お題:猫の手を借りた結果
第9回目 相方がそれを知ることはない
聞こえる、聞こえるよ。
ほらほら、今日も車内で何かの悲鳴が上がっているよ――……。
深夜帯にのみ人を乗せて走り、大通りから外れた人気のない道から山へと向かってグルリと一周する。
その間、
その恐怖のワンボックスカーは、予約制。
感染社会と呼ばれる昨今、人が賑わう遊園地やテーマパーク内の中でそれだけが異様な雰囲気を放っているお化け屋敷は、時代の流れとともにそこにあるものとしてではなく、向こうからやって来るものとして変化していた。
人間が用意したそんな恐怖を車に乗せて、予約したお客様を更に乗せて
「お疲れー」
「お疲れさん」
事前にお客様とやり取りをして決めた約束の場所へと無事に降ろして後、案内役と運転役の男二人はガレージに停めたその車の中で、互いを
元々二人は心霊スポットを巡り、それを動画投稿サイトに投稿して広告費を稼いでいた心霊系YouTuberだったのだが、登録者数もここ最近は増加が落ち込み、再生回数も全盛期と比較したらかなり下降していた。
夏になれば一躍跳ねるものの、それ以外の時期においてはトンと跳ねず、これでは暮らしていけないと動画の撮影や編集する日々の合間にアルバイトもこなしていたのだが、とあるウイルスが世界を股にかけて侵食し始めたのをきっかけにシフトも減らされ、雀の涙ほどの稼ぎしか得られない。
ならば自分達で何か仕事を興してお金を稼ぐしかないと話し合い、そうして始めたのが、心霊系YouTuberの経験も活かせる恐怖のデリバリー配達車『
一人はワンボックスカーを運転し、一人は説明と改造した車内で音響と仕掛けを操作する。『音怖車』と銘打っているように、基本的には一番人間の恐怖を煽る時間帯で“音”を意識させ、驚かせるという仕組み。ただし内容は毎回変えている。
その理由は何を隠そう、毎回同じだと二人がつまらなかったから。彼等は日々の生活に苦しみながらも、魂はクリエイターのそれであった。
何が効果的か。どのタイミングが最適か。
彼等は自分達の配信動画を見返しては研究し、様々な“怖さ”の演出を雀の涙ほどのアルバイトの合間に突き詰めていったのだ。悲しいかな他に人が居れば、
「いや、普通にバイト増やすか、動画編集の技術を活かしてクラ〇ドワー〇スで受注して稼げよ」
と、声が上がったかもしれない……。
そんな二人のこれまでの背景はさておき。
自宅に向かう途中で一人が自動販売機で購入した缶コーヒーを、一人がペットボトルの炭酸飲料を手にして口をつける。
近隣には周知しているため通報されることはまずないが、コンビニに停めて購入しに行くには万が一のリスクがあった。クリエイター魂は時として、人を危機的状況に陥れるものである。
「っかーー! 仕事終わりの一杯は格別だねぇ!」
彼が飲んでいるのは酒ではなく炭酸飲料である。
案内役を請け負った男が隣で上機嫌に口にするのを、運転役の男は舌に独特の甘みとほの苦さの余韻を味わいながら聞いていた。
「深夜テンション乙。明日……あ、もう今日か。バイト何時からだっけ?」
「十三時! いま二時ちょっと過ぎてー、これからちょっと寝てー、昨日撮影した動画の編集してー、地獄ー」
「お前のスケジュールは地獄だけどバイト先を地獄言うな。可愛い猫ちゃん達と戯れられるんだから、むしろ天国だろうが」
「あり? 言ってなかったっけ? 俺、軽度の猫アレルギーなの」
「何で猫カフェ応募したし」
「チラシ折りだったから。猫の世話でもホールスタッフでもなかったし」
あっけらかんと言われることに、男は小さく息を吐いた。
そして今日の仕掛けのことを振り返り、相方に問う。大体の仕掛け提案は、炭酸飲料を飲んでいるこの相方から発案されていた。
「今回のテーマ、猫だったのそこからきたのか?」
「そうそ。猫って可愛いけどさ、こーんな真夜中で突然飛び出してきたり、見えないのにニギャーッて鳴き声聞いたら、案外怖いよな。暗闇に二つの光る目がこう、ボワァー……って浮かび上がったりさ。これぞ猫の手を借りるってヤツ?」
「あー……、だな」
「なに、お前運転しながらビビってたの? 信号で引っ掛かるブレーキとか、キキッてちょっと荒かったもんな?」
「…………駄目なんだよ、猫」
ポツリと漏らし、またコーヒーに一口つける。
