お題:真夜中
第10回目 彼女の知らない真夜中の告白
「は? 目玉焼きと言えば、アンドロメダ銀河だろう?」
何を馬鹿なことを、とでも言いそうな顔をしている男の眼鏡の奥の瞳は、それを聞いて思考が停止して反応を示せない私をジッと見つめている。
そして再び思考が働き出した時には、ガックシと頭を伏せ、はぁ~あ、と大きな溜息まで吐いてみせた。
どうしてそんな反応をされるのか解らない、という顔をしている目の前の男に一発ビンタでも喰らわせてやりたい。
……いや、そんなことを言ったら珍しく良い雰囲気になって(そうなる予定ではあったけど)、いざそうなると妙な羞恥を感じて焦って、「め、目玉焼きは醤油派!? ソース派!?」と何じゃそりゃなことを言ってしまった私もビンタ案件ではあるが。
私と目の前にいる眼鏡を掛けたこの男は、
彼とは高校からの付き合いで、告白したのも私から。入学式で首席合格者の挨拶を読み上げている姿は硬派な雰囲気を醸し出していて、知的で、とても格好良かったのだ。
一言で纏めると、見た目がドストライクだった、となる。
ドストライクな容姿という弾丸にハートを撃ち抜かれて後日勢いのまま告白した訳だが、彼は入学して二日目の見知らぬ女子からの告白に、「……ああ、そう。分かった」とお付き合いの了承をしてくれた。
当時は「分かった」という
確かめるにはとても勇気が要るので、今更確認などしないが。
私は伏せていた頭を上げて、ジトッと彼を見つめた。すると彼は暫く私を見つめ返していたと思えば、首を傾げて。
「どうした。まさか、アンドロメダ銀河を知らないとでも言うのか?」
「聞いた私も私だけど、アンタもアンタで何なの? 二択しか選択項目ないんだから、二択内で答えるのが常識でしょうが」
「そうか。……いや、だが目玉焼きと言えばアンドロメダ銀河だし」
「アンドロメダアンドロメダうるさいわ」
首席合格するほどなので頭の良さは折り紙つきだが、彼は紛うことなき――銀河オタクだった。
夜にデートをしたことは何度かあるが夜空を見上げては、「あの星々はうんたらかんたら」と、毎度の如く星座講義が始まるのだ。
確かに見上げる夜空の相様は美しかったが、延々とそれを説明口調で聞かされ続けては雰囲気も何もあったものではない。
容姿に釣られて、性格をよく知らずして告白したツケである。
けれど銀河関係のことを話している時の顔は生き生きと輝いていて、やっぱり格好良いなとドキドキしてしまうのはもうどうしようもない。
お付き合いしてもう五年になるのだ。
この年数から見た目だけじゃない、私の彼への気持ちを察して欲しい。
……そう、お付き合いしてもう五年。
今は大学二年生。少し肌寒い秋のこのシルバーウィーク連休で、今まで手を繋ぐ以上のことをしたことがない関係から、恋人としての一歩を踏み出そうとしているところなのである!
