かどわかし

缶津メメ

見世物小屋の蛇女


町はずれに見世物小屋が来ていた。僕は怖いもの見たさに、小銭入れとお気に入りの人形をこっそりと忍ばせた鞄を下げて駆けていく。母さんはよく「あんなもの見に行くのはやめなさい」と言うが、僕はそんなこと知ったことじゃない。それにクラスメイトの友人たち――――先に見世物小屋に行った彼らはこう言うのだ。


―――――蛇女がいい。蛇をばりばり頭から食べるんだぜ。

―――――小人がいい。カオは中年のそれだが、ちょこまかと動く姿は可笑しくて手を叩いて笑ってしまう。

―――――それよりお前、穴の向こうは覗いたか?毛むくじゃら男と鬼女がまぐわってたぜ。さすがのお前でも、アレを見れば立派な男になれるはずさ……


先に行った彼らは昨日までの彼らと同じなのに、どうも大人びているような気がして――言うなれば僕は、好奇心とちょびっとの焦燥感でこの身を走らせていたのである。


「………わぁ」

そこは、まるで奇妙だった。

今まで僕が見たことのない不気味で、でもどこか異様な輝きを放つものたちが踊り、歌い、貪っていた。手が四本ある女郎が歌を歌う。頭のやけに小さい大男が火を噴く。赤い着物を着た女が口の周りを赤く染めながらにたりと笑う。それらのある種の猥雑さが僕をぐいぐいとこの見世物小屋という世界に引き寄せる。なるほど―――――これは友人たちが口を揃えて「一度は行ってみなよ」となるわけだ。僕は見たものを頭の中で何度も咀嚼しながらテントの脇を通り抜けた。その時だ。

「………ん?」

ひとつ、ぽつんと檻があった。

けものでも閉じ込められているのだろうか。歩を進めてみれば、そこには―――――


「…………おや」


美しい女性が、そこにいた。目元と唇には朱が引かれており、切れ長の瞳がこっちを捉えていた。

「―――――――迷子かい?」

「あ、……その、」

鈴を転がすような声で話しかけられ、僕はなんだかどきまぎして視線をそらしてしまった。くす、そんな音が聞こえ、視界の端で白い手がちょいちょいと僕を招いた。

「ほら、こっちにおいで」

僕は女性の方をもう一度向く。女性は瞳を細め、くちびるを三日月のような形にしていた。

―――――おかしなことだが、僕はこの女性に少しだけ恐怖を感じていた。基本的に笑顔と言うものは人の心を解きほぐすと思うのだが――――

「怖がってるね」

ドキリ、と心臓が高鳴る。女性は笑みを深くしてからゆるりと首を傾げる。

「…………ふふ、別に取って食おうってんじゃないから安心おし。ほら、こっち、こっち……そう、いい子だねえ」

僕がしぶしぶ檻へ近づいていくと、織の隙間から女性が白い手を伸ばし僕の頭を撫でた。

「あの………どうしてお姉さんは檻の中なんかに?」

「ふふん、それはね。あたしが化け物だからだよ。ほら、見てみな」

お姉さんは来ていた着物をぐい、と引っ張り胸部を露にする。とっさに目を背けてしまうが、ちらりと映ったそこにあるものは――――――蛇の、鱗だった。

「え―――――――」

「舌もごらん、ほうら」

んべ、と出された舌は見事に補足、先が二股に割れていた。ちろちろと動くさまが目に毒で、今度こそ僕は目を瞑ってしまった。

「………へ、び…?」

「そうさ、あたしは蛇。とある山に住んでたんだが、まァあたしも年ってやつさ。寝こけてる間にとっ捕まっちまったんだよ」

溜息をつきながら言う女性の言葉は嘘か本当かわからない軽さが在った。女性は続ける。

「このまま行くと、あたしは文字通り餌にされるってわけさ。芸を見たろう?あの若ァい蛇女に頭っからこう、バリバリと。食べられちまうんだ。おお厭だ、おっかねえ」

「………………出られないの?」

「あたし、今腹が減ってるんだ。うまァく力が出せない…………ああ、あんた。良かったら――――この鍵を開けてくれりゃしないかね」

「僕が?」

「そう。あたしは鉄ってやつがどうも苦手でね。この鍵さえ開けてくれりゃ、あたしが勝手に逃げ出すから。ね?頼まれちゃくれないかい」

「――――――――……」

この人が本当に蛇かどうかなんてわからない。舞台に出ていた人たちのように「そういう病気」なはずである。二股に分かれた舌だって、きっと自分で切ってしまったのだろう。

それでも僕は――――――――このひとを檻から出してはいけないと思った。

時折唇の端から除く八重歯はやけに鋭いし、目もそれこそ蛇のように瞳孔がキュ、と窄められている。そうだ、なんとなく感じた恐怖はこれだ。「人間くささ」というものをどうも、この人からは感じられなかったのだ。

「―――――――いいよ。僕の事を、食べないって約束してくれるなら」

震える声でそれだけ言うと、女性は一瞬だけぽかんとして、それからけらけらと笑いだした。

「まさか!あたしだって恩人を取って食ったりしないさね!それどころか、助けてくれた礼にあんたの欲しいもん、あげるよ」

「僕の?」

「そう―――――――例えば」

女性は僕の襟を掴み、ぐい、と唇を押し付ける。僕の唇に、朱がついた―――――

「――――――――――ぁ」

「こんなのも、ね。」

にやりと笑う女性は大きな手ぶりで「そうだ、」と言う。

「あたし、たくさんの紅を持ってるんだよ。紅だけじゃない、綺麗なべべだってあるんだ。だから―――――――そんな格好させてるおとっつぁんとおかっつぁんの所なんか出て行って、あたしと、一緒に来ない?」


―――――長男が生まれなかったから―――――

――――――おまえは――――いずれ軍に―――――



兄が亡くなった、兄に期待をしていた父母は気が狂った。

だから、わたしにこんな格好をさせて――――――



かちゃり、鍵を開いた音がした。







旅の見世物芸人の小屋から死者が出たらしい。

蛇女が、腹を食いちぎられて死んだそうだ。それはまるで彼女の得意とする芸のように、なにかに食いちぎられた跡があったらしく――――――続けてある夫婦が殺された。こちらもなにかに食われた後のようだった。町は騒然とし、人食いの化け物のうわさがしばらく飛び交っていた。



美しく、腹を膨らませた女と。その女の手をひく少女の姿が在ったことは誰も知らない。



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かどわかし 缶津メメ @mikandume3

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