知らない間に妹がアイドルやってました

『期待の超新星アイドルグループ現る!』


 大学に向かう途中、電車のつり革につかまりながら、何気なく目の前に座るおっさんの週刊誌を眺めていると、そんな見出しが目に飛び込んできた。

 そこには、ステージに立って踊る可愛らしい女の子たちの写真がフルカラーで掲載されており、スポットライトを浴びてキラキラと光り輝いている姿が写っている。


「───ッ!!!!!」


 特に興味なく見つめていたが、そこに掲載されているアイドルの一人を見てオレは思わず叫びそうになった。

 間違いない、オレの妹だ。

 きらびやかな衣装を身にまとい、笑顔で観客に手を振っている。

 こんな姿、家でも見たことがない。


 なんだ?

 何をしてるんだ、あいつは?


 愛知の大学への進学で東京の実家から引っ越して2年。

「おにーちゃん! おにーちゃん!」

 と後ろを追いかけてきていた妹も早高校生。

 きっと甘酸っぱい青春を満喫しながら平和な高校生活を送ってるんだろうなと思っていたのに。



 オレはすぐさま次の駅で電車を降りて、妹に電話をかけた。

 時刻は朝の8時少し前。

 まだ学校にはついてないはずだ。

 すると案の定、数コールで妹が出た。


『もしもーし』

「美優(みゆ)か?」

『おにーちゃん、どうしたの? こんな朝っぱらから』


 いつも家で聞いていた妹の声に、若干懐かしさを感じる。

 そういえば妹の声を聞いたのはお正月に家に帰って以来だ。もう半年になるか。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけどな」

『なーに?』

「お前、アイドルやってない?」

『………』

「………」

『………』


 うおおおぉい! いきなり沈黙するなよ!

 やっぱりか!?

 やっぱりそうなのか!?


『は、ははは……。何言ってるの? ワケわかんない』

「いや、なんか雑誌にお前に良く似た写真が載っててな」

『ないない。そんなわけない。私に良く似た人なんてごまんといるよ』

「ほんとか?」

『ほんとほんと。てか、おにーちゃん。そんなことで電話してきたの?」

「そんなことって、お前……」

「いくら私が可愛い妹だからって、アイドルしてるだなんて変なモーソーしないでくれない? キショイ』


 う、キショイとまで言われてしまった……。

 まあ確かに言われてみれば雑誌の写真は一瞬だったし、数人いるグループの中の一人で小さくてよく見えなかったけど。

 いわゆる自分の妹は世界一可愛いと感じる身内びいきってやつだったのかもしれない。

 でも、たまに家でやってるツインテールの時の雰囲気といい、笑顔の時にできる小さなえくぼといい、よく似ていた気がするんだが。


「ふーん、ま、いいや。お前がないって言うんなら。でも父さんも長期海外出張中で当分家にいないんだし、あまり母さんに心配かけるなよ?」

『わかってるわかってる。じゃーね』


 プツッと通話が切れた。

 オレは「ふう」とため息をついた。

 どうやら杞憂だったようだ。

 考えてみれば、それはそうだ。

 あいつは昔から鈍臭くて、ステージに立って歌って踊れるようなやつではない。

 きっとステージに立った瞬間、盛大にコケるだろう。



 胸をなで下ろしたオレは、途中の駅で降りてしまったことに気づき、次の列車を待つことにした。

 愛知の電車は東京の電車と違って数分後に次の列車が来るなんてことはない。

 失敗したなーと思いながら、近くの売店に目を通す。

 すると、さっき電車の中でおっさんが見ていた雑誌が販売しているのが目に入った。


「………」


 そんなわけない、と思いながらもオレは売店に向かい雑誌を買った。

 もう一度写真を見れば、きっと見間違いだったと納得するだろう。


 そんな期待を込めて雑誌を広げて見ると……。



「なにしてんの、あいつ……?」



 やっぱり、そこには妹が写っていた。

 ツインテールの髪型に、小さなえくぼ、華奢な身体を大きく広げて笑顔で手を振っている。


 オレは慌ててもう一度妹に電話をかけた。


『なに? もうすぐ学校始まっちゃうんだけど』

「おま、やっぱアイドルやってるだろ!」

『またそれ?』

「しらばっくれても無駄だぞ。今、雑誌見てるんだよ。ストロベリー・パナップってグループを特集した記事」

『………』

「お前がステージで手を振ってる写真も載ってる」

『………』

「………」

『………あちゃ』


 あちゃ、じゃねーよ。


「やっぱやってるんじゃん!」

『別に隠すつもりはなかったんだよ?』


 思いっきり隠す気満々だったじゃないか。


「……母さんは知ってるのか?」

『知ってるよ。未成年者は保護者の許可がないと活動できないもん』

「知ってんの!?」

『応援してくれてる。グッズまで買って、コンサートにまで来てくれてるんだから』


 何やってんの!?

