笑う門には福来たる~コメディ短編集~

たこす

強面の女に壁ドンされて好みの女性を聞かれてる件

 もしもこの世にメダパニという魔法が存在するのなら、今まさにオレはその魔法にかけられていることだろう。

 メダパニといえば、某有名RPGで相手を混乱させる魔法のことだ。


 きっとテロップで


『たかしはこんらんしている!!!!』


 とか出ているに違いない。


 それほどまでに、今のオレは混乱していた。



「2年C組の上田うえだたかしだな」


 目の前には強面こわもての女。

 逃げられないよう、両手で壁に手をついてオレを追い詰めている。


「ひ……ひゃい……」


 真っ赤な長い髪に鋭い眼光。

 いかにも「今さっき、人殺してきました!」的な禍々しいオーラを放ちながらオレを睨み付けている。


「貴様に聞きたいことがある」

「なななな、なんですか……」


 いかん、泣きそうだ。

 睨まれてるだけで泣くなんてどうかしてるが、仕方がない。

 女は身長175㎝のオレより、さらに高いのだ。

 見下ろされてる恐怖感がハンパない。


「お前、彼女はいるか?」

「へ?」


 思わず間の抜けた声を出してしまった。

 なにその質問。


「い、いませんけど……」

「好きな女は?」

「いませんけど……」

「好きな女のタイプは?」

「特にこだわりは……」

「ないのかッ!?」

「ひいぃッ! で、できれば頭のいい人が好きです!」


 すると、その強面の女性がスッと離れた。


「……?」


 何をするのかと思いきや、突然ポケットの中から学年テストの成績表を取り出した。


「見ろ。300人中30位だ」

「は、はあ……」

「………」

「………」

「………」


 またもや壁ドンされた。

 なんなの、この人。


「他には!?」

「へ?」

「好きな女のタイプ」

「あ、えーと……大人っぽい子が……」


 するとまた彼女はスッと離れ、長い髪の毛をふぁさっとかきあげた。


「ふふ、どうだ?」

「……な、なにが?」

「………」

「………」


 また壁ドンされた。

 いったい何がしたいの、この人。


「他には!?」

「し、趣味が共通の子……」

「貴様の趣味は!?」

「マ、マンガを描くこと……」

「奇遇だな。私は読むのが好きだ」


 ……それは奇遇とは言わない。


「ふうむ。聞けば聞くほど、私は隆の好みの女にぴったりだな」


 好みどころか、ドン引きです。


「どうだ、隆。私みたいな女はそういないと思わんか?」

「え、うん……そうですね。いないと思います……」


 こんな、いきなり人を壁に押しつけて好みの女性を聞いてくるひとは。


「じゃあ、私を隆の恋人にしてくれるか?」

「は……?」

「実はな、私は隆のことが好きなのだ」

「………」

「………」

「………」


 は、はあああッ!?!?

 なにそれ!?

 なにそれ!?

 なーにーそーれー!?!?


 オレは思わず自分の耳を疑った。


 これ、告白されてるの!?

 告白されてる状況なの!?

 マジであり得ないんですけど!!!!


「あ、あの、言ってることとやってること違いませんか!?」

「なにがだ」

「脅されてる感ハンパないんですけど!?」

「こうでもしなければ逃げられるからな」


 いやいや、逃げ出すよそりゃ。

 端から見たらきっと殺されそうになってるよ、オレ。


「……で、どうだ?」

「へ?」

「私を恋人にしようとは思わんか?」

「……あー」


 どうしよう、こんな怖い人が恋人なんてなったら、毎日が恐怖でしょうがない。

 正直、今にもチビりそうだ。


「返事を聞かせてくれ」


 NO! と言いたいところだが、言った瞬間殺されるかもしれない。


「あの……数日待っていただけませんか?」

「ダメだ」


 なぜに?


「単純な二択だろう? YESかNOか。なぜ悩む」

「い、いや、こういうのはそんなに単純なことじゃ……。じゃあ友達からっていうのは……」

「は?」


 ピキッと女の眉間に皺が寄った。

 ひいっ、怖い!

 めっちゃ怖い!


「嘘ですー! ちょっと考えさせてー!」


 どうやら曖昧な返事はNGらしい。

 ていうか、この人なんでこんなに早急に答えを求めるの?

 告白されてソッコー返事するなんてあまりないと思うんだけど。

 それよりもオレはひとつ気になった。


「あの……」

「なんだ?」

「オレのどこが好きなんですか?」


 うん、そうだ。まずはそこだ。

 自分で言うのもなんだが、オレはかなり冴えない男だ。

 クラスでも目立たない存在で、窓際に座ってボーッと外を眺めてるようなヤツだ。

 そんなオレのどこがいいんだろう。

 わけがわからない。


「どこが好きか……だと?」


 しかし目の前の女はオレの質問に青筋を立てて反応した。

 お、おおう……。これは聞いてはいけないことを聞いてしまったかもしれない。

 女の周囲から異様な殺気が放たれ始めている。


「い、いえ……答えたくなければいいです」

「……だ」


 女はボソッとつぶやいた。


「へ?」

「……部だ」

「は、はい?」

「全・部・だ」

「はい?」

「だから全部だっつってんだろうが、ゴルアアアアァァァッッ!!!!」

「ひいいいーッ!!! ごめんなさいいいいいぃぃ!!!!!」


 パネぇ!

 マジ、パネぇっすよ! この女!


「他に聞きたいことはッ!?」

「あ、ありません!」

「ないのかッ!?」

「ありません!」


 ヤバい、死ぬ!

 これ以上何か聞いたら死ぬ!


「だったら答えを聞かせろ!」

「ノーです!」

「あ゛あ゛っ!?」

「イ、イエスです、イエス! こんちくしょう!」


 その瞬間、女は口に手を当てて目を丸くした。


「イ、イエス? イエスなのか?」


 ていうかこれイエス以外答えられないでしょ!

 オレはコクコク頷きながら、目の前の女を見上げた。


「ほ、ほんとにイエスでいいのか?」

「ほんとはノー……」

「あ゛!?」

「イエスです!」

「は……ははは! そうか、イエスか! イエスか! はははは! よかった、勇気を出して告白して。正直フラれるかと思ってたから」


 ウソつけ。

 絶対ノーと言わせまいとしてただろ。

 オレはそう思いながら盛大にため息をついた。



 なにはともあれ、こうしてオレたちは恋人となった。

 まったく甘酸っぱくない彼氏と彼女という関係となった。

 そしてそれは数時間後に全校生徒に知れ渡ることとなる。


 しかし誰が予想しよう。


 嫌々付き合い始めたオレだったが、彼女のツンデレ具合があまりに可愛くて、こっちの方が虜になってしまうなど。

 この顔でデレられて、毎日鼻血が出そうになってるなど。


 いったい誰が予想しよう。


 オレはもしかしたら、とてつもなくラッキーな男かもしれない。




「あの、付き合う前にお尋ねしたいんですけど」

「なんだ?」

「名前、なんて言うんですか?」

「……自分で調べろ」



 なんでやねん。


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