吾輩は小学1年生である~国語編~
吾輩は小学一年生である。
名前は太郎と申す。
自分で言うのもなんだが、吾輩は頭がいい。知能指数は300を超えるであろう。いや、もしかしたら1000ぐらいあるかもしれぬ。
はかったことはないが、たぶんそれぐらいだ。
天才とは、かくも恐ろしい。
吾輩にとって、学校の授業ほど退屈なものはない。
教わらずとも、すでにわかっているからである。
今もまた、国語の時間という退屈極まりない授業の真っ最中だ。
教壇に立つ市川女史が、カツカツと軽快な音を立てて黒板にいろいろな模様を書いている。
「はい、じゃあ昨日の復習です。この漢字、読めるかな?」
黒板には「一」という謎の暗号。
なるほど、これを解読せよと。
「はーい」といっせいにみなが手を上げる。
復習もなにも、吾輩昨日は知恵熱を出して寝込んでいたからよくわからぬのだが……。
しかし、こんなもの考えなくとも一目瞭然だ。
吾輩は勢いよく手を上げた。
「へい、カモン!」
「はい、太郎くん」
吾輩はすっくと立ち上がると、腕組みをしながら答えてやった。
「よこぼう」
「……太郎くん、漢字と言ったでしょう? 見た目で判断しないで」
「ああ、漢字であったか。すまぬ。吾輩、ちと早とちりしたようだ」
「気にしないで。いつものことだから」
そう言って何事もなかったかのように微笑む市川女史。さすがだな。
「じゃあ気を取り直して。太郎くん、この漢字はなんでしょう」
改めて黒板に書かれた「一」の文字を見直す。
ふうむ、どうやらこれは何かを表す漢字らしい。
古来より漢字とは対象物の絵が変化したとも伝えられる。
となると、おそらくこれは「一」に近い物体。
「ああ、そうか。答えは麺棒だ」
「先生の字が下手でごめんね。これはね、いちって言うのよ。数字のいち」
「いち?」
「そう、いち、に、さんのいち」
「なるほど。『腹に一物あり』のいちか」
「発想が黒いわ太郎くん」
まさか数字の1が「一」に変わるとは……。
昔の人間は顔が傾いていたのであろうか。
「じゃあ、次の復習ね。これはなんて読むでしょう」
そう言って指差したのは「金」。
これにはさっきまで勢いよく上げていた手がパラパラと落ちていく。
ここぞとばかりに吾輩、手を上げてやった。
「へい、カモン!」
「はい、太郎くん。昨日休んでいたけど、答えられるかな?」
「当然だ。こんなもの、知って当たり前の漢字ではないか」
「わあ、すごいわね。じゃあ答えはなあに?」
「おさつ」
「……合ってはいるけど、読み方じゃないわね」
「さつたば」
「増えてる増えてる。もっとこう、全体的な感じよ」
全体的な感じ?
ふむ、おさつでもさつたばでもないとなると……。
吾輩、ピンとひらめいた。
「わかった。答えは『政治家の汚職のもととなるもの』!」
「だから読み方を答えてちょうだい」
「違うのか。ならばえーと……『有権者に媚を売るための道具』!」
「いったん汚職政治家からはなれてください」
その時、隣に座る池田氏が立ち上がった。
「先生、答えは『かね』です」
「正解」
パチパチパチと拍手が巻き起こる。
ふふん、とドヤ顔で席に座る池田氏。
おのれ、小学一年生のくせにカッコつけおって生意気な。
貴様は高学年か。少しは小学一年生らしくしておれ。
しかし腑に落ちぬ。
吾輩、立ち上がって教壇に立つ市川女史に尋ねた。
「市川女史よ。答えが『かね』であるなら、吾輩の答えでも合っているのではないか?」
「答え?」
「『政治家の汚職のもととなるもの』とか『有権者に媚を売る道具』とか」
市川女史はパタン、と手に持つ教科書を教卓の上に置いてやんわりと答えた。
「太郎くん。漢字はね、みんながわかる共通の言葉なの。一部の人しかわからないのは漢字じゃないわ」
「吾輩の答え、一部の人しかわからないのか?」
「わからないわ。それに嫌でしょ? 親におこづかいせびる時に
「おお、確かに。喉が渇いた時に自動販売機の前で母君に
「太郎くんのお母さんがどんな方か気になるけど……だから答えは『かね』でいいのよ」
「なるほど、スッキリした!」
「スッキリしてよかったわ」
そうかそうか。
だから『金』は『かね』と読むのが正解なのか。
では今後、汚職政治家のことを『かね』と呼ぼう。
そう誓った吾輩であった。
……うん、使い方、合ってるよな。
むむ?
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