お題:日記
第11回目 そこは、十一番目の物語
そこは、カーテンの開けられた部屋の中。
おふとんでねているおばあさんと、わらわなくなった男とラクエンでねむるボクのせかい。
開け放たれた世界は、明と暗のウロボロス。
生と死の二刀流が見せる、
そこは、とある
人……いや、何かの使いが荒い誰かさんにこき使われ、今日も一人が白目を剥く。
魂を刈り取るために世界中を巡り、ブツブツと
自らの推しを布教するその背を振り返れば――ほら、すぐ貴方の後ろにそれは存在しているかもしれない。
そこは、秋の夕暮れを恐れる道の
穏やかな昔の歌から呼び起こされる、気づかれてしまった秘密の終焉。
子どもが去って行った後ろの道を振り返ってしまえば、彼は大事なものを失うだろう。
第六感に従って衝動的に振り返ると、何かをその手に持っている男が立っていた。
そこは、女と男の言葉遊びの相違。
病に患っている女は男のためにその夢想の中で獲物を手にし、現実が見えている男は女のために得物を手にする。
女が暗黒物質を練金することはなかったが、男は一つの物質を解体する。
コメディに見せ掛けたその世界で、女の夢想が男の現実と重なり合うことはない。
そこは、幸せで悲しい夢の
私が貴方との記憶を振り返り、私の幸せと悲しみが交わる先にいるのは、いつも貴方だと知る。
もう夢でしか会えない貴方さまへ、私のこの想いは届いていますか?
八十八歳を迎えた私が見るその夢の中で、根に持つ私の貴方への想いを忘れることなど、ありはしない。
そこは、召喚された世界でまどろむ夢の中。
蹴り落とされて目覚めたそこは未だ夢の中でしかなく、脳に蓄積された情報が整理されるために出来事としてそこで展開される。
仲間達は現実とは別人となり、いや、一名はそのままだが、夜中から昼にかけて調理された何かを中心に今日も騒動が巻き起こる。
焼き鳥にされてしまったそれが目の前へと迫る中、正夢になることを望まぬ青年は、現実での別れがすぐにやってくることなど知らずに再び視界を閉ざす。
そこは、生を閉ざされた貴方が見下ろす
俺がお前との記憶を振り返り、俺はお前が泣くよりも幸せに笑っていてくれることを、ずっと変わらずに願い続ける。
もう俺の姿など見えないお前さまへ、俺はずっとお前のことをここから見守っているから。
運命の出会いは永遠の別れを刻み、俺の瞳が見つめるその先に、私の幸せと悲しみが交差する。
そこは、青と赤の瞳を持つ少女が見つめる残酷な景色。
少女たちに囲まれている彼女らにとっての救世主を青と赤の瞳に遠く映し、一人の少女は彼女にとって唯一の救世主が
少女が愛する存在を失くしたこの世界で、少女が青である必要はどこにあるのだろうか?