 母さん、何やってんの!?


『だんだん人気出てきてね、今度ツアーやるんだ』


 おいおいおいおい、ちょっと待て。

 ツアーってなんだ、ツアーって。


「なにお前、そんな人気あるグループなの!?」

『おにーちゃん、テレビぜんぜん見ないもんね。この前なんか、ミュージック・ステーショナル出たんだから』

「おま、タモーさんに会ったのか!?」

『声でっか』

「会ったのか!? 会えたのか!?」

『会ったに決まってるじゃん。タモーさんの番組に出たんだし』


 し、信じられん……。

 あの国民的司会者のタモーさんに会えたなんて……。


『いい人だったよ、タモーさん』


 そりゃそうだろ。あの人、いい人そうだもんな。

 ……じゃなくてえ!


「他には!? 他にはどんなことしてるんだ!?」

『ちょっと、もう学校始まっちゃう。もう切るね。あと、これあまり周りに言わないでね。おにーちゃんの生活環境も変わっちゃうから』


 そう言って、プツリと通話が切れた。




 オレは大学に着くなり、友人の岩本いわもと和也かずやのもとに駆け寄った。

 愛知の大学に入って一番最初にできた友人だ。

 気さくで明るくて、老若男女問わず誰とでもすぐに打ち解けられる今時珍しいヤツである。

 将来テレビ業界に携わる仕事がしたいらしく、エンタメ情報にも非常に詳しい男だ。


「和也!」


 オレが手をあげると、和也はいつもの愛嬌ある顔で手を振った。


「おお、正樹。おっはよー」

「和也、お前にちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「え、なになに? お前から何か聞いてくるって、珍しいな」

「ストロベリー・パナップってアイドルグループ知ってるか?」

「おおー、SPね。オレ、大ファンなんだよ」


 略語で呼ばれてるのか。


「なになに? もしかして正樹も目覚めちゃった?」

「なにがだ。そんなことより、その……SP? SPってどんなグループなんだ?」

「歌唱力抜群の子たちがキレッキレのダンスで踊りながら歌うグループだよ。リーダーのユカちゃんを中心に、ミユちゃん、リサちゃん、マイちゃんの4人が華麗にタップを踏むんだ。一度見ると虜になるぜ」


 美優、ダンスできるのか?

 まったく想像できない。


「トークも面白くてさー。特にミユっちの天然キャラは激萌えだぜ」


 友人からミユっちと呼ばれると、なぜか腹が立つ。


「そのグループって、今度ツアーやるらしいんだけど、知ってるか?」

「おお、知ってる知ってる! 近くの名護屋なごやドームにも来るらしいぜ。オレ、チケット買っちゃった」

「な、名護屋ドームッッッ!?」


 ……妹よ、なぜ教えてくれない。かなりのメジャーアイドルじゃないか。


「ストロベリー・パナップって、そんなに人気のアイドルなのか!?」

「普通に有名だぞ? 全国ツアーやってるくらいだし」

「そ、そうか……。ちなみにその……一番人気ある子ってどの子なんだ?」

「そればっかりは好みの問題だからなあ。でもミユっちじゃないか? 生写真とか高値で売れてるらしいぜ?」


 妹よ。


「ステージ上でたまにコケるのが可愛いんだよなー。ダンスは上手いのに」


 妹よ!


「この前なんか、ファンに握手求められてキスされそうになってたってニュースでやってたしな」


 妹よー!!!!!

