地獄の少女と地上の少年~コーンスープのつぶつぶがとれなくて火の海になりそうです~
「おい、地上の人間」
昼休み。
校舎の隅にある階段で缶飲料を飲んでいると、隣に座っている
「なんだい、地獄の花嫁」
オレは缶に口を当てながら返事をする。
沙耶は表情ひとつ変えずに言った。
「その名で呼ぶな。殺すぞ」
地獄の花嫁──。
それは比喩でもなんでもなく、実際彼女はそうなのだ。
地球の内側に存在する鬼の住む世界、地獄。
彼女はそこの王の娘──らしい。
らしいというのは、全部この子の口から聞いた言葉で、実際にオレがそこに行って確かめたわけではないからだ。
けれども、どうやらそれは事実のようで、彼女はオレの目の前で様々な奇跡を起こしてみせた。
暴走するバイクを片手で受け止めて放り投げたり、襲い掛かってくる不良の群れを指一本で制圧したり、態度の悪い柔道部員たちを鋭い眼光でひれ伏させたり。
正直、奇跡というよりかは地獄を見せられた気がするが、要するに彼女は本当に鬼なのである。
そして花嫁と言っているのはそんな沙耶がオレの
なんでもオレの両親はその昔、地獄で沙耶の両親(つまり鬼の大将)と戦い、死闘の末、意気投合してお互いの子どもを結婚させてしまおうと約束してしまったらしい。
なんだそりゃな話だが、さすがの彼女も地獄の王の命令には逆らえないらしく、こうして地上で一緒に学園生活を送っている。
とはいえ、やっぱり普通の高校生(しかもモブ中のモブ)のオレとの共同生活は嫌気が差すようで、常に不機嫌な態度をとっている。
今だって、自分から話しかけているのに目を合わせようとしない。
まあ、それが沙耶という女の子で、最初は怖かったけれども今はすっかり慣れてしまっている。
「なんだい、沙耶」
オレは最初の問いかけに言葉を変えて再度返事をした。
沙耶は言う。
「貴様、このコーンスープというものを飲んだことはあるか」
「コーンスープ?」
言われて目を向けると、なるほど、沙耶の手には缶飲料のコーンスープが握られている。
珍しい。
いつもはカフェオレとかココアとかミルクセーキとか、甘ったるいものばかり飲んでいるのに。
どんな心境の変化だろう? と思いながらも、オレは「ああ、あるよ」と答えた。
「……この中のつぶつぶが全然出て来ぬのだが、どういうことだ?」
「ああー」
オレは心の中で笑ってしまった。
通りでさっきからドリンクバードのような動きをしていると思った。
こういうところが可愛いから憎めないんだよな。
オレは「ふふ」と笑いながら教えてやった。
「それはな、飲む前によく振って混ざり合ったあとにスープと一緒に流し込むんだよ。最後まで残っちゃったらなかなか出て来ないぞ?」
「そうなのか?」
「コツがいるんだよ、コツが。上級者の飲み物だぞ、それ」
「……なんと」
沙耶はつぶやきながら缶を口に当てて逆さまにしてトントン叩きだした。
「な? 出て来ないだろ」
「……うむ、出て来ぬ」
言いながらも一生懸命缶の底を叩く沙耶の可愛いこと可愛いこと。
地獄の王の娘でなければ「よしよし」と頭をなでてやるのに。
「どれ、貸してみ?」
手を差し伸べると沙耶は「手を出すでない、
プライドの高い彼女のことだ。
自分でなんとか出したいのだろう。
オレは「はいはい」と言って両手をあげた。
「……なぜ、なぜ出て来ぬのだ。そうだ、きっと振りが足りんのだ」
沙耶はぶつぶつ言いながらコーンスープの缶を思いっきり振り出した。
人間離れした怪力の持ち主なのだから、いっそのこと缶の上部をねじ切って直接出せばいいのに、とも思うのだが、ちゃんと飲み口からコーンを出したいようだ。
「せい!」
沙耶は掛け声とともに勢いよく缶を口に当てて逆さにした。
「………」
「………」
「………」
「………」
「出て来ないな」
案の定というかなんというか。
つぶつぶの頑張りは予想以上に手強いようだ。
沙耶は握っていた缶を床の上にコトッと置いた。
「……なるほど。よーくわかった」
「……?」
「そっちがその気なら、こっちも本気を出してやる」
言うなり、両手から大きな火の玉を作り始めた。
「えーと……沙耶さん?」
「どけ、地上の人間。消し炭になるぞ」
「何する気!?」
オレの質問には一切答えず、大きな火の玉はどんどん大きくなっていく。
「ちょっと、沙耶!」
「くくく。この地獄の炎でコーンたちを中からあぶりだしてやる」
「やめて! コーンに罪はない!」
「いまさら喚いても遅いわ。わらわを本気にさせた罰、身をもって知るが良い。くらえ、必殺!
「やめんか!」
手から炎が放たれる直前、オレは沙耶の後頭部にチョップをかました。
「ぎゃふん!」
反動で沙耶の手から炎が消滅する。
あっぶねー。
危うくこの一帯が火の海になるとこだった。
「い、痛いではないか! 何をするか」
「何をするかじゃないよ。コーンが出て来ないくらいで究極魔法使うな」
「そ、そうは言ってもだな……」
頭を押さえながら抗議の目を向ける沙耶。
言動は大人だが、やっぱり精神年齢はまだ子どもだな。
まあ、だからこそ地獄の王も花嫁修業と称してオレのもとに沙耶を送ったのだろうけど。
「コーンが……コーンが出て来ぬから……」
「はいはい。これでも飲んで落ち着け」
オレは自分で飲んでいたおしるこを沙耶に手渡した。
「……なんだこれは」
「おしるこって言って、日本の甘い飲み物だよ」
「おしるこ?」
沙耶は珍しそうに匂いを嗅いで、グイっと喉に流し込んだ。
「………」
「………」
「………」
「………」
「……どう?」
「甘いな」
「砂糖で煮た飲み物だからね」
沙耶はオレの説明など一切聞かず、何度も何度もおしるこを喉に流し込んでいる。
どうやら相当気に入ったようだ。
「美味しいだろ?」
「……うむ」
よかった。
機嫌がよくなってきた。
オレは床の上に置かれたコーンスープの缶をそっと回収した。
これは沙耶に気付かれる前に捨てとこう。
「……おい、地上の人間」
沙耶はおしるこを飲みながら声をかけてきた。
「なんだい、地獄の花嫁」
「だからその名で呼ぶなと言っておろう」
「そうだった、そうだった」
「このおしるこ、中のあずきが取れぬのだが……」
「ああ、それはね。汁と一緒に……」
「………」
「………」
「………」
「………」
「
「やめんか!」
沙耶の後頭部を叩きながら、オレは二度と彼女にコーンスープとおしるこは与えまいと誓った。
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