苦々しさを滲ませて告げられたそれに、わざとおどけて応える。
「あり? その話初めて聞くわ。あんな可愛いのにどーしてー? 子どもの頃に撫でようとして、手ェ引っ掻かれたとか?」
廃車寸前の外装だけでなく、車内もそれらしく手を加えられており、客からは運転席は見えない仕様となっている。そして運転側も運転に集中するために客側は見えないようにされ、基本的に案内役は運転・助手席と内部を黒い暗幕で仕切られたその間に座り、色々と操作をしているのだ。
スピードを出さずに、ゆっくり運転しているからこそ可能な芸当である。
数多くの心霊スポットを巡ってきた経験と自分達が内外装を施したこともあって、丑三つ時が近くとも暗いガレージに暗黒の車内でも男は恐怖を感じることはないが、その記憶だけは別物だった。
「俺、昔ヤンチャしてたの知ってるだろ?」
「おーおう。中学ん時、えっらいグレてたよなー。まんま非行少年だったわ」
二人は同級生。所以、幼馴染という関係性である。
しかし一人は平凡に、一人は非行に走って生きていた時間があった。
口にしたコーヒーの苦みより尚苦い、当時の記憶。
「ゲームして負けた罰ゲームで、自販機に俺一人でジュース買いに行って。そん時にさ、仲間の一人が……公園でフラついてた野良猫、殺してたんだよ。笑いながら。楽しそうに。ソイツはツルんでた中でも結構ヤバめの奴で、他の奴らはちょっと遠巻きにしてた。俺が戻った時には……もう、色んなモンぶち
「……へぇ」
こきゅ、と炭酸飲料を飲み、ゴソゴソと探っていたブツを男の顔の前に持ってくる。
「っ!?」
「にゃー」
「おっ前……! マジふざけんな!? 本気で駄目なんだよこのクソバカが!!」
「あいてっ!」
ガツンと本気の拳骨一発を頭の頂点に喰らって悶える相方を放置し、男は運転席から降りて乱暴に扉を閉めた。「ちゃんと鍵かけとけよ!」と言い捨てて去ったのは、男の優しさ故か。
イテテと拳骨を落とされた箇所を手で撫で擦りながら、男は落とした猫の頭を拾い上げた。
本物の猫の生首ではない。軽度の猫アレルギーでも猫好きな男の手によって羊毛フェルトで制作された、クリエイター魂溢れる渾身の一作である。
こちらを見つめる円らなオリーブの瞳が、男を見つめ返していた。
「アイツはお前、殺してないってよ」
確かにあの反応は、本当にダメな反応だった。
普段どんなに自分が下手こいても静かにグチグチと言ってくるが、声を荒げたりすることはない。
にゃーと、呟く。
ニャーと、返ってくる。
音響は操作していない。
手には炭酸飲料のペットボトルと、羊毛フェルトの猫の頭。
「俺もさ、可愛がって餌やりに行っていた猫があんなことになっているの見て、それからアレルギーになったんだぜ? たまたまアレルゲンに引っ掛かったのか、精神的にキタのかはわっかんねーけど。……子猫までグチャグチャだった。暫くは飯どころか、水も喉通らなかったなぁ……」
ニャー
ニャー
ニャー ニャー ニャー
ニィギャアアアアアァァァアァァ!!!
暗闇にぼんやりと光る何対もの目が、助手席に座る男を見つめている。
「七代祟るって言うけどお前、本命は独身で子どもいなかったんだぞ? 七代まで祟れないじゃん」
ニャー?
「ニャー?って小首傾げるの、可愛いな」
彼が飲んでいるのは酒ではなく――炭酸飲料である。
「アイツは後から来たんだって。アイツが戻ってきた時にはもうお前、死んでたんだと。だからさ、アイツらの中にはアイツ居なかったんだよ。非行からも足洗ってるし、アイツは見逃してやってくれない?」
ニャー
ニャー?
ニャニャ!
車内から、ぼんやりしていたものが消える。
男はペットボトルの炭酸飲料を一口飲んだ。
非行から足を洗った相方は知らない。
男の耳には、当時平凡であった時の付き合いの同級生から、度々それが入ってきていた。
――なぁ、まただって。中学ん時の
餌をやって可愛がっていたからか、いつの間にか視えるようになった。俺は今回、何も操作していない。
本当に言葉通り、猫の手を借りただけ。
もしアイツがコイツらを覚えていなかったなら。
忘れていたのなら。
さぁ? 俺はどうしたかな――……?
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