ガラナの夜明け~異世界、行ってみたらホントはこんなとこだった~
「目覚めよ、勇者よ」
まどろむ意識の中、不思議な声が聞こえた。なんだろう、この声は。
「目覚めよ、勇者よ」
甘美できれいな、とろける声。この声は女性に違いない。それも、絶世の美女。
「目覚めなさい、勇者よ。てか、起きろ」
オレは、ゆっくりと目を開けた。すると、どうだろう。6畳一間のボロアパートに住むオレの目の前に、ハゲ頭のおっさんがいた。
オレは、露骨にがっかりした。
「おお、ようやく目覚めたか、勇者よ………って、すんごい顔してるんだけど!?」
「……なんか、用すか?」
それ以外の言葉が思いつかない。オレが求めているのはお前じゃない。
「勇者よ、力を貸してほしい。今、我がイシュルルシャウザ界が魔王によって滅ぼされようとしておる」
イシュルルシャウザ界?
なんともあごがしゃくれそうな名前だ。
いや、よく見ると目の前のおっさん、ちょっとしゃくれている。
「で、オレに何をしろと? しゃくれ神」
「しゃくれ神!? いや、ワシ、そんな名前じゃないんだけど!! ワシの名前、ヨークシャー」
どうでもいい。
「おぬし、名はなんと申す?」
「幕張・メッシ」
「メッシか。良い名じゃ」
明らかに偽名だが、しゃくれ神は信じた。奇遇にも、某プロサッカー選手と同じ名前で優越感にひたる。
「勇者メッシよ。イシュルルシャウザ界に行って、魔王を倒してくれぬか」
「いや、急に言われても……」
「残念ながら今のイシュルルシャウザ界には、魔王に太刀打ちできる者が一人もおらん。イシュルルシャウザ界は、風前のともしびなのじゃ」
さっきからこのおっさん、イシュルルシャウザ界の名前を言うたびに思いっきり顎がしゃくれている。オレは笑いをこらえるのに必死だった。ここで笑ったら、人間性を疑われるであろうこと必至。
我慢、我慢だ、オレ。
「頼む、勇者メッシよ!! イシュルルシャウザ界を、イシュルルシャウザ界をどうか……!!」
「………ぐ」
わかった、わかったからしゃくれ神。
笑かすな。オレを殺す気か。
口を手でおさえながら、オレはこくりとうなずいた。
「おお、引き受けてくれるか!!」
うなずくオレの顔を見て、しゃくれ神は笑顔になった。
前歯が一本、欠けている。
「ぶほっ!!」
思わず、噴き出してしまった。このおっさん、わざとやってないか?
「どうしたんじゃ?」
「い、いや、失礼……。で、どうやって行くんだ? その、例の、そこに」
「召喚魔法を使うのじゃ」
「召喚魔法……?」
なんだか、意外と簡単に行けそうだ。異世界というのは、そんなに身近な場所なのだろうか。
「ほんとは、一度死んでもらわないといけないんじゃが、この世界では勝手に死んだら大問題になるでの」
なんか、怖いことをさらりと言った気がするのだが…。
「少し疲れるが、召喚魔法で身体ごと送ってやろう」
言うなり、しゃくれ神は怪しげな呪文を唱え始めた。
「あぶらかたぶーら、あぶらかたぶーら、ラミパスラミパス、るるるるる~」
思った以上に怪しげだ。大丈夫だろうか。不安になる。
「ひらけ、ポン〇ッキ!!」
これが魔法か!? 魔法の言葉なのか!?
しゃくれ神の言葉と同時に、白い光の円が広がった。なんて、きれいな光なんだ。
心なしか、ガチャ〇ンとム〇クが見える。
「さあ、この光に飛び込むのじゃ、メッシよ!!」
「ごくり」
いや、さすがに一気に飛び込むのは……。
「ち、ちょっと待ってくれ。心の準備がまだ……」
「えい」
「ぎゃああああああぁぁぁっ!!!!」
しゃくれ神に背後から押され、オレは光の中へと吸い込まれていった。フォーエバー、日本……。
気が付けば、オレは高い塔の上に立っていた。
眼下に、中世ヨーロッパ風の街並みが広がっている。その奥には、荘厳なお城が佇んでいた。
「こ、これが……」
「ここがイシュルルシャウザ界じゃ」
しゃくれ神が、しゃくれながら説明する。
「まずは、お城に行って王様に挨拶するのじゃ」
「オレ、こんな恰好だけど…」
王様と聞いて、少しびくつく。Tシャツにジーパン。なんのオシャレ要素もない、平凡な格好。いいのか、これで。
「大丈夫、大丈夫。むしろ、召喚勇者っぽくて良い」
オレの知っている召喚勇者は、たいてい学生服かブレザーだ。まあ、それはそれで違和感あるだろうが、この格好よりはマシな気がする。
街に行って、マントぐらい羽織ればそれらしくなりそうだが。
「しゃくれ……じゃなくて、おっさん。頼みがあるんだが」
「なんじゃ? お姫様を抱かせろとかいうのは無理じゃぞ」
このおっさんは、オレをどんな目で見てるんだ。
「買い物をしたい。食料とマント、それから剣とか欲しい」
「うわあ、ずうずうしいにも程があるわぁ」
人を呼んどいて、その態度はなんなんだ。召喚しちまえば、こっちのもんだとか思ってんのか?
