第33話 油断でござる
「馬鹿な!? 一体誰が!」
中忍が驚き、下忍が扉へ殺到する。
内鍵は開いたままなのに、扉はびくともしない。
「何だと。外から
意味がわからなかった。
普通なら内側からかけるべきものが、外にある。
サーっと青くなるニンジャたち。
つまりそれは、この空間が最初から罠としての運用を考えられていたという事に他ならない。
しかも扉は鋼鉄製。ならば
引っこ抜いてみるとのこぎりの刃が全てひしゃげていた。どうやら抑えている木に鉄板が施されているようだ。
「かかりましたね」
扉の外から声が聞こえる。リンネだ。
「お、おのれ! 一体どうやって!」
「旦那様に教わった
ニンジャたちが周囲を見回すと、確かに入り口のそばには二人分の布があった。
よく見ると石壁そっくりの絵が描かれている。薄暗い場所ではパッと見ではわからないだろう。
「お、おのれ。聞き齧った術でニンジャを
しかしこの単純で初歩的な技ほど意表をつけるものである。
「旦那様の言うとおりですね〜。旦那様以外のニンジャはクソ雑魚ナメクジ。私みたいなズブの素人がちょっと教えてもらったら簡単に騙せるって。キャーダサ―い!!」
もちろん嘘で、アルザはそんな事を言っていない。
だがリンネはなんとなく、アルザが追放された理由を理解していたが故の挑発だ。
それが当たったようで、扉越しに血が昇るニンジャたちの魔力が見てとれた。扉を強かに蹴っている者もいたが、無駄である。
「一つ教えてあげましょう。この家は旦那様の罠があちこちにあります。例えばなんですけどね、そこのマンドラゴラ」
ハッとなって中忍が耳を叩くジェスチャーをする。
すぐに下忍たちが耳栓をして、マンドラゴラの絶叫に備えはじめる。
「――っていうと、多分耳栓をすると思うんですけど。まあ多分聞こえてないでしょうね。
ガシャン、と音がする。
そばにいたニンジャが衝撃に驚いて振り返ると、近くの棚が倒れていた。
棚の足には極細のワイヤーのようなもの。
それは石畳に巧妙に隠された滑車を通り、地下室入口の扉下を潜って外に出ている。
やがて倒れた棚からモゾモゾと這い出てくるものがある。
虫だ。極彩色の虫が虫籠からゾクゾクと出てくる。
それは仮死状態だったダンジョンに住まう魔蟲たち。「寝てたのにコンチクショー!」とばかりに威嚇を始めた。
「そこにいるのはスパークビードルやフリーズフライです。旦那様のテイムで眠っていましたが、起こしちゃうと大変なことになります」
ダンジョンにひっそりと生きる彼ら魔蟲は、その小さい体でレベル2ほどの強さを持つ。
たかがレベル2と思うかもしれない。
だが初心者冒険者が手こずるそのレベルが、一〇や二〇できかない数がいたとしたらどうだろうか?
しかも密室で逃げられず、下手に動くとマンドラゴラを抜いてしまうとしたら?
「ぎゃああああああ! す、スパークビードル!? フリーズフライも! こんなに沢山!?」
「くるなうああああああああ!」
凍傷に電撃傷。
それが無数。
毒バチの群れに襲われたその100倍のダメージといえばその凄まじさは理解できるだろう。
ニンジャたちはあっけなく全滅。
その様を扉越しに見ていたリンネはホッと胸を撫で下ろした。
「おーこわ。蟲プレイは旦那様の命令でも勘弁です」
「旦那サンおっかねえ罠考えますね。それを
まあ当然ですよみたいに腕を組むリンネだが、足はカクカクと震えている。
ナナの前で何故か見栄っ張りになっているが、やはり怖いものは怖いらしい。
「パミャー……」
「タワシちゃん」
ぎゅーっとタワシちゃんを抱きしめるリンネ。
「ありがとうね。タワシちゃんがいて良かった」
「パミー!!」
と、その時だった。
いきなり頭の上に僅かな光が差し込んで、小さなファンファーレのようなものが鳴り響く。
リンネの眼前に魔法で出来た小窓のようなものが浮かび上がると、「2」という文字が「3」そして「4」に切り替わる。
さらに「ドラゴンテイマー」という言葉が出ると、「4」という文字が「5」に変わった。
再び祝福のファンファーレが小さく響くと、小窓がパタンと閉じると静かに消えていった。
「こんな所でレベルアップですか。そりゃまあ、ニンジャぶっ倒しましたからね」
「え、レベル4!? フツーに中堅冒険者じゃないですか!」
