第19話 奥義炸裂でござる

 元ニンジャであっても、弟子は常に師を仰ぐもの。

 それはニンジャ憲章けんしょうにも書かれている。

 人を指針にせよという教えは、ある意味外法の徒であるニンジャが、魔に堕ちるのを防ぐ唯一の法であるからだ。

 今、目の前で誰に頼まれるでもなく弱者を守ろうとする義を見た。

 ならばアルザは助太刀しなくてはならない。

 それが師の教えだからだ。


「弱いものを助けるってのがいい。俺の薬作りも似たようなもんだ」

「アルザ、殿?」

「おーいリンネ。せっかくだからアレやろうアレ。カラカラ引くやつだ」

「お! 暇な時に練習したアレですか!」

「そうそうアレ。あのロール持ってきたでしょ?」

「もちろん。荷運びだけが取り柄のリンネちゃんですから」


 ちゃっかり双角鉄剣団オーガー・ソードマンズの背後に隠れていたリンネがぴょっこり出てくる。大鞄を揺らしてアルザの側に来た。

 

「本当はニンジャ以外にコレを教えるのはどうかと思うけど、構いやしないさ、今は薬師なんだから」

「はじめての愛の共同作業ですね。旦那様」

「軽口叩いてると怪我するから真剣にね。てか怖くない?」

「レベル8の背中ほど安全な場所はないですよっと」


 リンネはアルザの背後にドサッと大鞄を置く。

 取り出したのは長い革をまいたロール状のもの。

 そこには棒手裏剣がギッチリと納められていた。


「隊長。アルザ殿は何を?」

「わからん……だが何だこの凄みは」


 フレデリカの首筋がゾクゾクする。

 まるで核熱魔法メガデスの詠唱を聞いているような、そんな感覚。

 アルザが深く腰を落とし、リンネがアルザのベルト後ろに革のロールを取り付ける。カラカラと滑車の音もする。ロールの芯に仕掛けがあるのだろうか。

 やがて森から出てくるリザードマンたち。

 アルザは腰を低くしたまま、何やら胸元から筒のようなものを取り出すとポイッと口に丸薬を放り込んでいた。

 リザードマンたちはそんな彼に躊躇ちゅうちょせずに突進、槍を突き出してきた。


「さあリンネ!」

「はい!」


 突然、アルザの両肩から先が消えた。

 その腕は残像を伴うほど高速に動き、革ロールに納まった棒手裏剣を一気に複数引き抜いた。


「いくぞ! 爆ぜ嵐の術バースト・ストリーム!」


 ブワッと爆ぜるように飛び出した、無数の棒手裏剣。

 爆発的な威力を伴ってリザードマンたちに襲いかかった。

 横殴りの雨のような棒手裏剣にさらされて、リザードマンたちは空中でくの字に折れ曲がり、吹っ飛んでいく。


「何だアレは!? 手裏剣の……弾幕!?」


 フレデリカがあっけに取られていた。

 アルザの腕が鞭のようにしなり、投げては腰のロールに納まった棒手裏剣を掴み、投げては棒手裏剣を掴みと止めどなく動いている。

 リンネはというと一生懸命に革のロールを手前に引いていた。ロールを引くことで、アルザが手を伸ばした場所には常に納まった棒手裏剣がある。

 アルザが攻撃役。

 リンネが供給役。

 まさに、共同作業である。

 愛の力かどうかはさておいて、その息はピッタリだ。

 しばらく投げ続けていると、カラカラと音がして弾幕が止む。

 リンネが革ベルトを引ききっていた。ギチギチに納められていたはずの棒手裏剣は一つも残っていない。

 

「次のロールだ!」

「ほい! 旦那様やっちゃえ!」


 リンネが再び鞄から革ベルトのロールを取り出す。

 アルザの腰へセットしてパンと背中を叩くと、再びアルザの肩から先が消える。同時にリンネが「うりゃあああ」と革ロールを引っ張っていた。


「なるほど。連装ボウガンの給矢ベルトのように。アイテムストレージが大きい荷運び師ポーターが給弾役なら最適解だ!」


 元ニンジャの薬師と小さな荷運び師ポーター

 アルザがお守りをしているかと思いきやとんでもない。

 彼は彼女をしっかりと戦力として運用している。

 ひとえにそれは、信頼の証なのだろう。

 棒手裏剣の嵐がリザードマンの波を蹂躙じゅうりんしていく。

 爆ぜ嵐の名の通り、まさに暴風のような力が吹き荒れていた。

 

