最終話 良く効くクスリを作りたい
「ま、待て! 話を聞いてくれ!」
数日後の夜。
王都アイングラードの大聖堂、大司教の私室。
大司教の私室はどんなものかと興味深かったが、その豪華な室内にアルザはげんなりしていた。
キングサイズのベッドに半裸の女性が二人。中央には「今夜はお楽しみでした」と言わんばかりの大司教が、プカ―っとタバコに火を付けていた。
既に見張りの聖騎士たちは「しゅごいのおおお」と腰をビックンビクンさせて廊下に転がっている。その首元にはアルザの針手裏剣が刺さっていた。
「なるほど。大司教ともあれば欲もまた神に許されるのか」
「この大司教に何かあったとあらば、我らの同胞が黙っていないぞ。そ、それでもいいのか!」
「同胞というのはこれのことかな?」
アルザがベッドに放り投げたのはメガネと赤いコーン帽子。
大司教は失禁しかける。それは明らかに商業ギルドの長のものと、錬金術師ギルドの長のものだったからだ。
「こ、殺したのか!?」
「処方したよ。薬局だからな」
「処方だとォ!?」
「まず商業ギルドの長。お金に執着するあまり外道働きが過ぎた。だからお金に興味を持たなくなる処方箋を出した。幻を見せる龍貝シンから抽出したエキスは、お金が化け物に見えるだろう。ここ数年先はずーっと、な」
「ひっ!」
「そして錬金術師ギルドの長。彼は保身の為に、こちらが求めてもいないのに洗いざらい話してくれた。お礼に身を守るおクスリを処方した。ストーンフライの肝は
今度こそ大司教は失禁した。
アルザの処方はある意味、死よりも恐ろしいことだ。
「外道め! 天罰が下るぞ!」
「冒険者の献金を欲望に使って、まだ足りぬとばかりに凶悪なモンスターを低層に召喚する。ダメ押しに呪詛毒をリザードマンに渡すアンタが言う事じゃないな」
「貴様、わ、我をどうするつもりだ! 殺すのか!? 我を殺してもこの欲望の街は同じ輩が次々と現れるぞ! 我はそれをずっと見てきた!」
「ならば処方し続けるだけだ。なんせ薬師だからな」
「何を――」
「俺は、
アルザは元から針手裏剣と、二つの瓶を取り出す。
一つは愛用のサキュバスエキス。
そしてもう一つは――
「これはインキュバスのエキス。サキュバスエキスと混ぜたなら、この世の何にも代えがたい快楽を味わうことができる」
「か、快楽――」
「感度は実に
「ひ、ひい。や、やめろ! そんな冗談みたいな毒は! わ、解ったお前も女が欲しいならんひょおおおおおおおらめえええええしゅごいのおおおおおおおお!」
★
――さらに数日後。
「あら、大司教様が引退ですって。持病が悪化かあ」
カウンター席に座り新聞を呼んでいたリンネが、興味あるのかないのかそう呟いた。
「ウチの薬を処方したら効いたんじゃないですかね?」
「そこまでの大物だと、
「旦那様そういうの得意じゃないですか」
「この赤髪でバレちゃうよ」
アルザはそう言うと、瓶詰めした回復ローションを棚に置く。
今日もシュリケン薬局は開店日。
店を開く前の僅かな時間は、家族の時間でもある。
「そういやあのアカヘビのジジイどうなりました?」
「あの後にシラホネのオババ様……ああいや、上忍が来てね。連れてったよ。多分本部に引き渡されると思う」
「なら良かったです。あのジジイとんでもないヤツでしたね」
「ニンジャは大なり小なりあんな感じだよ」
「旦那様は違うじゃないですか。ねータワシちゃん」
「パミー!」
タワシちゃんは宙をくるくると周り、リンネの頭にストンと着地。そのままとぐろを巻いていた。
「……正直、旦那様は戻るのかと思ってました」
「戻るも何も。俺はここが家だからな」
「でも伝説のイザヨイニンジャなんでしょう? いいんですかこんな所で油売ってて。売ってるのはローションとかブツですけど」
「いいんだよ。ニンジャなんて碌なもんじゃない。それより俺はこの街でいいし、君とこうしているほうがいい」
と、自分で言って何だか恥ずかしくなったアルザ。
聞こえようによってはほとんど愛の告白に近い。
既に自己肯定感の低さを乗り越えたアルザだが、やはり恋愛となるととんと初心になる。
果たしてリンネに向けるのが愛なのか、それとも親心に近いものなのかは定かではないが――アルザが広義の意味で愛するものを護り、この街に根付くと決めたのは本当の気持ちだ。
この街は大司教の言う通り、ダンジョンをはじめとした欲望にまみれた街だ。
善い人たちに恵まれはしたが、まだまだ人は沢山いる。
またよからぬ事件に巻き込まれるのかもしれない。
だがそういう時にこそイザヨイの技は役に立つ。
もしかしたら神は、この街だからこそイザヨイを遣わしたのかもしれない――と言ったなら、今だベッドの上で悶える大司教は何を思うだろうか。
「はいはい。またタラシスキルどうも。そうやって茶化してると、この場で脱いでナナに見せられないようなことしますよ」
「そっか。それは、興味がある」
「へっ?」
「まだ開店前だから、少しくらいいいかもね」
「旦那、様?」
リンネが素っ頓狂な声を上げると、いつの間にかアルザが背中にいた。
アルザの手が耳から頭を触れて頬、肩と手が降りてくる。
優しく、触れるか触れないかの感触。
リンネは思わず体を硬直させた。
「旦那様……あぅ」
両手が前まで来てアゴを触れられて、ゆっくりと振り向かされる。
これはキスなのではないか。
いよいよなのだろうか。
もう脱いじゃっていいだろうか。
というかキスの時には舌をどうやって入れようか。
いや入れてくるのを待つのか。
そうしたら次は何をすれば良いのか。
気合を入れて全裸にでもなれば良いのか?
