お題:お笑い・コメディ
第4回目 女は獲物を、男は得物を
暗い部屋に一点の明かりを灯して女は一人、銀色に
かっ開かれた得物の瞳には既に生気はなく、そこから逃れようともしていなかった。いや、逃れられる訳がないのだ。――それはもう、息絶えているのだから。
女の口許は、これから行う自身の行為に隠しきれない笑みを乗せて歪んでいる。得物を握り締めて、狙いを外さぬよう、女は勢いよくそれを振り下ろした。
ガッ ゴリッ
手首が細く非力な女のそれでは、
ブチッ
獲物の首は与えられた二度目の衝撃には耐えられず。切断された、元は一つだった頭と胴体を見て女は満足気に笑みを浮かべた。
胴体を掴み、得物を滑らせて獲物の白い腹を
香るのは紅特有の鉄が錆びたようなものか、はたまた獲物自身が発する独特のものか。
周辺に立ち込める
コオォォォと装置が奏でるBGMを耳にしながら、手に掴んだ内臓を汚らしいとでも言うように投げ捨て、中途半端に中を開かれた獲物の胴体を完全に縦へと断ち、美しきシンメトリーを作り出した。
それは女にとっては正に芸術に等しく、並大抵の努力ではここまでの美しさは作れない。
女にはそれに対する技術センスが備わってはいなかった。だから幾度も幾度も、獲物を切り捨ててきた。
不格好な、美しくないアシンメトリー。
それらはいつも女の
得物に
美しきシンメトリーに余分なものは不要。
腕も、足も切り落とし、投げ捨てた内臓と同じ場所へとそれらを葬る。
次いで女が手にしたのは、白きモノと赤きモノ。
艶々に輝く二つのそれは灯した光を反射して、より女の目には忌々しく映っている。断片的に甦る、女の苦い記憶。
白きモノには幾度も
しかしそれも過去の話!
もう二度と苦しむことのないよう、白きモノに対してはとある筋から有力な情報を得ていた。既にそれは白きモノに処理し終えている。
祭壇へと置いた白きモノへと女は――断続的に攻撃を加えた! 鋭利な刃が白きモノの芯を
……もうお前に苦しめられることはなくなった!
我を苦しめてきた
女の憎悪は常人が測ることなど出来ない力となり、掴んだ赤きモノをグチャリ!と握り潰した。力の入った指は赤きモノを覆う皮を突き破り、柔らかな中身が
形などどうでも良かった。これは主役ではないのだ。
主役は最初に始末したアレで、赤きモノを美しく
「ふふっ」
興奮のあまり思わず愉悦が口から零れ出す。
これで主だった獲物の処理は終わった。あとは――
――――あとは、放るだけ
「来てるのか?」
パチッ
「!!?」
男の声と、一点の明かりのみだった部屋が突然明るく照らされた衝撃に、ビクリと肩を跳ね上げる。
恐る恐る女がそちらへと首を巡らす間にも、部屋の惨状を目撃した男の顔が酷く青褪めた。
「お、お前……っ」
男の目には異様な光景が映っていた。
まな板の上に散乱する、恐らく玉ねぎだったもの。
潰されているのは……何だあれトマトか?
そして同じくまな板の上に転がっている、魚を捌いたような跡。だってまだそこに頭が鎮座している。
「そこで何してる」
固く
やめろ! 床にトマトの汁が飛び散るだろうが!
「に、にににに煮え立つ赤き海鮮なる秘やk」
「ブイヤベースって普通に言えや。厨二病も大概にしろ」
ったく、母さんから聞いていた進行具合よりも酷くなってないか?
