第02話 嫌われているのでござる

 追放が決まったからって、この仕打ちはなくない?

 寄宿舎きしゅくしゃの自室に戻ったアルザを待ち構えていたのは、陰湿でけっこう精神にクる光景だった。

 見た目に反してやわらかハートの彼は、人目をはばらず「お師匠様ー! おっぱい! バブー!!」とおギャリかましそうになってしまった。

 自室の前に放り出された、数少ないアルザの私物。

 綺麗に畳んであった私服はばら撒かれていて、丁寧に磨いたクナイも指紋がべっとべと。薬瓶ビンも雑に放り投げられて、せっかく調合した薬の何個かは中身がはみ出ていた。

 呆然と眺めていると、姿が見えずとも聞こえてくるプークスクスという笑い声。

 どうやらニンジャギルドは徹底的に、アルザを追放させるようだった。


「アルザ様。なんとおいたわしい」


 いよいよアルザが本格的におギャるべく、廊下に寝転がろうとした――その時だった。

 アルザの眼前に現れたのは、口元を布で隠した美しき女ニンジャたちだった。人間族や猫耳の獣人族、エルフなどなど種族は様々である。

 みんな際どいニンジャアーマーを装備して、妖艶スケベェながらも並々ならぬ力を滲ませていた。

 彼女たちは皆、アルザの教え子である。

 本来一人か二人を教えるのが普通なのだが、


「俺がやるとセクハラになっちゃうかもだから、頼んだ」


 ……と他の中忍から訓練を押し付けられた結果、二〇を超える教え子ができてしまった。

 指導なんか出来ないとアルザは最初こそこばむも、右も左もわからぬニュービー達を放っておくわけにもいかない。覚悟を決めて


「絶対にお師匠様みたいな教え方をしないぞ」


 ……と褒めて伸ばしてみた。

 結果、当然のように彼女たちになつかれたわけである。何人かはそれを通り越して思慕ラヴの念すら向けられているようだ。

 故に、一部の非モテニンジャ達がアルザを妬みに妬んでいる。

 それが証拠に、先ほどまで響いてきた嘲笑プークスは舌打ちに変わっていた。

 アルザの私物をぶち撒けたのは彼らの仕業だろう。


「君たち……」

此度こたびの判決、そしてこの仕打ち。あんまりにございます!」

「我らは今から、命をして評議会へ異をとなえて参ります。しばしお待ちくださいませ!」

「そもそも、なぜあなた様が出ていかねばならぬのですか!」


 そうだそうだと皆口々に言う。

 ここに来て心ほっこりメンタルリセット。

 こんな自分をしたってくれる人がいるだなんてと、アルザは思わず涙を流しそうになる。

 ただ、アルザはそれでも、もうここには居られないなと思っていた。

 自分が使えない無能ならまだいいけれども、明らかに自分をうとましく思っている人間がいる。

 ただでさえ自己肯定感の低い自分がそんなのに晒されたなら、たちまち心が潰れてしまうだろう。

 それどころか、自分に関わった彼女たちにも不利益と理不尽が降りかかるかもしれない。

 そうなる前に。せめて、彼女たちには迷惑をかけないように。アルザの心は、既に決まっていたのだ。


「い、いいよそういうのは。君たちが命をかける事じゃないよ。現に俺は生きてる。それだけでもうけものだって、お師匠様も言ってた」

「しかし! アルザ様はかのイザヨイ様の名を継ぐ者。我々は知っておりまする。その強さは随一ずいいち。なのに、我ら下忍に向ける優しさ。アルザ様は人の上に立つべき人にございます!」


 段々と言葉に熱を帯びる彼女たちをなだめながら、アルザはポツリと呟くように言った。


「いや、その。君たちの言葉は嬉しいんだけど。もういいかな、なんて思い始めてて」


 その言葉に、廊下は静まりかえる。


「俺、もしかしたらニンジャ向いてないかもなんて最近思ってたんだ。そもそも俺は、お師匠様の名前にぶら下がっているだけだし」

「そのような事はありませぬ!」

「初めて泣き言を言うけど聞いてほしい。ニンジャは多分、お師匠様みたいに人でなしで、怪物みたいな人がなるべきだと思う」

「――」

「口では嫌だと言っても、時にはゴーレムみたいに機械的にターゲットを殺す。俺はそういうの苦手で……それを上忍たちに見透かされたのかもしれなくて」


 流石は自己肯定感が底をついているアルザである。

 上忍たちの言葉を鵜呑うのみにして、どんどんマイナスの方向へと思考が加速していたようである。

 それでも彼女たちは優しくしてくれる。

 気を緩めたら涙を流してしまいそう。

 けれども「人前であんま泣くな」と師から教えられているので、グッと我慢する。

 そんなアルザは彼女たちから見れば、全てを覚悟した悲しきニンジャに見えるのだろう。

 アルザの顔は特段際立ったイケメンというわけではないし、どちらかというと無愛想でとっつきにくい方なのだが――シチュエーションが魅力を盛りに盛っている。現に女ニンジャたちの中には


「ふぇぇ、そうゆうのはズルいよぉ」

「尊い」

「しゅき」

「結婚しょ」


 ……と、密かに興奮しているものもいた。

 

「だから、いいんだ。お師匠様が出ていった時から、こういう日が来ると思ってた。そもそも日常的に嫌がらせとかあったから、無くなると思うとホッとする」

「アルザ様……」

「ダメダメな俺だけど、したってくれてありがとう。嬉しかった」

 

 きゅううん、と。彼女たちの胸から発せられるアオハルな効果音が見えたなら、アルザはもう少し違う人生を歩めたのかもしれない。

 過酷な鍛錬たんれんを経て、人の身ながら刃となった彼女たちにとって、人らしい純朴じゅんぼくな優しさはすこぶるエモい。

 何だか恥ずかしくなってしまったアルザはササッと荷物をまとめると、彼女たちに深々とお辞儀をする。


「それじゃ。みんな元気で。怪我だけは気をつけて」


 返事は無かったが、女ニンジャたちの視線はさらに熱を帯びていた。


 ニンジャギルドを出て、振り返り一礼するアルザ。

 すると、突然手裏剣が複数飛んできた。何個かは「リア充死すべし!」という殺気も込められている。だが、アルザはこの程度の嫌がらせには慣れっこであった。

 嘆息しながら飛来する手裏剣を全て掴むと、ちょっとだけ怒りを込めて投げ返した。

 

 ――今までのお返しだ。

 ――同族同士の争いはご法度だけど、もう俺ニンジャじゃないし。いいだろ。

 ――でもまあ、この程度ならみんな避けられるだろうけれどね。

 

 アルザは力を抑えて投げたはずだった。

 だが彼が去っていった後、ドサドサと落下する音が森に響く。

 木の下には何人ものニンジャがうめき声をあげて倒れていた。

 皆、臍の下あたりに自ら放った手裏剣が刺さっている。中には臓物まで到達した者もいるかもしれない。だが誰一人として死んではいなかった。


「く、くそ。アレがイザヨイ。なんて事だ。弱気を見せておいて、今まで正体を隠しておったな!」


 そう悔しがるニンジャ達だが、その声はアルザの耳には届かず、もし聞こえたなら「いや、別にそう言うわけでは」と首を傾げたに違いない。

 何はともあれ、知らずのうちに復讐リベンジの一部を果たしていたアルザ。

 彼が再出発のために向かうのは、ダンジョン都市と名高い王都アイングラードである。ダメな自分でも流石に食い繋いでいけるだろうと、淡い期待を込めて――。

 だが残念なことに、世の中はそんなに甘くはなかった。

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