吾輩は小学1年生である~算数編~

 吾輩は小学一年生である。

 名前は太郎と申す。


 こう言ってはなんだが、吾輩はかなり頭がよい。

 知能指数はおそらく300はくだるまい。

 義務教育とはいえ、正直こうして学校の教室で授業を受けるのは吾輩にとっては苦痛である。

 吾輩には、もっと高度な知識が必要なのだ。


「はい、ではこの問題わかる人」


 教壇に立つ市川女史がそう問いかける。

 黒板に書かれているのは1+1=の計算式。


 バカにしおって。


 いくら小学1年生とはいえ、これぐらいの問題、答えられないとでも思っておるのか。


 案の定、生徒全員が「はいはーい」と手を上げる。

 無論、私も負けてはいない。

 ここぞとばかりに立ちあがって手を上げる。


「へい、カモン」

「はい、太郎くん」


 立ち上がって手を上げたのが功を奏したらしい。

 市川女史は吾輩を指名した。


 ふん、どうだ皆の衆。

 これが戦略的行動というやつだ。


「うむ」


 吾輩は立ち上がって黒板に歩み寄ると、1+1=の隣に田んぼの「田」を書いた。


「答えはこれだ」


 そう言いながら、吾輩意気揚々と席に着く。

 颯爽と席に座る姿に、みな、あっけにとられている。

 ふふふ、そんなにカッコいいか、吾輩が。

 吾輩の大好きな美由紀ちゃんまで、羨望の眼差しを向けている。

 よせ、照れるではないか。


「あの、太郎くん。これ、なぞなぞじゃないから……」


 着席する吾輩に、市川女史がずり落ちたメガネをかけ直しながらそう言った。


「なに? 1+1=をつなぎ合わせると田んぼの『田』になるのではないのか?」

「今は算数の授業だからね。こういう遊びをする時間じゃないのよ」


 優しく諭すように言う市川女史。

 少し笑顔がひきつっている。


「ならば問おう。答えはなんだ」


 吾輩が問いかけると、隣に座る池田氏が立ち上がった。


「はい先生。答えは2です」

「はい、正解」


 パチパチパチ、と拍手が巻き起こる。

 なんと。

 1+1は2になるのか。

 どういう経緯でその答えが出て来たのかいまいちわからんが記憶にとどめておこう。

 なんせ吾輩、記憶力は抜群だ。


「はい、じゃあ次の問題」


 そう言って市川女史が計算式を黒板に記す。


 書かれた数式は3+3=。

 なるほど、大学レベルの問題だなこれは。

 これを解読するにはいささか骨が折れそうだ。


 しかし、吾輩の予想に反して教室中の生徒が全員手を上げた。


 な、なんと。

 日本の教育はここまで進んでおるのか。

 あなどれぬ、日本の子ども。

 吾輩も負けてはおれんと手を上げた。


「へい、カモン」


 正直、わかってはいなかったが指されることはあるまいと思っていたのだが。


「はい、太郎くん」


 市川女史は吾輩の名誉回復のためを思ってか、またもや吾輩を指名した。

 いや、そういう優しさは逆に迷惑なんだが……。

 しかし、そうは思ってもあとの祭り。


 指されたからには答えねばならぬ。


「う、うむ」


 吾輩はつかつかと黒板に歩み寄り、考えた。

 大学レベルの問題とはいえ、きっと解けるはずである。なにしろ吾輩の知能指数は300以上あるのだ。はかったことはないが。


 チョークを握る手にうっすらと汗を浮かべながら、真剣に数式を眺めつづけた。



 3+3=。



 なんだろう、よく見ると「3」が眼鏡を外した人の目に見える。


 吾輩、ピンときた。


 そうか、答えは『寝起きののび太くんの顔』!



 3+3=(3+3)



 おお、紛れもなくメガネを外したのび太くん。

 ふふん、どうだ。

 大学レベルでも動じず無事に答えを導き出したぞ。


 市川女史、吾輩の描くのび太くん像があまりにも似すぎているためかポカンと口を開けている。


「あ、あのね太郎くん。だからこれ、算数の授業だから」

「みなまで言うな。わかっておる」

「いや、わかってなさそうなんだけど……」


 席につくと同時に、またもや隣の池田氏が立ち上がってこう言った。


「先生、答えは6です」

「はい、正解」


 またもや巻き起こる拍手。

 ドヤ顔で着席する池田氏。

 なんなのだ、こやつ。2度もしゃしゃり出おって。

 もしや学級委員長の吾輩の座を狙っておるのではあるまいな。

 そう邪推するものの、証拠はない。

 ふむ、疑うのはやめておこう。吾輩、紳士だし。疑うのは紳士のすることではない。


 いや、それよりもだ。

 答えが6だと?

 そんなバカな。

 どこをどう見たらその答えが出てくるのだ。


「先生、3+3は寝起きののび太くんの顔ではないのか?」


 吾輩、立ち上がってそう尋ねた。

 市川女史は驚いて声を上げる。


「え、のび太くんの顔なの、これ!?」


 失敬な。

 どこをどう見てものび太くんだろうが。


「なぜ答えが6なのだ! 3から6に変わるからくりが吾輩にはさっぱりわからん! 教えろ」

「太郎くん、いっつも算数の授業はくだらないとか言って授業聞いてなかったでしょ。だからわからないのよ」

「そ、そうか。うむ、そうか」


 認めたくはないが、まあ一理ある。


「じゃあ太郎くんのためにわかりやすく説明するわね。ここにリンゴが3個あります。あとからリンゴが3個増えました。さてリンゴは合計いくつになるでしょう?」

「いくつだと? そんなもの決まっている。みんなで食べたからリンゴなど残っていない!!」

「いや、食べてない食べてない」

「ああ、そうか。いくつかは酸っぱくて食べられたものではなかったのだな。答えは3だ!!」

「適当に答えないで、太郎くん」


 ううむ、わからん。

 リンゴが3個あって、さらに3個増えた。

 しかし、誰が何個食べたかなんて問題には入っていない。

 これでは答えようがないではないか。


「ごめんね、リンゴで例題を出したのがいけなかったわね。じゃあ、ここにエンピツが3本あります。新しくエンピツが3本増えました。さあ、合計いくつのエンピツになったでしょう」

「それはHBか? それともBか?」

「濃さはどうでもいいわ」

「吾輩、濃いほうが好きなのだが……」

「はいはい、じゃあBね。Bのエンピツでいいから。はい、合計はいくつ?」

「ろ、6本……」

「正解。それがつまり3+3の答えよ、太郎くん」

「おお、なるほど! そうか、そういうことか」


 吾輩、市川女史の説明でわかった気がする。

 Bのエンピツが3本あって、そこにBのエンピツが3本加わったとしたら、Bのエンピツは合計6本になるということだな。


 3+3=6。


 納得だ。

 さすがは市川女史。小学校教諭の免許を持っているだけのことはある。


「だが、市川女史よ。もしその中にHBのエンピツが紛れ込んでいたら、どうなるのだ?」


 吾輩の質問に、市川女史は眉毛をひくつかせながらこう言った。


「どうもしません。大事に使ってください」

「あい、わかった」


 ふむ、もったいない精神というやつか。

 日本の美学だな。

 HBは薄くて苦手なのだが、大事に使おう。

 そう思った吾輩であった。



 ……あ、あれ?

 3+3の答えがまたわからなくなったぞ?


 むむ?


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