席替えの日

 学校生活において一大イベントの日がやってきた。

 オレはこの日をどんなに待ち望んだことか。

 ここ一週間、オレはほとんど眠らず水行をしながら神に祈りを捧げていた。


 この日のために。

 この時のために。

 なぜなら──


「じゃあ、順番にくじを引いてください。書かれている番号が今学期の席になります」


 そう、今日は待ちに待った席替えの日なのだ。


 ようやく。

 ようやく解放される。


 この一番前ど真ん中の席から!!!!


 思えば苦行続きの連続であった。

 授業中、「目があった」というだけで先生にさされたり。

 両サイドから回ってきたプリントを回収する役にさせられたり。

 ちょっと気になる後頭部を全クラスメートから見られたり。


 もうなんにもいいことがなかった。


 だがその苦行も今日で終わる。

 今日、この日よりオレの居場所は変わるのだ。

 さあ学級委員長よ。

 はやく席替えをすすめるのだ。


「じゃあ、阿部くんからくじをひいてください」


 学級委員長は教壇に立ちながらそんなことを言った。

 なんと阿部くんからか。

 出席名簿順とは律儀なやつめ。

 それじゃあ和田という名前のオレは最後じゃないか。

 もったいぶらせる気か、このやろう。


 しかし、まあいい。

 この席とおさらばできるのであれば、そんな些細なことなどどうでもいい。


 阿部くんは前に出てみんなの視線を一身に集めながら、くじの入った箱に手を伸ばした。

 ガサゴソと中身をかき混ぜてちょっと顔を赤らめている。

 こらこら、恥ずかしがってんじゃないよ。

 はやく引きなさいよ。


 オレの祈りが通じたのか、阿部くんは「えいや」と一気にくじを引き抜いた。


「A-6です」


 ざわ、とクラスがざわついた。


 こ、こいつ……!

 よりにもよって、なんて席を引き当てやがったんだ!


 阿部くんが引き当てた席は窓際いちばん後ろの席だった。

 つまりはVIP席。

 こともあろうに、やつは一発目でみんなが憧れる窓際一番後ろの席を引き当てたのだ。


「なんてことしやがんだ、てめえ!」

 というみんなの怒りが背中からひしひしと伝わってくる。


 まさか。

 まさか、一番人気の席が真っ先に奪われてしまうとは。


 しかし阿部くんに罪はない。

 くじだもの。

 罪なんて、あるわけない。

 けれども嬉しそうな顔で自分の席に戻る阿部くんを見て思った。


「ちょっとは申し訳なさそうな顔しやがれ、このやろう!」


 ………。


 ……おっと、いかんいかん。平常心平常心。

 興奮してしまっては、せっかくの神のご加護がなくなってしまう。

 この日のために一週間も水行したのだ。

 少しぐらい我慢しなければ。


 こうなったら、あとはあれだな。

 残るはユウナちゃんの隣を狙うしかないな。


 正直、これもかなりの運が必要だ。

 なんせユウナちゃんがどこに座るかわからない。

 そして、その隣になれるとも限らない。

 下手に隅っこに座られると一気に候補が減ってしまう。


 できれば、後ろの真ん中あたりが理想的だ。

 左右に一個ずつ席があるし、後ろには誰もいない。

 ユウナちゃんがその席を引き当てるかがポイントだ。


 頼むぞ、ユウナちゃん。

 後ろの真ん中を引いてくれ。



 そうこうするうちにサ行まできた。

 ユウナちゃんの苗字が田宮だから、あともうちょっとだ。


 わくわくどきどき。


「じゃあ、次。田宮さん」


 ユウナちゃんの番がきた。

 彼女の名前を呼ぶ学級委員長の声もうわずっている。

 わかりやすいね、お前も。

 バレバレだよ顔が。


 ユウナちゃんが席を立って前に出ると学級院長の差し出すくじ箱に手を突っ込んだ。

 おいおい、学級委員長、メガネ曇ってんぞ。

 どんだけあがってんだよ。


 ユウナちゃんはそんな学級委員長の変化に気づくことなく、スッとエレガントにくじを引いた。


 あら、やだ。

 くじの引き姿もかわいらしい。


「C-1です」


 ざわ、とまたクラス中(おもに男子)がどよめいた。

 よりにもよって、C-1とは。

 C-1、つまり今のオレの席の隣……。


「はあああああぁぁぁ」という、男どものため息。

 なんてこった。

 ユウナちゃんの隣の席という最高のカードが、この席という最悪の場所に。

 くそ、ありえない。

 神は俺を見放したのか。


 でもオレは思う。

 この席は嫌いだけど、ユウナちゃんの隣だったらなんか頑張れる。

 そんな気がする。


 そうこうするうちにくじ引きはどんどん進んでいき、やがて輪島くんにたどりついた。

 輪島くん。

 つまり、オレのひとつ前。

 残った席は一番うしろの真ん中と、はかなくも今のこの席。

 輪島くんが一番うしろの席を引き当てれば、自動的にオレは今のままとなる。


 なるほど。

 そういうことか。

 神はこれを目論んでいたのか。

 今のままでいろと。

 いいじゃない。

 だって、ユウナちゃんの隣だもん。

 最高だよ。

 輪島くん、頼むぞ。

 D-6を引いてくれ。


 輪島くんがくじ箱に手を突っ込んだ。

 心なしか、緊張しているようにも見える。

 そりゃそうだ。

 ユウナちゃんの隣になれるかどうかなんだから。


 それを見てオレは祈った。

 力いっぱい祈った。


 どうか。

 どうかD-6でありますように!


 輪島くんがくじを引っこ抜く。


 果たしてユウナちゃんの隣のD-1か。

 はたまた一番後ろのD-6か。


 ごくり。


「D-6です」


 っしゃああああああああああ!!!!


 っしゃあああああああああああこらあああ!!!!


 思わず、ガッツポーズを2回もしてしまった。


 神はいた。

 どうやら1週間の水行が功を奏したようだ。

 オレは、あこがれのユウナちゃんの隣という最高のポジションを手に入れたのだ。


 ヤバい。

 これからの学校生活、マジで楽しみになってきた。

 しかもCとDっていったら、完全にくっつき合うお隣同士じゃないか。


 ぐふう。

 幸せすぎる……。

 ありがとう、神様!!

 ビバ、神様!!


 しかしその時、なぜかニーチェの言葉が脳裏をよぎった。


『神は死んだ』


 その意味を、オレはすぐに知ることになる。


「先生、僕、目が悪いんで田宮さんの席と交換していいですか?」


 まさかの座席交換要請。

 言ったのはC-6に座る男だった。


「うん、いいよ。田宮さん、いいよね?」

「もちろんです」


 ………。


 ユウナちゃんは、C-6になった。

 輪島くんの隣になった。


 そしてオレは今の席のままどこの誰ともわからんやつの隣になった。


 うそん。

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