第17話 アカンやつでござる

 目つきが悪いだけで犯罪者扱いとは。

 流石のアルザもこれには凹んだ。というか何でこんなに殺気立っているのだろうか。

 彼があまりにも肩を落とすので、リンネは「だ、大丈夫です? 私のちっぱい揉みます?」と彼女なりになぐさめていた。


「――よせ。追い剥ぎハイウェイマンならば今頃仲間が来る。彼は本物の冒険者だ」


 背後から女性の声がする。囲みをかき分けて出てきたのは、部下に肩を借りるフルプレートアーマーの重剣士ヘビー・ソードマン。おそらくは隊長格だろう。


「しかし隊長!」

「いいと言っている。殺気はない。が、只者でも――」


 言葉の途中でガシャリ、と膝をつく隊長。

 兜の奥からとても苦しそうな声が聞こえてきた。

 

「しっかりしてください隊長! あともう少しです!」

「ぐ、う……リザードマンどもめ。どこでこんな呪詛毒など」

「呪詛毒だって? ちょっと見せて――」


 アルザが近づこうとした瞬間。

 周囲の部下たちが更に殺気をみなぎらせてきた。


「隊長に触るな!」

「そんな事言ってる場合か。呪詛毒っていうなら本当に死ぬぞ」

「冒険者ごときが治すというのか!」

「一応薬師やってる。今日も素材を取りにダンジョンに潜っただけなんだ」

「そんな嘘を信じると思うのか!」

「じゃあどうするんだ。教会の聖職者を呼ぶのか。その間に隊長さん死ぬぞ」

「くそ!」

「毒と聞いたら薬師として当然の事をするだけだ。早く診せろ。取り返しがつかなくなるぞ」


 そう言っても双角鉄剣団オーガー・ソードマンズたちは渋っている。何故そんなに隊長を診せたくないのだろうか。リンネをちらりと見ても、「リンネちゃんわかんない」と首を振っている。