「これで第四階層まで旦那様と一緒に行けます。第三階層には小部屋がいっぱいあるって聞きますから、どっかでくんずほぐれつできますね」
「本当に欲望に忠実ッスね」
「それが取り柄なんで」
ようやく安堵の息。
あとはアルザの到着を待てば良い。
緊張に次ぐ緊張で疲れ果てた二人と一匹はヘロヘロになりながら階段を上がりきり、隠し扉を開く。
「お、やっと捕まえ――何!?」
「げ! まだ残ってた!」
そこには店の薬品を手に取り眺めるニンジャがいた。後詰めの中忍だろうか。
側には頭を押さえて座り込むニンジャもいる。多分さっき鐘を落とした奴だ。
リンネは思わず舌打ちをする。
エルフの目はパッシブスキルだとしてもリンネの注意力と精神力そして体力に依存する。
ずっと気を張っていたのでその目の力は薄れ、開けるまで彼らの魔力に気づかなかったのだろう。
「ひ、ひい! ヤバいっスよリンネさん!」
「お前! 下の奴らはどうした!」
「パミー!!!」
「タワシちゃん!」
リンネが命じる前にタワシちゃんが飛びかかる。
が、モフンと顔に引っ付くだけ。ニンジャは驚いていたが、冷静に引き剥がしていた。
「これがイエロードラゴンの幼体か。フン、小さければドラゴン種など」
「は、放して! タワシちゃんを離して!」
「離して欲しくば言うことを聞け」
「――いや待て。それじゃ収まらん」
頭をさすりながら近寄ってきたのは釣鐘にやられたニンジャだった。
手にはニンジャソード。その目には怒りの炎が揺らいでいる。
「コケにしやがって。あのアルザの罠だろうが、こんなガキに!」
「おい止めろ。生捕りが命令だ」
「生きていれば良いのだろう? 痛みに苦しんでも、腹を上手に突いて内臓を避ければ生きてる。違うか?」
ギラリと見せつけるようにニンジャソードを向けるリンネ。
タワシちゃんは主を助けようともがくが、所詮は幼体だ。ニンジャの掴みから逃げられない。
ナナは非戦闘員。そもそも鍛治師だ。
当然、リンネもそう。ドラゴンテイマーかもしれないが、レベルが上ったところでただの
だがまだだと、リンネは足掻こうとする。
自爆するかもしれないが、彼女の懐には地下室で取ってきたサキュバスエキス原液の瓶がある。
これをブッカケればさしものニンジャもひとたまりもないはずだ。
――リンネはもう諦めないと決めている。
何故ならそれは、アルザの意に背くことだからだ。
あの時アルザに助けてもらった。雇うと言われた。
それは、彼に必要とされているということ。
この世に存在していいと言われていること。
何十年も生きてきて初めて肯定された生は、足掻けばきっと光が見えてくるという答えをくれた。
ならばこの貧弱な身でもニンジャと刺し違える。
そのくらいの意地を見せずして何が愛か。
人質になるくらいなら。
足手まといになるくらいなら――!
「下衆が」
それは突然起きた。
いきなりだった。
目の前のニンジャ二人の足が燃えたのだ。
「なっ!?」
「馬鹿な! これは!」
その隙に脱出したタワシちゃんは、即座にリンネの元に戻る。
火のついたニンジャはあっという間に火だるまになった。
悲鳴も聞こえず、もがく間も無く。
今そこにあったニンジャは、数分もたたずして灰になった。
しかもニンジャだけ燃えて、店内は燃えていない。
魔法よりも高度な何かが、リンネたちの目の前で展開されていた。
「ひ、人が!? 今度は何スか!?」
「誰!?」
「ふむ。アルザは良き弟子を持ったか」
コツコツと床を鳴らして歩いてくるのは老爺だった。
その顔を見てリンネもナナもホッとする表情。タワシちゃんはよくわからず首を傾げている。
タワシちゃんの反応はさておいて、それほどまでに彼の顔は柔和であった。
まるで公園のベンチで鳩と戯れるような、そんなあたたかい雰囲気。
そしてアルザの名を出したことから、近しい存在だとわかる。
「お嬢ちゃんたち、大事無いか」
「は、はあ。た、助かったっス。あ、ありがとうございます!」
「え、ええ。本当に危ないところを……あ、あの。一体どちら様でしょうか……」
老爺はニコリと微笑む。
「これは失礼した。我が名はアカヘビ。アルザの元――そうさな、師のようなものである」
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