 やっぱやめてくれ。

 怖いわ、その世界。


「まさか、お前もミユっちのファンになっちゃった系?」


 ニヤリと笑う和也にオレは思いっきりチョップをぶちかましてやった。



 結局。

 どんなグループなのか聞いてもさっぱり分からないため、オレは和也のツテを頼って名護屋ドームライブのチケットを手に入れてもらった。

 相変わらず妹からは固く口止めされているし、テレビで見てもいまいちピンと来なかったから、生で見ようと思ったのだ。

 こういう時、すぐにチケットを手に入れられる友人を持つオレは運がいいと思う。


「いやー、正樹もようやくこっち方面に目覚めてくれたか。おとーさん、嬉しい!」

 と、和也はワケのわからないことを言っていた。



    ※



 ライブ当日。

 名護屋ドームはものすごい熱気に包まれていた。

 どこもかしこも人、人、人。

 こんなにもいるのか、というほどの人。

 これ、みんなファンなのか?

 胸元にSPのロゴとマークが入ったTシャツを着ている集団がそこら中にいる。

 しかも、それぞれ「ユカ」だの「リサ」だの「マイ」だのという名前が入ってたりしている。


「あれは推しメンTシャツだよ」

 と和也が教えてくれたが、よくわからなかった。

「おし麺? 食べ物か?」

 と言ったら笑われた。


「推してるメンバーのことだよ。そのグループのファンで、特にこの子が好きというのをTシャツで表現してるんだ」

「へ、へえ……」


 今ではそういうものまであるのか。

 和也の言葉に、オレは自然と妹の名前がないか探していた。


「お、あれミユっちのファンだ」


 言われて目を向けると、確かにミユの名前が書かれたTシャツを着ている男を見つけた。

 ファンというからてっきりオタッキーな感じかと思ったら、普通の青年だった。

 今ではああいう人もあんな服を着ているんだな。


「お前と同じだな」


 和也がニヤニヤ笑いながら言って来たので、

「だから違うって」

 と否定した。


 妹は可愛い。確かに可愛い。

 しかし、オレの可愛いとみんなの可愛いは次元が違う。

 オレの可愛いは家族目線の可愛いだ。


「恥ずかしがんなって。ここじゃ、むしろ『オレ、ファンじゃないけど?』みたいな顔してたら逆に引かれるぜ?」

「恥ずかしがってなんかない」


 まあ、チケットまで用意してもらって(もちろん金は払った)名護屋ドームにまでついて来た者が否定しても信じちゃくれないだろうけど。


「あ、ほらほら。入場開始だ」


 ようやく入場が始まり、オレたちはチケットに指定された座席へと向かった。


「…………」


 唖然とした。

 着いた先はステージのど真ん前だったからだ。

 もう一度、チケットの番号と自分の座席を確認してみる。


「…………」


 やっぱりステージのど真ん前だった。


「和也、この席……」

「いやー、この席手に入れるの苦労したんだぜー」


 グッと親指を上げてウインクをして見せる友人K。

 こ、こいつは……。


「スペシャル会員にならないと手に入らない席だからさー。正樹のために頑張っちゃった」


 てへ。と舌を出しながらゲンコツを作って頭をコツンと叩く。

 全然可愛くない。


「てゆーか、ここ、コアなファンの席だろ? 一度も見たことないオレが座るなんて場違いにも……」

「大丈夫、大丈夫。こういうのはほら、気持ちの問題だから」


 意味がわからない。

 まあ、チケットを取ってもらって文句を言うのもアレだが。


「ちょうど空きができたらしくてさー。お前は運がいいな」


 いいのか悪いのか。

 せめて控えめな席の方がよかった。


「それとな」

「なんだ?」

「座るなんて言うな。ライブは立って観るものだ」

「あ、そう……」


 意外と細かいところを指摘された。

 その後も和也からいろいろレクチャーを受け、キラキラ光る棒を渡されたオレはひたすらストロベリー・パナップの登場を待った。



 やがて。

 場内が一気に暗くなり、歓声があがる。

 いよいよショータイムらしい。

 ヤバい、なんかドキドキしてきた。いろんな意味で。


 巨大スクリーンに「ストロベリー・パナップ」の文字が効果音と共に表示され、観客の声も徐々に膨れ上がる。

