第21話 繁盛でござる

「すいませーん、回復ローションください!」

「はいはい上物ですよ~。ヌルヌルでトロットロですよ。クセになること間違いなしです」

「あの、麻痺消しってこの値段でいいんです? 教会の半額ですけど」

「あってますよ。ウチのは教会のボッタクリ薬品よりバツグンに効きますよ~」


 ダンジョンへの素材採取から数日。

 シュリケン薬局にはひっきりなしに人が来ていた。


「お客さん増えたね」

「そうですね。あのデリ隊長を助けてから……あ、はい毒消しですね。まいど!」


 リンネは忙しそうに客対応をしている。あまりにも人が来るので、最近はアルザも店を手伝っていた。

 彼女の言う通り、双角鉄剣団オーガー・ソードマンズを助け、呪詛毒を使うリザードマンを全滅させたアルザの名はさらに広がっていた。


「しかもお客さんの質が変わってきたような?」

「ですね。旦那様の評判もさらに上がったんじゃないですか?」


 以前はドワーフたちの他に、鍛冶屋で噂を聞きつけた冒険者がちらほら来るだけだった。だが今は装備品もグレードが高く、明らかに高レベル帯の冒険者たちが来ていた。


「失礼、アルザというニンジャはここにいるか? 我々のクランに是非とも加入していただきたいのだが」


 カウンターに商品を持ってきた侍風の男がそう言った。盾を持たず、東の国独特のオオヨロイと呼ばれる防具を身にまとっている。腰に差すカタナも業物だ。

 

「元ニンジャね。悪いけど今は薬師なんだ。ここのお店を回すので手一杯だよ」

「そうか。それは残念だ……だがここの薬はよく効く。一個人としてまた来るよ」


 残念だとばかりに目を伏せる侍。しかし流石はクラン配属の冒険者だ。断られても礼節を忘れない。しかもしっかりと回復薬を買っていく。


「……今のは中堅クランの朧火衆オボロビシュウですね。これでスカウト何度目ですか?」

「さあなあ。あんまり興味がないからな」

「あの、旦那様」

「?」

「本当に旦那様って追放されたんですか? どう考えても最強ニンジャなんですけど」

「本当だよ。怖い上司五人に詰められてね。チビるかと思った」

「チビらせたの間違いでは?」

「何か突っかかるね最近」

「無能が私だけでちょっと寂しいだけです」

「そんな事ない。君は優秀だよ」

「殺し文句どうも。そうやって色んな人たらし込むんでしょ。あのデリ隊長みたいに――はーいいらっしゃいませ~!」


 一瞬頬を赤らめながらムスッとするも、客がカウンターに来ると即座にビジネススマイルになるリンネ。最近店員が板についてきたようだ。

 アルザは店の中を見回す。売れ行きが好調なのは純粋に嬉しい。だが一方で、早いペースで売れていくので在庫が心配になってきてしまった。


「うーん、売れてきたら今度は在庫の心配が出てきたなぁ」

「もう汎用コモン素材は錬金術ギルドに卸してもらいましょうよ。それで大分楽になるとおもいますけど」

「それがね、俺どうやら嫌われてるみたいなんだよ。あそこのギルドから」


 そういうと「へ?」と素っ頓狂な声を上げるリンネ。目を丸くして見上げてきた。

 

「旦那様……まさか誰かブッコロコロしたんです?」

「人聞きが悪い。でも門前払い食らうんだよな」

「うーん、すると旦那様妬まれてるとか」

「俺が?」

「旦那様のブツ、めっちゃキマりますし。あっちは商売上がったりでは?」

「キマる言わないの!」


 冒険者の街では薬師の領分は非常に曖昧あいまいだ。

 何故ならやすのは教会の仕事だが、薬品調合の本分は錬金術だからである。

 この街では錬金術ギルドが医薬品関係を推奨する立場であり、薬師としてやっていくならギルドを通して素材をおろしてもらうことになる。だがそこに拒まれたとすると普通は商売が成り立たない。

 しかし、アルザは戦う薬師である。採取スキルも高く、ダンジョンに潜ればタダで高品質な素材が手に入る。その上調合スキルも錬金術師並なので、錬金術ギルドを介する必要がないのだ。