それもこれも、父さんがそういうアニメに沼ったせいだ。味方を作ろうと画策して一緒に観ていたせいで、丁度思春期真っ盛りな時期だった妹もそうなってしまった。
高校生になった
なぜ家だと
つかここは俺の家で、お前の安住の地でも根城でも天国でもない。唯一無二どうした。
まあ要は大学に進学して一人暮らしの俺のアパートに、隠れ厨二病高校生の妹が遊びに来たと。
そして魚をいつもミンチにしては怒られ、ダークマターしか生み出さないので、実家の台所は出禁になっているコイツはコソコソ俺の部屋に侵入(合鍵は渡している)し、ここで新たなダークマターを練金しようとしていたと。ふざけるな。
「はい終了。大人しくそこに包丁を置け。潰したトマトはボウルに入れろ。げっ、シンク汚な! お前掃除しろ掃除!!」
「し、しかし我は、まだ煮え立つ赤き」
「ブイヤベースって言え! 実家の台所出禁が、俺の神聖なるお台所を
そこまで言われ、ションボリしながら言う通りにし始めた妹を横目に、俺が代わりに料理の続きを受け持つ。
床に置かれたままの袋を覗き込めば、来る途中で購入したのだと思われる冷凍シーフードミックス(※溶けかけ)が入っている。
袋に入っているとは言え、食材を床に置くなや。床がビチョビチョだろうが。
三角コーナーがあるのにシンクに直捨てしやがったブツを処理するのを監視しながら、俺は調理に手早く取り掛かったのだった。
コーヒーテーブルに湯気の立つブイヤベースを注いだスープ皿を二つ置き、俺が座った真向かいに妹が座って手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます!」
掃除中はションボリしていた妹も、目の前にある鮮やかなスープに瞳をキラキラさせて、美味しそうに食べている。
マジで今日寄り道せずに帰ってきて良かったぜ。あやうく明日は病欠になるところだった。
完食したところで、改めて訊ねてみる。
「で? 何で俺ん家で作ろうとした訳?」
「……
透くんとは妹の彼氏の名前だ(俺は会ったことない)。
「うん」
「我の作ったお弁当を食したいと……」
「はぁ」
「寿司屋の娘ゆえに、料理も上手いのであろうと……」
やれやれである。
妹はいつも学食で、弁当を持参したことはなかったと思うのだが。料理上手だったら大抵の人間は自分で弁当作って来るだろ。
透くんとやらは察しが悪いのか?
兄としては彼氏の評価マイナスだな。
「台所を出禁になってるから作れないって、ちゃんと透くんに言わなかったのか?」
「兄者は我の乙女心を何と心得る! デリカシーがないにも程がある!」
「トマトを手で握り潰した奴に、乙女心も自分のこと言われたくないと思ってるぞ。それで何でブイヤベースになったんだよ。普通、日の丸飯に卵焼きとか唐揚げだろ」
「切り刻んで後は鍋に放り込むだけだから、簡単そうと思って。魚も使うし」
「寿司屋の娘だからって材料に魚は必須じゃないんだぞ」
生まれた時から魚に囲まれているので、どうも食材と言えば魚だと、魚しか頭にないようだ。
俺も妹と同じ遺伝子を
しかし
「冷蔵庫に食材入っているし、一緒に作るか? 俺が見てるから絶対失敗はしねーし」
それを聞いた妹の顔がパッと輝く。
「本当か兄者! 兄者が生み出す料理はすべて絶品! とても頼もしいぞ!」
「んじゃ、取り敢えず卵焼きからな」
「分かった!」
そうして料理する前に実家に連絡し、妹がこっちに泊ることを確認した後、二人で練習を始めた。
『…………で、……うかな? 美味しい?』
『うーん。悪く……ど、味はもう…………の方が好きだな』
『そ……の。じゃあ、今度…………と頑張るね!』
耳に差したイヤホンから奏でられるBGMを
ったく、ブレザーのポケットに入れとけっつったのに、距離的にスカートの方にボールペン入れてんなこれは。つか卵の殻入ってやがった。
焦げとジャリジャリの絶妙なアンバランス食感に若干眉を寄せながら、今度は白飯を食べれば若干固い。水の量が少ないぞ妹よ。
……しかしまぁ彼氏なら自分が作ってほしいって頼んで、わざわざ作ってきた彼女の弁当にケチなんてつけんなや。その弁当には俺の労力も含まれてんだぞ。
僅かにショックが滲んでいる妹の声を耳にしながら、可愛い妹を傷つけた透くんなる人物に思いを馳せる。
「アイツ男見る目ねーなぁ……。あーあ、また――――
男が銀色に鈍く光る得物を手にした。
ひたりと見つめるその視線の先、男は得物を獲物の首へと振り下ろす――……。
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