終.生き人形 中 その2
それからと言うもの、ボクたちはアリスと日常的に話すようになった。会話をするだけではなく、アリスの遊び相手にもなった。
よくやる遊びはおままごとだ。アリスは思ったよりも面倒見が良いのかもしれない。
きっとあの女の昔の姿に影響されていたのだろう。ボクはどうしてそこまであの女に執着するのかが分からなかった。
ボクだけじゃない。みんな、みんな、そう思っている。
ボクたちが現実でも関わり始めても結局、あの女からの罵詈雑言が止むことはなかった。アリスはいつものように苦しむも、あの女が家から出て行った後は、逃げる様にボクたちの所へと向かう。
そんな日が続き始めた頃のことだ。
「ねぇ、私もそっちに行きたい」
アリスが突然そんな事を言い出したのだ。アリスが夢の中で一時的にきた時のことだった。
その瞬間、周りの空気が凍りついた感覚を覚えた。ボクは何も答えられなかった。ただただ、目を見開いてアリスを見つめることしかできなかった。
そして、アリスが帰った後。ボクたちはみんなで、さっきのことを話し合った。
「オレは賛成だけどね。ずっとこっちに居られるなら、万々歳じゃん?」
マーチは相変わらず呑気そうにしている。隣にいたマーキュリーが訝しげになった。
「ですが、そんなことどうやって……」
「簡単だよ。死ねば良いんだ」
「え……?」
マーチの楽観的な態度に似合わない言葉にボクは思わず声を漏らす。
「だってよ」彼は更に続ける。
「オレたちだけで見ていくのも限界があるって。それにあの感じだと、もうすぐでしょ? 碌に栄養も取ってないからあんなに痩せちゃってさ。学校にも行ってなさそうだし」
「でも……!! それじゃ、アリスが可哀想だよ」
「可哀想って思うならキミが代わりになったら良いんじゃないかナ」
今まで黙っていたチシャが突然そう言った。
「ボクが……?」
「そうだヨ」
チシャの聞き慣れない語尾が耳にこびりつく。ボクは俯きボソリと呟く。
「出来ないよ。だって方法がないもん……」
「決めつけるのは良くないヨ。もしかしたら、あるかもしれないだろウ?」
「どうしてそこまで強気なの?」
「別にそんな訳ないサ。たダ、こうして現実で話せるようになったんだから、ユキがアリスの代わりになるってのも簡単に出来そうだよネって話」
「でも……」
「でも、なんだイ?」
チシャから疑念の眼差しを向けられる。それが、悪意が含まれてる訳ではない、純粋なものだとうことは言われなくても分かった。だからこそ、ボクは黙り込んでしまった。
「……」
暫くすると、「はぁ」と呆れたため息が聞こえてくる。チシャはボクを見て落胆していた。
「責任も取れない言葉は言ったら駄目だヨ。まァ、そんなこと言っても人間じゃない自分たちには意味ないカ」
「……」
「キミ、意外と臆病なんだネ」
「っ……!」
チシャの何気ない言葉にボクは口を開くことはなかった。
◇◇
ある日のことだ。
あの女はいつものようにアリスに暴言を吐いた後、そそくさと家を出て行った。どうせ夜が明ければ帰ってくるのだとそう思い、気にすることはなかった。
だが、それは少しだけ可笑しな点があった。
「遅いですね」
隣にいたマーキュリーが呟く。遅いという言葉は恐らくあの女のことだ。ボクも頷いた。今日は何故かあの女の帰りが遅い。
一体どういうことなのだろう。
夕暮れになっても玄関から気配がない。流石のアリスも異変に気付き、玄関の方へと向かおうと玄関に続く扉を開けようとした。数秒後、アリスの焦った声が響く。
「なんで……?」
「アリス、どうしたの?」
「ユキ……! ドアが開かないの!!」
「え?」
その言葉に半信半疑になり、ボクとマーキュリーはドアを見やる。アリスの小さな手に握られたドアはびくともせずにいた。どんなにガチャガチャと回しても動かない。
ボクとマーキュリーはドアの裏側を見る。
「これ……!」
なんとドアの後ろはダンボールでグルグル巻きに固定され、ドア自体が動かない状態になっていた。ドアの僅かな隙間でさえ、ガムテープで頑丈に止められている。
閉じ込められた?