 すると突然、音楽と共に4人の衣装を来た女の子たちが暗闇の中からボワッと現れた。


『ぎゃわわああああああッ!!!!!』


 突如、巻き起こる大歓声。

 てゆーか、演出がすごい。

 てっきり学芸会であるような「はいどーもー」みたいなノリで舞台袖から普通に出て来るもんだとばかり思ってた。

 こういう登場の仕方なのか。


 そして、オレのお目当て(というと語弊があるが)妹のミユもちゃっかりステージに立っていた。

 フリフリの可愛らしい衣装を着て、オレの斜め前にいる。

 登場した瞬間から4人の女の子たちがステージでダンスしながら歌を歌っていた。

 ポップでノリのいい曲だった。

 見ているだけで心奪われそうになる。

 うん、これは人気あるのわかるわ。


「うわあああああ、ミユっちー!」


 隣で和也が妹の名前を叫んでいた。

 若干引いた。


「オレのミユっちー!!!! 愛してるー!!!!」


 うおぉい!

 おまえ、美優が推しメンなのかよ!


「ミユっち、こっち向いてー!」


 いや、向くんじゃない!

 絶対、こっち向くんじゃない!

 しかし美優はダンスに夢中(?)でこちらにはいっこうに顔を向ける気配がなかった。


 安堵するオレの気持ちも知らずに和也は呑気に「うひょー! 近ぇー!」と感動している。


 にしても、美優ダンス上手いな。

 あんなにドジで鈍臭いやつだったのに。

 きっと、必死に練習したんだろうなー。


 ………。


 なんていかんいかん!

 なんかお兄ちゃん目線で観てしまってる。

 今日はライブだ。他のメンバーに集中してストロベリー・パナップがどんなグループなのかよく観察しなくては。


 そう思って、事前に調べてあったメンバー情報を頭の中で反芻する。


 正面右側で踊っているのが、確かリーダーのユカちゃんだ。

 ストレートのロングヘアで背が高く、4人の中ではいかにもお姉さんという感じの存在感を放っている。

 歌やダンスもキレッキレで、かっこよかった。


 右端の女の子はリサちゃんだな。

 妹の一つ下で、16歳。

 ショートカットでボーイッシュな雰囲気がすごくキュートで、スポーティーな美少女という感じがする。

 ダンスも抜群にうまい。


 左端はマイちゃんだ。

 ポニーテールが特徴の清楚で上品な顔立ちの女の子。

 まさに正統派アイドルという感じ。

 そこにいるだけでキラキラと光り輝いて見える。


 うん、登場して数分だけど、すごいグループだというのはすぐにわかった。

 

「な! な! すごいだろ!?」


 和也が隣で興奮しながらオレに顔を寄せてくる。

 ドヤ顔なのがなぜか腹が立った。




 立ち上がりから2曲続けて演奏があり、それが終わるとようやくフリートークが始まった。


「みんなー! 今日は来てくれてありがとー!」


 リーダーのユカちゃんが元気いっぱいの声で叫ぶと、会場中から「イエーイ!」という声援が飛び交う。すでにみんなノリノリだ。


「今日は目一杯楽しんでってね!」

「イエーイ!」


 和也の「『オレ、ファンじゃないけど』みたいな顔してたら、逆に引かれるぜ」という言葉を思い出し、オレも周りに合わせて「イエーイ」と叫ぶ。

 あらやだ、意外と楽しい。


 すると今度はリサちゃんが前に出て大きく手を振った。

「この名護屋ドームを、私たちの熱で熱くさせるぞー!」

「イエーイ!」


 続けてマイちゃんがキラキラした笑顔で叫ぶ。

「日本で一番熱い場所にするぞー!」

「イエーイ!」


 そしてついに美優が声を発した。

「世界で一番熱い場所にするぞー!」

「イエーイ!」


 妹だ、紛れもなく妹の声だ。

 妹が名護屋ドームでしゃべってる……。


 感無量でその光景を見つめていると、ふと、目の前のステージに立つ美優と目が合った。


「………」


 あ、ヤベ、と思った時はすでに遅し。

 ステージ上の美優が「ひぅ!?」と声を荒げた。

 設置されたスピーカーから、妹の悲痛な叫びがこだまする。


 突如、静まり返る会場。

 妹はそんな状況に気づいていないのか、オレを見つめながら声を震わせた。


「お、お、おにーちゃんッッッ!?!?!?」


 わ、バカ!