「残念じゃが、ワシ、金は持っとらん。神じゃし。それに、おぬしは食料なしでも生きていける無限エネルギー能力を持っとるから、食料なぞいらんわい」
「え!? 食べ物とかいらないの!?」
そいつぁ、便利だ。食べるために働く、ということも必要ない。まあ、おいしいものを食べるという楽しみがなくなってしまうが。
「おぬしに必要なのは、1日数時間の光合成じゃ。陽の光にあたりつづけておれば、何も問題ない」
光合成って……。
オレは植物か。
「むろん、食事でエネルギーを補給することもできるから、食べる必要がないからといって何も食べられないというわけではないぞ。安心するんじゃ」
「そいつぁ、よかった」
「この世界には、おいしい食べ物がいーっぱいあるからの。魔王退治のついでに、おいしい料理を存分に味わうがよかろう」
魔王退治のついでって……。
なんだか、魔王の存在が一気に軽くなった気がする。
「とりあえず、城に向かうぞい」
「え、ちょ、ま───っ!!」
しゃくれ神に手を引っ張られて、オレは高い塔の上から思いっきりダイブした。
「ぎゃああああああああぁぁぁーーーーーーっっ!!!!」
街中に響き渡る声で絶叫した。
何を考えてるんだ、このおっさん!!
いや、それよりも、それよりも───。
なんで、オレはこいつと手をつないでダイブしてるんだ!!
こういうのは、かわいい女の子とだろ!!
「大丈夫じゃ、安心せい」
しゃくれ神の言葉通り、落下していくオレたちの身体は、ふわふわと風船玉のようにゆっくりと降りて行った。
なにこれ。
「ここの重力は、地球の6分の1じゃからの。身体が軽いじゃろ」
言われてみれば、確かに軽い気がする。そうか、この世界は月と同じ重力なのか。
オレは、アポロ計画でぴょんぴょんと飛び跳ねる宇宙飛行士の姿を思い浮かべた。
「力も、常人の6倍はあるはずじゃ。ま、よほどの怪力の持ち主でない限り、おぬしには力で誰も勝てんじゃろう」
思わず、よだれが出てくる話だ。
つまり、オレってば、最強? ドラゴ〇ボールでいったら、スーパーサ〇ヤ人的な強さ?
ヤバい、オラ、わくわくしてきた。
「よし、着地するぞ」
気づけば、オレはいまだにこのおっさんとお手手をつないでいた。キモすぎる……。
地面に降り立つと、目の前には古い街並みが広がっていた。
いや、古いというと、語弊があるかもしれない。この世界では、当たり前の街並みだ。
レンガ作りの建物、道や噴水もすべてレンガでできている。
布の服に身を包んだ人々が、楽しげに往来していた。
中には、馬車も走っている。
まさに、ザ・中世ヨーロッパ。見たことないけども。
「お、兄ちゃん。見たことない格好だねえ。冒険者かい?」
その時、露天商のおっちゃんに声をかけられた。ここでは、服装が違えば冒険者と思われるらしい。
「あ、まあ、そんなとこです」
その店には、見たこともない雑貨が乱雑に置かれていた。ドクロの形をした瓶、ねじれたリング、光り輝く杖など、様々だ。
「なら、こんなのがおすすめだぜ? 魔法の鏡。自身のステータスを見ることができる、すげーアイテムだ」
「へえ」
オレは、手に取って顔を鏡に映した。
瞬時に、鏡にオレのHPが表示される。
【HP:2015】
微妙だ…。
高いのか、これ?
HP4ケタってことは、上限9999なのだろうか。だとすれば、低くないか?
