第一話 魔女の下僕④
箒を手にした着物姿のリサが病院内を歩くと、そこら中の視線が集まる。それらを振り切って八城の個室にやっとの思いでたどり着いた。
病室をノックすると返事があり、扉を開けるとベッドの側の椅子に座っていた八城の母親が立ち上がって頭を下げる。
「八城さん、この方が昨日お話ししたリサさんです。リサさん、こちらは患者の八城隆司さんのお母様です」
「はじめまして、リサ・シラハセ・フローレスです」
「八城隆司の母です」
二人が軽く会釈をして自己紹介をし合う。
「では早速診察させていただきます」
「よろしくお願いします」
ベッドの隣に立ったリサは、八城の頭からつま先までを視線だけで観察していた。やがてゆっくりと幸成と八城の母親の方へ振り返り、口を開く。
「
「あの、お値段がどのくらいになるかお聞きしても……?」
恐々と八城の母親が聞くと、リサは
「少なく見積もって、三百万円になります」
「さんっ……!?」
清涼度一〇〇%の
出せない額ではないが、ポンと出せる額でもない。当たり前だが、八城の母親も顔を青くして視線を下げている。
「返事は急ぎませんが、正直どこまで
いつ容態が急変してもおかしくないというのはリサも幸成と同じ見解らしい。
やがて八城の母親は弱々しくリサに向かって頭を下げた。
「よろしく、お願いします……」
「承りました」
にっこり笑ってリサも頭を下げる。
「では契約成立ということで正式に契約締結をお願いします」
そう言いながらリサは箒をイラに渡し、着物の
「えっ、手品?」
無理やり入れようと思えば入るだろうが、袂に何か入っているようには見えなかった。幸成は小鳥のように
「大雑把に言いますと、収納が得意な悪魔と契約しているんです。自分と相性のいい悪魔と契約して使役することが魔女の能力です。箒に乗れるのも、風を操る悪魔と契約しているからですね」
「なんか、契約社員みたいな感じなんですね」
魔女と悪魔の関係が意外と現代の雇用形態と似ていて、少しだけ幸成は親近感が湧いた。
しかし、笑顔のリサから「悪魔」という単語がサラリと出てきて、思わず内心ギクリともしてしまった。
着物姿で穏やかな笑顔のリサは幸成の中の「魔女像」とはいい意味でかけ離れていたので、ふとした瞬間の言葉や魔術を見るたびに「ああ、この人は魔女なんだな」と思い出させられた。
「今から私と八城様との間で契約を交わします。この契約を交わすことにより、一方的な契約破棄はできなくなりますが、よろしいですか?」
馬酔木の枝を両手で恭しく持ち上げて美しく微笑んだリサが小首を傾げる。
「……はい」
神妙に
「では、手を花の上にかざして下さい。あと、下のお名前をお伺いしたいのですが」
「
「ありがとうございます」
由紀子が言われるがまま花の上に手をかざすと、花に白い光が
「我、リサ・フローレスは八城由紀子と約定を交わし、これを
白い光は花全体に広がった瞬間、パッと
「この指輪は契約のしるしです。約束を違えれば、お互いに指が飛びます」
まるでヤクザのそれだ。幸成と由紀子は
「ちょっと失礼しますね……イラ」
言葉を失っている二人を
「あとは頼みましたよ」
「はい」
イラは短く返事をすると、
「さて、早速ですが患者様の基本情報、主に人間関係を教えていただけますか」
イラを見送ったリサが、くるりと
「えっ、そういうのも魔術で調べてもらえないんですか?」
魔女は魔法の力で人智を超えた事を無制限に行えると思っていた幸成は、素っ頓狂な声をあげた。由紀子も疑わしそうな目でリサを見つめている。
リサはパチパチ、と二度ゆっくり瞬きして苦笑を浮かべた。
「もちろん魔法で調べる事も出来ますが、それ相応の対価が必要となるので追加料金が発生しますよ? それに、こういうのは魔法を使うより人やネットを使った方が早いです。私は魔法を使っても構いませんがどうしますか?」
世の中何をするにも対価は必要だ。そんな単純な事を忘れてタダでやってもらおうと思った自分が幸成は恥ずかしくなった。幸成たちは大人しくリサに従うことにする。
八城のベッドの隣に三つ丸椅子を並べて向かい合う。意識がないとはいえ、本人がいる部屋でその人の話をするのはなんだか
「最近息子さんから何か人間関係でトラブルを抱えているなどの話は聞いていませんか」
「いえ……」
「仕事関係はどうですか?」
「忙しそうで朝早くに家を出て、夜遅くに帰って来ますが、特に問題を抱えているようには見えませんでした」
リサは手を口元に持っていき、目を伏せて少し考え込む。
「ご家族はお母様だけですか?」
「はい。私の夫は三年前に他界したので、今は隆司と私の二人で暮らして……」
言葉の途中でハッと目を見開き、由紀子はリサの目をまっすぐ見た。だがすぐに目線をさまよわせ、言い
「あの、隆司は去年離婚して……」
蚊の鳴くような声で告げられた言葉は、幸成からすればそこまで驚くようなことではなかったが、由紀子の年代からすれば離婚はよほど恥ずかしいことなのだろう。
しかし、今のところの突破口はそれしかなさそうだと幸成は思ったし、目の前のリサも幸成の視線を受けて小さく頷いた。
あのまま由紀子の前で話すわけにもいかないので、話を詰めながら昼食を食べようということになり、幸成とリサは病院の食堂にやってきた。
幸成はカツ丼、リサはオムライスを頼み向かい合って座る。
「折り入って花満先生にお願いしたいことがあるのですが」
「……絶対いい予感はしませんが、なんでしょうか」
「八城隆司さんの元奥様、
「デスヨネー」
想定していたこととはいえ、嫌すぎるそのお願いごとに、幸成は思わず遠い目をする。
「だって、怪しさ満点で女の私が連絡しても警戒されるだけじゃないですか。しかも元
「いやいやいや、俺が行ったところで変わるのって性別くらいじゃないですか」
「何をおっしゃいます」
リサがニッコリとお手本のような笑みを浮かべる。
「八城隆司さんの担当医という、私が持ち得ない、最高で最強のカードを先生は持っていらっしゃるじゃないですか」
「それはそうですが」
確かにリサが出向くより幸成が出向いた方が各所の精神的負担は少ないだろう。しかし、誰が好き好んで見ず知らずの女性の傷口かもしれない部分に突っ込んで行きたいものか。
「俺は八城隆司さんがどんな人かはまだ知りませんが、元嫁さんがあのお
「それは同感です」
あの後、それまで息子が離婚していたという事実を隠したがっていた人とは思えないほど、由紀子は
『離婚したら女は苦労するのに、我慢が足りないんですよ今時の子は。女が自由に生きていける時代とか言いますけどね、それは家庭で我慢できない人が家から出ていくだけでしょう?』
などなど、表面上は元嫁の身を案じているものだが、中身は息子に離婚というレッテルを貼った女が悪いと言わんばかりの悪口のオンパレードだった。
「あれが善意一〇〇%で言っている感じが全く救えないですよねぇ」
カツを頰張りながら幸成は元嫁に同情した。嫁
「悪魔というものは人の外だけでなく内にも存在するものですから」
うっすらと笑いながら、リサは言外に由紀子の身の内には悪魔がいると言う。
たまに
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