少女だけの
そこは、別の意味を知ることは二度とない逢瀬の場。
男が二人飲み物を口にしながらそれぞれの秘密を暗いガレージ、暗黒の車内で相方と何かに共有し合う。
男が去った後、男の秘密がもう一人の男の心を決め、男の末路の果てを変更することを何かへと請い願う。
猫の手を借りた結果、男はもう一人の男によって生かされたことを知らず。そうでなかった場合の未来の告白など、相方にも誰にも知られる機会はもう
そこは、誰かの知らない告白を囁く夜空の下。
彼の顔が大好きな彼女が一歩を踏み出そうとして自爆した原動力は、彼女の全てを知りたい彼の心へと熱を灯す。
五年という年月を経て積み重ねてきた深き想いは、お互いの相手へと抱える想いを告げ合うことはなく。
夜景と月と星の淡い明かりが二人を照らす真夜中、彼は眠る彼女へとその熱き密やかな睦言を囁いた。
そして、そこは――……。
カリカリと、誰かが真白い紙の上へ筆を滑らせている音が室内に響く。
大きく広い室内でただ一人、ポツンと寂しく何かを書いていた人物の耳はパタパタとここに向かって駆けて来る足音を聞いた。
紙へと落としていた視線を上げ、室内で唯一ある重厚な扉へと向けると、その扉がノックもせずに大きく開かれる。
まるで弾丸のような速さでこちらまで駆けて来た何かは己を見上げて、書き物をしていた紙の上へと五冊の本をドサッ!と置いた。
「全部読んだよ、パパ!」
得意げな顔で褒めて欲しそうに頬を紅潮させた娘の頭を、パパと呼ばれた者は緩く撫でる。
冷たい体温の手でそうされても、娘はとても心地良さそうな顔で笑った。
「アイツが用意した教材はどうだった?」
「うーん。でもこれ絵本ばっかりだし、有名で知っている内容だからすぐに終わっちゃったよ? 何でこれが教材なの?」
「それはな、『失礼します、お父様』とノックして扉を開けてくれるような、素敵なプリンセスというものを学んで欲しかったからだな」
「……」
ピシリと固まった娘は、自身の所業を頭の中で振り返る。
ついでに閉じられることなく、大きく開かれたままの扉も振り返る。
「……ごめんなさい」
「次からは気を付けるように。……ん? あともう一冊、何を持っている?」
紙の上に置かれた五冊の絵本よりも一回り小さいそれを見つけたパパがそう聞くと、娘はおずおずとパパに向かって差し出した。
「ちゃんと読んだよっていう、読書日記。これ以外にもたくさん魂の記録を読んでいるから、その日に読んだ記録の感想を日記としてつけているの」
「そうか」
パラリとページを
それより前のページには娘が紡いだであろう、十の世界のことが連ねられている。
そこが楽園と教えられ、紛れ込んだ者にそこが本当は奈落だったと教えられた子どもの世界。
こっそり隠れて見ていたのか、言い争っている四人の部下と途中で姿を見せた己の世界。
決して振り返ってはいけなかったのに、振り返ったことで運命が定まってしまった男の世界。
ありのままの女を受け入れる男を親愛する女と、けれど歪んだ愛情で女のために獲物の首を絶つ男の世界。
幸せの日の終わりには、いつも悲しみに包まれる女の世界。
意識を余所へ旅立たせようとも、巡り巡って今在る場所へと還ってくる青年の世界。
死して尚、幸せであることを願い愛しい者を見つめ続ける男の世界。
愛するものを奪われた憎しみに染まった赤の瞳で、愚かな世界を映し破滅を唇に乗せた少女の世界。
常人には視えないモノの手を借り、男の秘していた記憶を暴き、その男の生と死を決めたもう一人の男の世界。
本心を言葉で紡げず、相手の知らないところで睦言を告白し合う女と男の世界。
それらの多くは人の目には圧倒的にバッドエンドと映るだろうが、その世界の者達にとってはハッピーエンドにも成りえる物語。
受け取り方は人それぞれ。
娘が紡ぎ刈り取った物語の世界で、それを覗き込んだ人々は一体どのような想いを抱くのだろうか。
それはまさしく、
「……ところで娘よ」
「なあに? パパ」
コテリと首を傾げて不思議そうに己を見つめる娘に、その口は娘にとって残酷な現実を容赦なく告げる。
「途中になっている紡ぎの世界が二つあるだろう。あれらはいつ、紡ぎ終わるのだ?」
「!!」
読書日記を返してもらった娘の顔がピシリと固まった。
「……ま、まだ……」
「ふむ。合間の息抜きも必要なことだとは思うが、寄り道をし過ぎては元も子もないぞ」
「ううっ」
しょんぼりする娘の頭を再度撫で、パパは――冥王は暫し物思いに耽る。
物語という魂の世界を紡ぐのは、娘の手。
恐らく自身とのこのやり取りも、いつか娘自身の手によって刈り取った魂の物語となるのだろう。
まだ終わりを見せぬ物語の結末は、
そこは、魂を刈り取る紡ぎ手たる娘と、その成長を見守りしパパの第二の世界と平行した世界線。
――――読書日記の十を紡いだページの後ろに記される、十一番目の物語
十一番目へと至る、十を繋ぐ世界線 ~KAC2022作品集~ 小畑 こぱん @kogepan58
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