「ほお、魔法の鏡か。このようなところで、レアなアイテムが売っておるとは」
しゃくれ神が感心した顔を見せている。
それほど、すごいアイテムだとは。
オレは、試しにしゃくれ神をこの鏡に映してみた。
【HP:5】
ヤバい、ゴミだ…。
このおっさん、ゴミだ。ラデ〇ッツに真っ先に殺されるタイプだ。
神様とかいうから、もっとすごいのかと思っていたけど。
「やだー、メッシったらワシのステータス覗かないでよー」
かわいこぶりっこをするしゃくれ神。オレの心に若干殺意が抱いた。
「おいおい、兄ちゃん、あんまり勝手に使わないでくれよ。ま、買ってくれるんなら、別だけどよ」
「あ、すいません」
金のないオレには、何も買えない。オレは露天商に鏡を返して先に進んだ。
「へい、らっしゃいらっしゃい!! 安いよー」
進んでいくと、商店街のような場所に出た。
軒並み、魚や野菜や果物なんかをザルに入れて売っている。どこの世界も、似たり寄ったりのようだ。
「おや、おにいさん。冒険者かい?」
声がするほうを向くと、なんだか怪しげな液体を売る女性と目が合った。豊満な肉体、化粧っけたっぷりの中年熟女だ。
「え、ええ、まあ、そんなとこです」
答えながらオレは思った。
ここには美少女キャラはいないのか。
さっきから、年齢層が高い。異世界って、もっとかわいいロリっ子がきゃぴきゃぴしてるところじゃないのか。
「なら、ちょうどいいのがあるよ。魔法のエーテル。冒険者必須アイテムさ。飲むだけでMPが回復する魔法のクスリ」
必須アイテムと聞いて、少し不安になる。そういえば、この世界って、魔法はどうなっているのだろう。手や杖から火や氷が出たりするのだろうか。むろん、オレにはできない。魔法があるんだとしたら、オレの力が世界最強でも魔法使いにはかなわないではないか。
「なあ、おっさん。この世界に魔法ってあるのか?」
しゃくれ神に聞くと、おっさんは答えた。
「もちろんじゃ。火、水、土、風。4大エネルギーがこの世界の源じゃ」
「オレにも魔法は使えるのか?」
「使えるわけがない」
だな。
頑張れば、かめ〇め波くらいうてるんじゃないかと思っていたけど、それは無理のようだ。
「マダム、申し訳ないがオレは魔法が使えないらしい。残念だけど、それはいらないよ」
オレは、豊満な熟年女性に心から詫びた。
「なんだ、そうかい。そりゃ本当に残念だ。じゃあ、もし魔法を使えるお仲間さんに出会ったら、よろしく頼むよ」
「ああ、そん時は頼む」
オレは、そう言って先に進む。
背後で聞こえた、マダムの「あたしゃ、男だよ」という言葉がかなり衝撃的だった。男かよ!!
しばらく歩くと、プーンと香ばしい匂いが漂ってきた。なんだろう、肉をがっつりと焼いた匂い。焼肉のあの食欲をそそる感じの。
「おっさん、この匂いは……」
「おお、この国の名物アカシャカシャカシュ焼きじゃ」
また、なんともしゃくれそうな名前だ。名称はともかく、旨そうな匂いにつられて、オレはフラフラとその匂いの元へと歩いて行った。
そこには、網の上で串にさした厚い肉を炭火で焼いている一軒の店があった。ヤクザばりの強面の男が、ねじり鉢巻きをしながら肉を焼いている。
これでもか、といわんばかりの肉汁が、音をたてて網の下に零れ落ちていた。
「じゅるり」
オレは、思わずつばを飲み込んだ。
「お、おじさん、コレ、なんていうんだ?」
「お、兄ちゃん、冒険者かい?」
これを言われるのは3度目だ。他に言葉はないのか。
「ええ、まあ。こういうの、見たことないんで。おいしそうだな」
「すこし食べてみるかい?」
「え、いいの!?」
なかなか良いおっちゃんだ。見た目はヤクザだけど。
オレは、アツアツの肉の切れ端を受け取ると、口の中に放り込んだ。
うまみたっぷりの肉汁が、口中に広がる。
うんま!!
なにこれ、超うんま!!
いまだかつて食べたことのない味。こんなウマイものがこの世界にはあふれているのか。
「すっげえおいしい!! こんなの、食ったことない!!」
「ははは、そう言ってもらえると、こっちも嬉しいぜ」
「これ、有名な食べ物なのか?」
「ああ、この地方じゃよく食べられるよ。アカシャカシャカシュ焼き」
案の定、しゃくれた。なぜに、こんな言いにくい名前にしたのか。だが、その名前はさておき、めちゃくちゃウマイ。
この異世界に来て、最初の収穫だ。
「メッセっち。早くいこうよー」
いかん、遠くでしゃくれ神がブー垂れている。正直、かわいくもなんともないが。
「ていうか、メッセっちってなんだ、メッセっちって!!」
「知らんのか? 仲のいい者同士は〇〇っちって呼び合うんじゃぞ?」
「別に、仲よくないだろ!!」
オレは、心から思った。
どうせなら、カワイイ女神様に連れてきてもらいたかった。
チートでハーレムな異世界。
そんな夢のような国を想像していたのに。
なんなんだ、この世界は。
中途半端なチート能力、ハーレム感ゼロ、年齢層高め。
オレは、こんな世界に来たかったわけじゃない!!
もっと、もっと、チートでハーレムな世界を謳歌したかった!!
その心の叫びは、もちろん誰にも届かなかった。
言っても、どうにもならないだろう。
オレは、あきらめた顔で、お城へと向かうのだった。
『異世界、行ってみたらホントはこんなとこだった』
完
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