 そんな彼を錬金術ギルド側から見たなら、自分たちの分野に土足で入ってきた形になる。錬金術ギルドがアルザの事を快く思わないのは当然のことではある。


「でもここに錬金術師のお客さん来ますけどね」

「そこが不思議なんだよな。時々声かけてくる人までいる。またゲイザーよろしくとか」

「あー……旦那様、しばらくはあの界隈に寄り付くのはやめましょう。もともとキナ臭い界隈ですし。何より派閥もいっぱいあるって言います」

「派閥か」

「集まっているようでパッチワークみたいにバラバラなんでしょうね。となると、旦那様が争いのキーマンになりかねません。取り入れた陣営の勝ちあるいは負けみたいな」


 リンネも散々辛酸を舐めてギリギリアンダーグラウンドを渡り歩いた者である。そういう争いごとには敏感らしい。

 おそらくリンネの言う通りなのだろう。そもそも錬金術師は陰キャ高プライドの集まりである。協会というより派閥の連合という色が強いからこそなのだろう。


「なーるほど。ご忠告ありがとう。そんな情報知ってるなんて、やっぱり有能じゃん」

「またまた殺し文句どうも。お礼に地下室でしっぽりやります? 植えたマンドラゴラたちが見てる中で」

「そのお下品な軽口がなければなぁ……」


 そんな時、カランとドアベルが鳴った。


「いらっしゃいま……うあ! 旦那様!」

「失礼、アルザ殿は……あ、いた」


 入ってきたのはフレデリカだった。

 しかし鎧姿ではなく、顔も隠している様子はない。

 それどころかバシッと黒基調のマーメイド型のブロムドレスを着て、剣ではなく瀟洒なカバンを手に持ち、足元などスリットが際どいところまで入っている。

 どこのセレブ美女ですかと見紛うその装いに、客たちも驚いていた。


「アルザ殿! 約束通り個人的に会いに来ました」

「あ、ああ。わざわざありがとう。フレデリカ、その服装は…‥?」

「普段はこんな感じなのです。粗暴なオーガー系譜と馬鹿にされないように、せめて小綺麗にしているだけなのですが」


 小綺麗どころか一足飛びで悩殺に来ている。

 鎧姿とは打って変わってフレグランスな雰囲気に、客として来ていた冒険者たちは襟を整えたり髪を手ぐしで整えたり、ドワーフたちすらも「いけねヒゲ整えないと」と櫛を取り出していた。


「いいお店ではないですか。キレイだし、揃っている品もひと目で良いものと解る」

「ははは……始めたばかりだからキレイなだけだよ」

「何かお探しですか人斬り隊長殿? けっこう忙しいので冷やかしなら帰ってほしいのですが」

「こらリンネ……ってうわ」


 リンネを見ると、わかりやすくブンむくれていた。

 頬をぷくーっと膨らませて帰れオーラが凄まじい。


「無論、ちゃんと薬も買いに来ました。アルザ殿の薬はよく効くのは身をもって知りましたから」

「なら……ギリいいでしょう。あ、旦那様にお触りは有料ですので」

「ふふ。リンネ殿は主を守ろうと可愛い。だからこそ取り甲斐があるというもの」


 フレデリカの唇にぺろりと舌が這う。

 目がギラリと光る様は、猛獣が獲物を捉えたよう。

 誰が見ても解る。彼女はアルザをロックオンしていた。

 

「こ、このデリ嬢! まさか宣戦布告に来たんですか!」

「私はオニ族。力の祖オーガーの系譜。取り合うのは古来より是とされています」


 静かににらみ合うリンネとフレデリカ。歌姫アイドルのように可愛いもののちんちくりんで貧相な猥談ハーフエルフと、地位も金も力も美貌びぼうも兼ね備えるオニがバチっていた。その様子に「あの旦那やるじゃあねえか」と客たちも興味津々である。


「リンネいい加減にしろ。お客さまだぞ」

「お客どころかコイツはサキュバスですよ旦那様!」

「何を言ってるんだもう。すまんなフレデリカ」

「いえ、わたしはアルザ殿に会えればそれで満足ですので。ところでアルザ殿。わたしもクランの為に薬を注文したいのですが」


 と言われて、リンネを見るアルザ。リンネはむくれながら、何を言われずとも台帳を取り出してバックヤードに引っ込んでいく。


「あー……旦那様~やっぱりいろいろ足りないかも~」


 リンネの残念そうな声が聞こえてくる。在庫が少なくなってきたとは思っていたが、彼女の声音から察するにもう殆ど無くなってきたに違いない。

 

「参ったな。またダンジョンに潜りにいかないと」

「? 在庫が無いのですか?」


 それがね、とアルザは事情を話してみる。

 フレデリカはふんふんと聞いて、ぽふんと手を打った。


「それならウチが懇意こんいにしている有力な錬金術師に会わせましょうか? 我々も属性付与エンチャントオイルを仕入れていますから」

「本当か!」

「ええ。アルザ殿の窮地ピンチとあらば。わたしは命を救われましたので、コレくらいのことは――」


 渡りに船とはまさにこの事である。

 アルザは是非にとフレデリカの手を取ると、彼女はとろんとした目で


「貴方のお役に立てて嬉しい」


 と囁くような色っぽい声でそう言った。

 パックヤードに引っ込んだリンネの隙を突く、フレデリカ会心の一撃である。

 普通の男ならイチコロなのだろう。だが残念なことに、アルザにはこの手のアプローチについては既にゲップが出るほどに経験済みである。

 というのもニンジャギルドに配属していた時は、彼の教え子である女ニンジャたちがあの手この手でアプローチしてきたのだ。さらに師であるライラ=イザヨイからは


『思わせぶりな女の言動に惑わされるな。抗おうとしても無駄だが、そういう時はアタシの顔を思い出せ』

 

 という他人から見れば呪いのような言葉を受け取っている。

 それ故に美人を目の前にしてもどこかで師が


『間抜けヅラしてんなバーカうっひゃっひゃっひゃ』


 ……と笑っているように感じてしまうのである。これはひどい。

 なので彼には色仕掛けが全く効かない。

 あまりにも頑ななのでリンネも「この鈍感系クソ雑魚主人公ムーヴ」と詰ってくることがあった。


「――流石は元ニンジャですね。これは落とし甲斐があるというもの」

「?」


 何だかいきなり雰囲気が変わったな、と思ったその時。


「旦那……様……」

「リンネ? うわ何だその顔!」


 バックヤードへの入り口からリンネが半分顔を出して、恐ろしい表情でアルザを見ていた。目はまんまるになり、ブルーの瞳は光彩を無くして暗い穴のよう。濁った魔力がにじみ出ていて、もはや怨霊ファントムのようになっていた。

 その日、リンネは晩ごはんまで一切の口を利くことはなかった。

 ただそうやってムクれるだけまだ余裕の裏返しでもある。

 どうあっても一番は私だと思えるほど、また他人もそう思えるほどにリンネはアルザに近しい。

 故にだろうか。

 試練だとばかりに。

 はたまた、今こそ変わるべきだということなのか。

 ナナとフレデリカの二人でも手に余るというのに、さらなる出会いに心をすり減らすことになろうとは――リンネは思ってもみなかった。

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