京の森の魔女は迷わない

朝比奈夕菜/角川文庫 キャラクター文芸

プロローグ

 京都市内で昨日降っていた雪は止み、今日は噓のような快晴だ。

 木々に降り積もった雪は、朝日を反射して白く輝いている。

 街中でも雪が積もったそうなので、まして山深いでは一面雪景色だ。

 八瀬の山奥にあるやしきの管理を祖母から任されていたリサは、広縁に座布団ときようそくを持ち出し、朝からゆったりと雪景色をたんのうしている。

 今日のリサは白地に雪持ち笹の小紋を着ており、一緒に着付けた黒の流水文様の帯も祖母から譲り受けたものだ。幼い頃のリサは祖母が雪持ち笹の着物を着ている姿が一等好きだったので、着物を譲ってもらった時はとてもうれしかった。

『リサ、あなたが神様より頂いた力は、人を虐げる為でも、あなたの私利私欲を満たす為のものでもない。人を幸福に導く為のもの。自分の為ではなく、人の幸せの為にその力を使いなさい』

 リサが小学校に上がる年くらいだっただろうか。雪持ち笹の着物を着た祖母が、珍しく真剣な表情でリサに言った言葉をふと思い出した。

 今ではあの頃の祖母と同じくらいの身長に育ち、好きだった着物も譲り受けて着られるようになった。

 そして、大人になって、れいごとだけでは世の中渡っていけない事も知った。

 子供や孫に対して綺麗で正しい世界で生きて欲しいという願望がある事は分かるが、綺麗なことだけでは生きていけない。

 保護者の理想を押し付けられ、結局痛い目を見るのは夢ばかりを見せられて大人になった子供達だ。

 普段の祖母は現実主義者で、子供相手にも夢見がちなことはあまり口にしない人だった。幼いリサもそれをなんとなく分かっていた。

 だが、あの時だけは違った。だからこそ、あの時の言葉に強い違和感を覚え、二十年近く経った今でも覚えているのだろう。

 なぜあの祖母がそんな綺麗事を幼い孫に言い聞かせたのか理解に苦しむ、とリサは祖母の言葉を思い出してため息を吐いた。

「リサ、こんなところにいたんですか」

「イラ」

 褐色の肌に黒髪の少年が足早にリサの下へ向かって来る。満月のような金色の目があきれた色を浮かべており、リサの近くまでくると広縁にひざを突いた。

「こんなところにずっといては寒いでしょう。風邪を引きますよ」

「だって雪がこんなにも綺麗に積もっているんだもの」

 雪にはしゃぐ幼子をたしなめるようなことを言うイラと、駄々をこねてその場から動こうとしないリサは、外見と言っていることがチグハグだ。

「それにしてもこんな寒い所でわざわざ見なくてもいいじゃないですか」

「ここで見るのがいいのよ」

 イラが何を言ってもリサはニコニコと笑って言い返す。やがて折れたのはイラの方だった。

「……電気ストーブと羽織る物を持ってきますので、ちょっと待っていて下さい」

「あら、ありがとう」

 深々とため息をついて立ち上がったイラに、リサが礼を言いながらひらひらと手を振った。

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