「こ、これがニンジャ。なんて恐ろしく、そして……」


 オーガー系譜の人種は、潜在的に強さへの深い敬意というものがある。

 簡単に言うと「俺より強いやつに嫁に行く」シンプルな恋愛観だ。


「――この胸の高鳴りは、なんだ?」


 ほう、と。

 フレデリカの目が陶酔したかのように、とろんとなった。

 部下たちはその凄まじさにただただ震えるばかりだが、隊長だけは胸キュンで別の意味で震えていた。


「……全滅したかな?」


 二つ目の革ロールの芯がカラカラと鳴った時、目の前の地形が変わっていた。

 アルザを中心に半円状の木々が全てなぎ倒され、棒手裏剣だらけになったリザードマンの死骸がそこら中に転がっている。何個かは顕現ドロップにより宝箱へ姿を変えていた。

 戦場のような有様だった。至るところから聞こえていたはずの虫の声は静まり、第二階層は静寂に包まれていた。


「スカッとしますね~。これ定期的にやりましょうよ!」

「い、いや、これ出血大サービスだから。棒手裏剣また沢山揃えないと」

「そんなのまたナナに頼めばいいんです。あの子旦那様にホの字ですから。手を握って優しく頼めば、寝る間を惜しんで作ってくれますよ」

「君ホントに鬼だな」

「アルザ殿!」


 タッタッタ、と駆け寄る音。

 振り向くとフレデリカがいた。何をするかと思いきや、いきなり剣を起きザッと頭を垂れる。まるでそれは、命を預けた主に向ける最上級の礼のようなものだった。


「なんという力。なんという技術。このフレデリカ=アマツ、感動でまだ震えております!」

「いやそういうのはちょっと。こ、こんなのニンジャスキルの浪漫技みたいなものだから。使う人も少ないし……」


 爆ぜ嵐の術バースト・ストリーム投擲とうてきスキルを完全にマスターレベル10してからようやくニンジャスキルのツリーに現れる、いわばニンジャスキルの奥義のようなものである。

 しかしながら、アルザの言う通りあまり使われることはない。投擲とうてきスキルをマスターする人間も少ないという理由もあるが、一番は給弾役がいないと成り立たないということである。

 加えて「そもそも単独隠密を旨するニンジャが人員を使って範囲攻撃ってどうなんよ?」という身も蓋もない理由もあって、アルザの言う通り浪漫技でもあった。

 だが戦術的に見てみれば、たった二人で運用可能であり、魔法詠唱なしに即座に展開、地形すら変える超火力という武闘派クランならば垂涎すいぜんものの超必殺技ブッ壊れである。

 毒と薬が表裏一体であり、使える使えないも表裏一体であるならば、浪漫技ロマンもまた絶技チートなのだろう。


「是非とも本部に……いや我が屋敷に。お父様にも会ってくれませんでしょうか。そうでなくてもこ、個人的にアルザ殿にお会いしても!? アルザ殿の技、脳裏に焼き付いて……その!」

「あ、いや、本部は流石に。お父様もどういうことなの……せめて個人的にお会いするでひとつ」


 大興奮のフレデリカは立ち上がると、アルザの手をぎゅーっと握る。あれだけ凛々りりしかったフレデリカの顔は初恋の乙女を通り越して発情したサーベルタイガーのようであった。こわい。

 そんな二人を見て、「ゴホン!」とリンネが釘を刺すような咳払いをする。


「ちょっと。旦那様にお触りは禁止です。ここからはこのリンネの許可と追加料金が必要です」

「リンネ殿、その料金はおいくらでしょうか……」

「フレデリカ真面目に聞かなくていいよ。リンネ、そういうのはいい加減にしなよ」

「いい加減にするのは旦那様の方ですよ。このスケコマシ。せっかく愛の共同作業だったのに」


 ゲシゲシとアルザのすねを蹴ってむくれるリンネ。

 アルザとしてはようやく信頼できる相棒になったかなと思ってたのに、また嫌われてしまったと肩を落とす。

 その様子にある種のジェラシーを感じたのか、はたまた「だからこそ、奪い甲斐NTRというものがあるというもの」と火がついたのか。

 双角鉄剣団オーガー・ソードマンズの部隊長――もとい、団長の娘フレデリカ=アマツの目には、ハートマークのような思慕ラヴの光が灯っていた。



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ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

いつも応援本当に感謝です。執筆の励みになっています!


ようやく薬局を開業したアルザとリンネ。

ダンジョン街の個性豊かな人々に出会い感謝され、どんどんと存在感が増しているようです。


一方アルザの持つであろう秘伝を狙う上忍アカヘビ。

振り回されまくりの彼にさらなる不幸が舞い込んでくる!?


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