となりの席の神坂さんに話しかけたい
落ち着け、落ち着くんだ。
今日、この日のために何度も練習してきたではないか。
鏡の前で。
一字一句確かめながら。
「あいうえおあお」と発声練習までしながら。
大丈夫。
ぼくはやれる。
ぼくはやれる。
ぼくはやれる。
ぼくは───……。
「明智くん、おはよー」
「お、おはよう!
「………」
「………」
「………」
「………」
あああああぁぁぁぁッッッ!!
言えなかったああああぁぁぁッ!!
「今日も可愛いね」って言えなかったあああぁぁぁッ!!
だって可愛すぎるんだもん!
目の前に来られると妄想の何十倍も可愛いんだもん!
そりゃ声に出せないよねー!
そう、ぼくは今、恋をしている。
となりの席の神坂さんに。
クラスのマドンナ、神坂あかりさんに。
でもヘタレなぼくには告白する勇気がない。
告白どころか話すことすらできない。
だから3学期の席替えでとなり同士になった今、なんとか仲良くなろうと必死だった。
せめて会話の糸口さえつかめればと思っているのだけれど、それすらできないでいる。
自分で自分が嫌になる。
神坂さんはいつものように挨拶だけすませてとなりの席に着いた。
すぐに彼女の友人たちが駆け寄ってきて「おはよー、あかり! 昨日のMステ見た?」とかなんとかワイワイ騒ぎ始めた。
この瞬間、ぼくの今日のミッションも失敗に終わったと悟る。
これだけ人がいたんじゃ声もかけられない。
ぼくはなるべく彼女たちの邪魔にならないよう、机を少し離して空間を空けてやった。
神坂さんを囲む女子たちが窮屈にならないようにするためだ。
彼女たちにとってはどうでもいいことかもしれないけど、「邪魔だよ」と思われてそうで嫌だった。
だからぼくは毎朝、クラスの女子たちが集まってくると机をどかすようにしていた。
そんなある日。
いつものように登校すると、神坂さんが先に席についていた。
どうしたんだろう、いつもより30分も早い。
まだクラスの誰も来ていないのに。
「おはよう、明智くん」
神坂さんはぼくに気付くといつもの笑顔を向けた。
太陽の光がキラキラと反射して眩しい。
朝からこんなとびきりの美少女からこんなとびきりの笑顔を向けられるなんて。
ぼくはドキドキしながらも平静を装って「おはよう、神坂さん」と言った。
というか、これはチャンスじゃないか?
いつもならぼくが先に席についているはずなのに、今日は神坂さんが先に席についている。
しかも、朝早いから周りには誰もいない。
「今日は早いね」というセリフが言える状況じゃないか?
ぼくは突然訪れたこのビッグチャンスに息を飲むと、そろそろと席に着いた。
「………」
「………」
「………」
「………」
よし、言え!
言うんだ!
「今日は早いね」って言ってやるんだ!
「き……」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
はい、言えませんでしたあああああぁぁぁッ!!!!
ぼくのヘタレエエェェェーーーーッ!!!!
がっくりと肩を落とす。
やっぱりぼくには無理だったんだ。
神坂さんと会話するなんて夢のまた夢だったんだ。
きっと今日は用事か何かがあって早くついてしまったんだろう。
ハア、とため息をついて学生カバンの中の筆記具を机の中に納めていくと、突然神坂さんが話しかけてきた。
「ねえ明智くん」
まさか神坂さんのほうから話しかけてくるなんて思いもよらず、ぼくは「ひゃい!?」と変な返事をしてしまった。
顔を向けると、神坂さんはバッチリぼくを見つめていた。
うっわ!
かわいい。
真正面から見るとほんと超かわいい。
思わず体温が10℃くらい上がった気がした。
「な、なんですか?」
ぼくは生唾を飲み込んで尋ねた。
「明智くんて甘いものとか好き?」
「あ、甘いものですか?」
「うん、甘いもの。食べられる?」
「た、食べられます。好きです……」
すると神坂さんは「ほんと!?」と嬉しそうに目を輝かせた。
「よかったー! 実は明智くんのためにチョコレート作ってきたの!」
「ちょこれーと?」
そう言って神坂さんはカバンの中からラッピングされた箱状の物体を差し出してきた。
「ちょこれーと?」
ぼくは何がなんだかわからず、神坂さんから箱状の物体を受け取る。
「ほら、えーと……初めて席がとなり同士になったじゃない? だからその、明智くんともっと仲良くなりたいなーって」
「ちょこれーと?」
まずい。
混乱している。
何がどうなってどうなって何がどうなって何が何なんだ?
「ちょこれーとって?」
「だって今日バレンタインでしょ?」
瞬間、ぼくの脳裏に2月14日という日付けが浮かび上がった。
「あああああ! 今日バレンタインかあああぁぁ!!!!」
「ちょっと、声が大きい!」
シーっと口に人差し指を当てる神坂さん。
ああ、その仕草まで天女のようだ。
っていうか、今日ってバレンタインだったんだ。
今まで縁がなかったから忘れてた。
それにしても、まさか人生初のバレンタインチョコが神坂さんからだなんて。
夢じゃなかろうか。
「本当にくれるんですか?」
ぼくはそっと尋ねた。
「うん。お口に合うかわからないけど……」
「本当にくれるんですか?」
大事な事なので二回聞きました。
「嫌ならいいけど……」
「欲しいです! 喉から手が出るくらい欲しいです! 大絶賛募集中です!」
慌てふためくぼくが面白いのか、神坂さんはクスクスと笑い出した。
「よかった。甘いの苦手だったらどうしようかと思っちゃった」
「ううん! ううん! 神坂さんの作ったチョコレートならたとえ激マズでも美味しくいただきます!」
「ちょっと、それどういう意味?」
ギロリと睨みつける神坂さん。
ああああ、言葉の選択間違えたーーーー!!!!
「ごごごご、ごめんなさい! ウソです! 冗談です! 激マズじゃありません!」
「ふふふ、やっぱり明智くんって面白いね」
「へ? 面白い?」
「よかった、今日は話せて。明智くんとは前から話してみたかったのにいっつも席ずらすから話しかけられなくて……」
「へ? そうなの?」
話してみたかった?
ぼくと?
うそーん。
「ご、ごめん。クラスの女子としゃべる時、邪魔かなって思って……」
「邪魔なわけないじゃない。同じクラスなんだし」
「ううう、そう言ってもらえるだけで嬉しいよ」
「でもそういう気配りができるところ、私は好きよ」
「え?」
「ううん! なんでもない! あ、チョコは帰ってから食べてね。あんまり自信ないんだ」
「はい! 一生の宝物にします!」
「いや、一生はダメだよ……。食べ物だもん……」
「あ、そっか!」
「あはは、やっぱり明智くんって面白い人だね」
神坂さんが笑うとぼくも嬉しくなる。
その日、ぼくらはクラスの生徒が来るまで話し合った。
今までの緊張はなんだったんだろうというくらいおしゃべりした。
チョコレートをもらってからは神坂さんに感じていた緊張感はウソのように氷塊していた。
知らなかった、神坂さんってこんなに話しやすい人だったんだ。
「明智くん、改めて隣同士よろしくね」
「うん、こちらこそ」
ありがとう、バレンタイン。
ぼくも今日からバレンタインが好きになりそうだ。
ちなみに、もらったチョコレートは思いっきり甘かった。
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