「――頼む、私を診てくれないか」


 そう言ったのは膝をついたままの隊長だった。


「気を悪くしないでくれ。皆私を慕ってくれているだけだ。謝礼もする」

「謝礼! 旦那様出番ですよ!」


 怯えていたリンネはぱぁ、と明るくなって大カバンをドサリと置く。

 重なる採取ビンの奥から取り出したのは、万が一のための救急セット。アルザが持たせたものだ。


「旦那様。呪詛毒を治すブツ持ってるんです? お店にはありませんが」

「一応ね――さ、隊長さん兜脱いでくれ」

「……」

「どうしたんだ?」


 しばらくの間のあと。

 隊長がゆっくりと兜を脱ぐ。


「! アンタは――」

「オーガー……いや、オニ族ですよ旦那様!」


 ファサ、と金色のセミロングの髪がたなびく。現れたのは息を呑むほどの美人。額には二つの角。琥珀色の瞳には、呪詛毒が既に回っているのか半分ほど光が消えている。


「栄えある双角鉄剣団オーガー・ソードマンズの部隊長が女だと知って落胆するか?」

「いや別に。珍しいってだけだ」

「フッ、皆そう言うが、心の中ではどうだか――」

「あの、そういうのいいから。診るから少し黙っててくれるか?」


 少しイラッとしたアルザがそう言うと、隊長は「あ、はいすいません」と素直になる。恐らくセンシティブな話題なのだろうが、アルザとしては特に治療に関係ないことである。

 口の中を診たあと、首元に上がってきた呪詛の黒染みをなぞるように触れる。すると隊長の体がピクンと跳ねた。

 鎧を外すとあらわになったのはしなやかな体に豊満な胸。細めだが、オーガー系譜の人種、特にオニは見た目より遥かに怪力。重装備は難なくこなすと言われている。

 脇には浅いが呪詛毒で黒ずんだ傷があった。槍によるものだろうか。傷自体は大きくない。だがアルザは体中を蝕もうとする呪詛毒に驚き、にわかに怒りの相を見せる。


「これは人糊ひとのりか!? なんてことだ。外道め!」

人糊ひとのり? なんだそれは」

「だ、旦那さま? なんか顔が怖くないです?」

「……何でもない。リンネ、救急箱の八番のビンだ」

「このブツですか?」


 リンネがヌッと取り出した細ビン。そこにはリンネも引くほどにどピンクの液体が入っている。粘度の高いヤバそうな一品だ。


「これで治るけど……例によってニンジャ用なんだよね」

「またですか旦那様。今度こそ部下さんたちに斬られちゃいますよ?」

「覚悟はしておこうか。いいか隊長さん。短い間に二度に分けて飲むと呪詛毒は取れる」

「わかった。頼む」

「……けど、ちょっと副作用が強くてな。あの、女性隊員の人がいたら彼女の手足抑えてくれないか」


 そう言うとガチャガチャと兜を脱ぐ隊員たちはこれまた美人だらけ。隊の八割は女性だった。オーガー族をはじめ、人間族もエルフも獣人族も虫族すらもいる。


「思ったより多かった。あと男は後ろを向いてくれ」

「何をする気だ薬師!」

「いいから」


 そう言って殺気立つ男性隊員たちだが、アルザの真剣な顔を見て渋々と後ろを向く。


「隊長さん、口を開けてくれ」

「こうか?」

「何があっても飲み込むんだぞ」


 やがてピンク色の液体が隊長の口に流れていく。

 もごもご、ごっくんと飲み込んだそのすぐ後に効果は出始めた。


 

「んぎっ!」

「隊長!? 貴様なにを――」

「んほおおおおおおおおおおらめえええええええ!!!」

「た、隊長ォー!?」


 

 案の定ガッツリとキマった顔になってしまった。

 凛々しい女剣士が一転、舌を出して白目を向き、よだれをビッチャビチャに垂らして腰をバッタンバッタンさせている。


「な、何だ!? 何だこの声は! 隊長!? おいどうなっているんだ!?」

「見るな! 男どもはみ、みちゃ駄目だ! 駄目なんだ!」

「らめえええ効くのおおおおおおお!!」


 頑なに後ろを向かないまでも、気が気でない男性クランメンバーたち。

 必死になって抑える女性たちの顔は真っ赤。「え、隊長こんなに激しいの?」みたいでドンドンと顔が火照っている。

 治療には違いないが阿鼻叫喚の地獄絵図。この人治った後でギスギスしないかな心配するアルザだが、現状彼女を助けるにはこれしかないので割り切ることにした。

 ちなみに効果はちゃんと出ている。首元まで上がってきた呪詛はジュワジュワと押し戻されて、傷口にまで戻ってきていた。


「よし、効いてる。さあ隊長さん、二度目だ」

「ら、らめえ。こ、コレ以上はどうにかなっちゃうううう!」

「仕方ない――御免!」


 アルザが僅かな隙を見て、ガッと隊長の口に指を突っ込む。

 カパァと開いたその口の中に、アルザはピンク色の液体を指に這わせるようにして流し込む。


「んおう! んおおおお!」

「最後まで。そう、手に残ったのも丁寧になめてくれ」


 ちゅっぱちゅっぱレロレロと、棒飴でも舐め回すような音が響き渡る。

 いや完全にアカンやつやでコレ――とハラハラするリンネと部下の皆様がた。

 隊長がよそに見せられない顔でアルザの指をなめて薬を飲みきると、やがて呪詛毒は傷口に収束。

 脇からポロンと出てきたのは真っ黒な芋虫のような物体。呪詛溜まりだ。アルザは躊躇ちゅうちょなくビンの底で潰した。


「これで大丈夫……なんだけど」

「……」


 しばらく痙攣ビクンビクンが続くも、すぐに元通りになる隊長の顔。

 やがてベースキャンプに気まずい空気が流れ始める。

 そりゃそうである。治療の果てに、尊敬する隊長がまさかのアヘ顔ダブルピース。抑えていた隊員は皆顔を赤らめて、獣人族のクランメンバーは多分発情している。

 

「す、すまない。ニンジャ用は副作用が強くて」

「――――――父上、母上。先立つ不幸をお許し下さい」

「あ、バカ、ナイフを首にあてるな! 待て待てちょっと待て!!」


 首を切ろうとする彼女を、全員で慌てて止める。

 落ち着くまで小一時間は、隊長の「死なせてくれ!」の声がダンジョンにこだましていた。



【お知らせ】

次回以降は昼12時ごろに更新します。

更新日の月・水・金はそのままです。

よろしくお願いしますm(_ _)m

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