「そうだ、窓……!!」
アリスは何かを思い出したかのように家の中へと戻る。ボクたちも倣ってアリスの方へと向かった。
リビングにアリスは居た。窓を思いっきりドンドンと叩いて焦った声を上げている。暫くするとへたりと座り込む。
「どうしよう……どこも開かない」
「自分の部屋はどうですか?」
「無理だった。さっき行ったけどダメだった……」
「嘘……」
その時、あの女が前に言っていたことを思い出す。
『捨てちゃう? 良いんじゃない? 私、別にもう良いかなぁって』
ボクは絶句してしまった。まさか、自分の欲のままにこんな卑劣なことをするだなんて。アリスをこの家に閉じ込めて、自分だけ自由になっていくあの女。
そして、アリスのその時が来ることを願っているアイツが。
「許さない」
「ユキ?」
「……何でもない」
取り敢えず、今は生きることだけを考えなきゃ。
それからと言うもの、アリスは家の中にある食べ物を探し始めた。幸い、冷蔵庫に幾つか残っていた為、数日の空腹は免れるかもしれない。
だけど、量がいっぱいという訳ではなかった。四、五日経てばすっからかんになってしまった。
窓も開けることも出来ない今新しい空気を吸うことも無理だった。
当たり前だけど、アリスは日に日に弱っていった。ボクたちと居る時は、平気そうに笑って接してくれた。だが、体は正直だった。徐々に元気がなくなり、苦しそうな表情を見せることが多くなった。
夢の中でもぼんやりとする事が頻繁になった。ボクたちは心配になったが、アリスは「大丈夫」と力なく笑うだけだった。
やがて、アリスはここに来ることはなかっ
た。
◇◇
あの女が帰ってこなくなってどれくらい経ったのだろう。
「アリス。アリス」
「……ユキ」
ボクは床に横たわるアリスの所へと向かう。アリスはボクの名前を呼ぶも目が虚だった。まろやかな茶色の瞳は腐った泥のような色へと変色している。
意識しなければ気絶寸前の状態だった。
アリスは痩せこけた腕で力を振り絞り体を起こそうとする。
辺りには棚から手当たり次第に引っ張り出した食品袋が散らばっている。アリスの口に合わなかったものでも無理矢理お腹に流し込んだ。だが、すぐに逆流し戻してしまう。
床にはアリスが吐き出した嘔吐物もある。掃除をするにもその気はなかった。
現在のアリスの状態では体を必死に起こすくらいしか出来なかった。
「大丈夫?」ボクは分かりきったことを囁く。
アリスはコクンと頷き、嘘をついた。
「きっと、ママももうすぐ帰ってくる……から」
アリスは力なく笑った。今にも枯れそうな花が力を振り絞って耐え続けるように。花弁が一枚、二枚と落ちるように。
「ねぇ、どうして?」
「……え?」
「どうしてあんな奴に優しさを持つの? アリスを大切にしない人だよ? キミを大切にしない、無価値な奴なんかに優しくしても、アリスが壊れちゃうだけだよ!!」
「……ユキ」
「分かってるでしょ!? アリス、アリスは捨てられたんだよ!!」
「……」
「ねぇ、アリス」
喉が渇く。浅い呼吸しかできない。ボクは、ボクは人間じゃないのに何故。はぁ、はぁ、と疲れた吐息が出る。そんな中でボクはアリスに向かって言った。
「アリス、ボクが代わりになるよ。キミの代わりに、ボクがアリスの世界で生きるよ」
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