 美優の言葉に会場中が一気にどよめきだす。

 オレは慌てて「しーっ、しーっ」と人差し指を鼻に当てた。


 和也は隣で「え? え? え?」とオレと美優を交互に見つめている。


 しかし美優は状況をすぐに把握したのかすぐに取り繕った。


「あ、あは、あははは。お、おにーちゃん。ここにいる人たち、みんな私のおにーちゃんだよー!」


 妹の「お兄ちゃん」発言で、静まり返った会場が「うおおおー!」と一気に盛り上がった。

 お、恐ろしい……。

 ファンの心理って本当に恐ろしい……。

 誰も何が起こったのか把握できないまま、自分たちが「お兄ちゃん」と呼ばれたことに喜びを感じている。

 隣にいる和也までもが「オレをお兄ちゃんと呼んでくれー!」と叫んでいた。


 ステージ上にいる他のメンバーは、あらかじめ用意してあったセリフと違っていたためか、ポカンとした顔で妹を見つめていたが、そこはさすがプロ。


 リーダーのユカちゃんがすかさず

「それじゃ、おにーちゃんたち! 次の曲行くねー!」

 と妹の苦しい言い訳に乗ってくれた。


 もはや会場は興奮のるつぼ。

 そんなMAXノリノリの状態のまま、ラストまで突っ走っていった。



     ※



「つ、疲れた……」


 ライブ後、オレは和也と近くのファミレスを訪れていた。


「いやー、今日のSPは最高だったな!」

「いろいろと激しくて、ついていくのがやっとだった……」


 素直に感想を述べる。

 ライブ自体はめちゃめちゃ盛り上がって楽しかったが、終わってみるとかなりヘトヘトだった。

 観ているオレでさえそうなのだから、歌っている彼女らは相当なものだろう。

 ちなみに美優は、あれ以来こちらをあまり見なくなった。

 やっぱり、兄妹が見てるとやりづらいのだろうか。


「それにしても今日のライブはいつにも増して盛り上がったな」

「そうなのか?」


 和也の言葉に、オレは運ばれてきたスパゲッティーを口に入れながら聞いた。


「うん、なんていうかさ。ファンとアイドルが一致団結したみたいなライブだった」

「うーん、よくわからないな」

「きっと、きっかけはあれだな。ミユっちのお兄ちゃん発言だな」


 ぶほっとオレは食べていたスパゲッティーを思いっきり吐きだした。


「げほ、げほ」

「おい、大丈夫か?」

「だ、大丈夫、大丈夫」

「にしても、あれにはゾクッとしたなー」

「そ、そうか?」

「男のファンはあれでガシッと心掴まれたと思うぞ」

「ふ、ふーん。そういうもんか」


 よくわからないまま、スパゲッティーをまた口に入れる。

 すると、ピロンとスマホが鳴った。

 見てみると、妹からだった。

 どうやらメールを送ってきたらしい。


 開いてみると

『今日はありがとー』

 という文章と、大量のハートが送られてきていた。


 よかった、怒っているかと思いきや、そうでもなかった。

 オレはクスッと笑って画面をスクロールした。


『ステージでのおにーちゃん発言の真相をメンバーから聞かれて、おにーちゃんが目の前にいたって答えたら、みんな会いたがってたよー』


 マジか。

 いや、いくら妹がメンバーの一人だからって、会いに行ったらまずいだろ。

 芸能界のそういった事情はよくわからないが。

 そう思って画面をスクロールしていくと、妹と一緒に他の3人のメンバーが写った写メがスマホに映っていた。


「ぶほっ!」


 思わず、またむせる。


「おいおい、大丈夫か? 疲れてるなら無理に食べなくても……」


 和也が心配そうな顔でオレを見つめている。


「げほ、げほ。いや、大丈夫。全然大丈夫。別の事だから」


 ビックリしたー。

 おそらく自撮りであろう。

 画面ぎっしりに4人の美少女(もちろん一番は妹だが)が映っている。

 ライブ後だというのに、みんな疲れた様子も見せずキラキラしていた。


『これからも応援よろしくねー』


 最後にそんな文面が載っていた。

 こういう明るさが、ファンに元気を与えてくれるのだろう。

 オレはクスクスと笑いながらメールを送り返した。


『今日は楽しかったよ。みんなにもそう伝えて。残りのツアーも頑張れよ』


 簡単にそうメールを送ると、すぐに返信が届いた。


『らじゃ!』


 可愛く敬礼する妹の姿を想像して、オレは機会があったらまたライブに行こうと心に決めた。




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