リンネが半ばパニックになって振り向くと。
「パミャ?」
「はぇ!?」
そこにはアルザの顔ではなく。
タワシちゃんがキョトンとしていた。
「冗談だよ」
バッと振り向くと、アルザが元の位置に戻っていた。
これもイザヨイの力。
風すら起こさない超神速。
もうほとんど
からかわれた。
そう思うなや否や、リンネがカーっと赤くなる。
「~~~~~~!! けっこう嬉しかったのに! このサイコキラージゴロ!」
カウンターに置いてあるものを投げつけるリンネ。
しかしアルザはパシパシと全てキャッチすると、静かにカウンターに置いた。
「ゼェ、ゼェ……こ、この! ホントにお客さんの前でストリップかましますよ!」
「タワシちゃんの教育に良くない。ほら開店するぞ」
「もう! もう!」
地団駄を踏むリンネだが、すぐにため息を付いてカウンターに突っ伏す。
しばらく商品を並べるアルザをジトっと見ていたが、「これもまぁ、私だけの幸せですかね」と笑みをこぼしていた。
「……旦那様、ちょっと変わりましたね」
「どう変わった?」
「少し意地悪になりました」
「君の前だけだよ」
「そういうところですよ旦那様ァ!」
「はっはっは。さて、開店するぞ。もう行列ができてるし。今日もいっぱい作らないと――」
そうして店の看板を「開店中」にして、バックヤードに引きこもろうとした――その時だった。
「「「アルザ様ァ!」」」
どぱーん、と。
開店待ちをしていた客たちを押しのけて、何やら団体様がなだれ込んできた。
「ななな!? 旦那様! なんか美女軍団がやってきたんですけどォ!?」
リンネの言う通り、なだれ込んできたのは美女だらけだった。
人間族もエルフ族も獣人族もありとあらゆる種族の美女詰め合わせのような団体。
出待ちをくじかれた客たちは
「はえー朝からもうけた」
「いい乳、いい尻、いい女――天国か?」
「ありがたや、ありがたや……」
とばかりに手を合わせたり祈りを捧げたりしている。
「アルザ様! お久しぶりでございますうう!」
「き、君たちは!」
「キャー! イザヨイを本当に受け継がれたのですね!」
「しゅき!」
「結婚しょ!」
わちゃーっと集まる美女たち。
リンネは嫉妬に染まるかと思いきや、呆れ返ってポカーンとしていた。
「……旦那様? イメチェンしたからってそんなに手をつけて。どうするつもりです? ハーレムエンドお望みでしたっけ?」
「ち、違う! この子たちは教え子だ!」
「教え子ォ!?」
そういえばとリンネが思い出す。
アルザはギルドに所属していた時、新人教育を片っ端から押し付けられていたと。
女ニンジャばかりで気を使って心が擦り切れていたというが、たしかにこの有様ならそうなのだろうとリンネは思う。
「ちょ、ナニコレ。アーちゃんまたモテたん?」
「くっ……何てことだ。いよいよ水着でも着ないといけないのか」
ひょっこり現れたのはオフのフレデリカとジャネットである。よく見るとさらにその背後からナナが首だけ出して「ぐぬぬ」と歯を食いしばっていた。
「ちょ、何だ何だ!? 君たち何でここに!」
「アルザ様、我々を雇ってくださいませ!」
いやいやいやと手を振るアルザ。
これでは薬局ではなく完全にいかがわしい店である。
背後のリンネは呆れ返っていたが、
「あれ、もしかして商売的にソレもアリなのでは?」
と早くも目がコイン色に光っていた。
ちなみにタワシちゃんはよく解らずあくびをしている。
「雇ってって。君たちニンジャギルドはどうしたんだ!?」
「「「辞めました!」」」
「……はい?」
「だからアルザ様! 我らを雇ってください!」
――その後。
何故かアルザが薬師ギルドを起こして長となり、
「王都アイングラードの薬局はヤバい。確かに薬局なんだが、とにかくスケベ」
と称される程になるのだが、それはまた別の話。
時は進み、ダンジョンの攻略も進み、王都でまた様々な騒動が巻き起こるが――
それでもシュリケン薬局は常に赤髪の元ニンジャと、淫語を振りまくハーフエルフと、そしてモフモフのイエロードラゴンの幼体がいることだけは変わらなかったそうだ。
ここは王都アイングラード。
ダンジョンを中心として栄えた冒険者の街。
夢の街とも称されて一攫千金を夢見るも、その数だけ夢果てる人も生まれる魔都である。
かつては厳しく世知辛く、見た目とは裏腹に生きづらい街と言われていた。
だがある時を境に住みよいダンジョン街と呼ばれるようになったのは、多分悪党によく効くクスリが効き続けているお陰なのだろう。
(了)
――――――――――――――――――――
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
アルザとリンネの再出発の物語、いかがでしたでしょうか。
この物語が貴方の琴線に触れることができたなら幸いです。
本作を気に入っていただけたなら★やレビュー、コメントなど応援よろしくお願いします。もし皆様の応援あって★が1000を超えたらまた続きを書きます。
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