白い濁り湯と独特の匂いを発する温泉から上がって、現在どちらも浴衣姿。
毎朝漁港から新鮮な魚介類を仕入れて調理するという評判の海鮮御膳は、その評判に違わない美味しさでお腹も満たされた。
後は二つ並べられたお布団に包まって寝るだけ、という流れで、窓から見える夜景に誘った。
事前に、『デート中にこれをしたら男の子なんてキュン死にしちゃうぞ♪』という、なんちゅータイトルやねんと突っ込みたくなる雑誌項目を講義ノート以上に熟読し、脳内シュミレーションして逆に私が妄想で爆発しそうになりながらも、その成果が功を為して確かに良い雰囲気に持ち込めた……と、言うのに。
先程までの自分達の雰囲気を思い返す。
赤や黄に色づいた木々、坂の上に建つこの温泉旅館の部屋から一望できる、夜景の雰囲気を味わいたいと敢えて電気を消した中で。
一緒に夜景を見ようと、木枠に
彼女が魅入っていた視線の先よりも上……星空ばかりを余すことなく魅入っていた。目の前にある街明かりが灯る夜景でも、恋人で浴衣姿な彼女でもなく。
そこで一瞬目が死にかけたと同時、当初の目的を思い出した。
気を取り直して妄想シュミレーション通り、彼の左腕にそっと軽く触れる。さすがに気づいた彼が顔を向け、静かな低い声で名前を呼ぶのを、彼女は口を噤んでただジッと上目遣いに見つめた。
そうしていると、大好きなドストライクな顔をずっと見つめることになるので、この先の展開への期待もあって一度冷めた女の頬が再び熱を取り戻す。
暗い部屋の中で、遠い街明かりと夜空から降る無数の星と月から放たれる淡い光だけが、二人を照らしている。
帯を引けばあっけなく開かれてしまう、心もとない浴衣姿。緩く後ろで結んでいる後れ毛が、はらりと窓から入り込む微風に小さく揺れる。
何かを期待し、けれどどこか頼りなさそうなその姿は、見つめ返す男の心にも小さな熱を灯らせた。
木枠に置いていた手が、そっと彼女の頬へと触れる。
手と手以外の接触に少し跳ねた肩の反応に小さく喉を鳴らして笑い、表情を確かめるようにゆっくりと顔を近づけて――
「め、目玉焼きは醤油派!? ソース派!?」
――そういったことに免疫がない上に、ドストライクな顔が迫ってくる羞恥に耐えきれなくなった彼女が、それを発したのだった――……。
どうして目玉焼きだったのか。
理由なんてある訳がない。
そしてまさかそこから銀河オタクが出てくるとも思わなかった。何より妄想より実物の破壊力はすごかった。
ダメだった。五年も一緒にいるのに、私にはまだ早かったのだ……(それが一番ショック……)。
シュミレーション通りにいかず、自分で雰囲気もブチ壊してしまった彼女はショック過ぎて早々に布団に潜り込んだ。
既に室内は暗いし、失敗した悔しさと未だ冷めぬ羞恥が色々ごちゃごちゃになり、いつの間にか自然と眠りに落ちていく――……。
自身が仕掛けたというのに思うように振舞えなかったからか、眉間に
そのまま滑らすように緩く額から頭を撫でれば、自然とその皺は平地になっていく。
男の眼鏡の奥の瞳はそれを確認し――そのまま耳へと触れた。
頬に触れた時と同様、眠っていても肩を小さく揺らす反応に、更にその手は耳から頬に、頬から首へと流れるように滑らせる。
その大したことのない軽い刺激だけでも、細くあえかな吐息を、小さな淡く色付いている唇が零した。
男の口許に、薄らと笑みが浮かぶ。
「もう五年なのに、慣れないほど俺の顔が好きか?」
首へと滑らせた手が顎に触れ、顔を横に傾かせて白い首筋を大きく
頭を降ろし、奪えなかった口唇の代わりとでも言うように、耳の少し下辺りに口付ける。吸いつき、紅が咲いたのを確認してゆっくりと離れた。
「……煽った責任。俺は好きなものはとことん知りたい
自分から告白してきた癖に、恋人らしいことを望んでいる癖に、初心過ぎて手を出したら逃げていきそうな気がした。そして一度手を出したら自身の性質が疼くのも理解していた。
だから彼女が逃げずにこの顔に慣れて受け入れるようになるまで、敢えて微塵もそんな雰囲気を出さずにいれば、いつの間にか五年も経っている。
手を繋ぐだけでは、好き同士の触れ合いにおいて物足りなくなるのは、お互い様な訳で。
「五年も別れずに一緒に居るのにな。……どれだけ俺がお前を好きか、分かるだろう?」
穏やかに眠る可愛い彼女の寝顔を見つめ、彼は密やかに睦言を囁いた。
それは彼女の知らない、彼の真夜中の告白。
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