考えてません。難癖なんくせつけられても嫌ですし」

「主に難癖なんくせがつくのは君の言葉使いだと思うんだけど」

「失敬な。おくしゅりくだしゃい旦那さまぁとか騒ぎますよ?」

「社会的に死ぬのでやめてください。無駄口叩かないでさっさと採取しちゃおう。今日は第二階層の入り口くらいまで行くから、油断しないようにね」

「わかりました。ダンジョンの中で致す時は人気のない所をしっかり確保します」

「何一つ伝わってないんだけど大丈夫ホントに?」


 ダンジョンの入口で騒ぐ二人。周囲からの視線は自然に集まる。

 実はもう、二人はとっくに冒険者の中では有名人であったりする。

 ゲイザーを一撃で葬った元ニンジャのスゴ腕薬師に、歌姫アイドルのように可愛いくせに卑猥ひわいな言葉を振りまく荷運び師ポーター。冒険者たちが必ず使う鍛冶屋で何かとドワーフが口にすれば、噂も広がらないわけがない。


「う、うう。リンネがそんな事言うから。周囲からすごい視線を感じる。俺はそういうの苦手なのに」

「私の可愛さがようやく認められたんですかね。流石は旦那様が買ってくれた服です」

「そのポジティブさ見習いたいよ。さっさと行こう。お腹痛くなってきた」


 アルザはそう言うと、胸元からいつもの銅製の小筒を取り出して、蓋を開けざまにポイッと口へ丸薬を放る。やがてふぅ~と落ち着くと、リンネと共にダンジョン奥へと進んでいった。

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