お題:焼き鳥が出てくる物語

第6回目 佐藤くんがあの時夢をみていたら

 チチチ……と、どこからか鳥の鳴くような音が聞こえる。緩く風が吹くのを、さらわれる髪と木の葉が互いに擦れる音で感じ取り、心地良い目覚めの気配が自然とやって来――



「サトー! 起きんか!」

「いって!」



 ――来なかった。


 ドスンという音の発生源は、床と俺の身体から。

 これで一体何度目だろうか。


 ベッドから蹴り出された俺は額に青筋を浮かべて、銀のよろいをその身にまとう聖騎士・カインへと猛抗議を開始する。


「何度も何度も何度も言いますけど、何でカインさんはいっっっつも俺を蹴って起こすんですか!? 山でも毎日蹴り起こしてくれやがりまして、パワハラオカンも大概にして下さい!!」

「貴様が蹴らん限り一度で起きんからだろうが!! 窓も開けっぱなしにしおって! 軟弱がたたって風邪を引いても貴様の自業自得だ!!」


 言われてふと見れば、確かに部屋の窓が全開になっていて、白い清潔なカーテンがふわりと揺れている。


 ああ、だから鳥の声が聞こえたり、何か吹かれるような感じがしたのか。

 と、寝起きの頭でそこまで状況を把握したところで、あれ?と首を傾げる。


 待てよ? 何で俺、普通にどっかの部屋の中にいるんだ? 確か宝物庫で真っ黒にも程がある守護水晶(本来は緑)を触って、水のダンジョンの時みたいに浄化して……。


「……水のダンジョン?」


 何か既視感があるぞ。

 いつだったか、前にもこんなことがあったような気がする。確かその時は、カインがカインじゃなかったような。


 チラリとカインへと視線を移せば、彼は何故か鎧を脱ぎ始めていた。……脱ぎ始めていた!!?


「何やってんですかカインさん!? 鎧脱いでどうするつもりですか!?」

「ん? 今から食事の時間だ。私のこの光り輝く、美しき鎧を汚す訳にいかんだろう」

「いつも鎧着たまま食べてるじゃないですか! 絶対本物そんなこと言わねぇ! やっぱこれ夢だな!?」


 普段と百八十度プラス二十度マシマシで違うカインの反応から、以前に見た夢のことをハッキリと思い出した。


 あの時も守護水晶浄化後に夢を見た。

 多分これもそうだ。



『どうして夢を見るのか、ですか? 何故そんなことを? ……ああ、なるほど。そうですね。本からの知識にはなりますが、普段の生活で起きた出来事や、脳に蓄積した情報を整理するために見るそうですよ。だから山で永遠に更屋敷さらやしきに追われる夢を見たのでしょう』



 これは四人いる幼馴染の中でも頭脳派の瀬伊せいくんに、そんな悪夢を見て夢でも現実でも泣いた俺が質問して返ってきた答えである。


 水の守護水晶(紫)浄化後の時も、シチューやらキングやら聖剣の波動攻撃貫通やらが夢として出てきた。何てことや。


 待て、さっきカインは何て言った?

 今から食事の時間……?


 前回の内容を思い返して青褪めていると、部屋の扉がバタンと勢いよく開いた。

 入ってきたのは縦に長過ぎるワゴンを両手で押している、フードを外して素顔を見せた賢者・クリストファーだった。


 その目の下には色濃いクマがありながらも、ニコニコと笑顔を見せているのは前回と全く同じ!

 だから両手が塞がっているのにどうやって扉開けたんや!? ドリームマジックか!


「……やっと起床ですか、サトー殿。もう太陽は空の真上にありますよ。さぁ、夜中から昼にかけて私が手製にかけ、じっくりカリカリと焼いたこの焼き鳥を共に頂きましょう。カインも」

「あぁ。うん、良い匂いがするな。また料理の腕を上げたのか」


 ニコニコのクリストファーにカインもニコニコして、そんなことを言った。そんな非現実的な二人を見て、やっぱり俺は腕に鳥肌が立った。


 え? 何で夢だとコイツらこんな仲良しなの?

 え? 俺の願望が現れてんの? つか今回のメニュー焼き鳥なの??


 ゴロゴロとキャスター付きワゴンがスムーズに部屋の中を進み、備え付けらしいテーブルの上へとワゴンで運んできたものを、ドッスン!ともの凄く重い音を立てて置かれた。


 嫌な予感しかしない。

 焼き鳥だから、トリィっぽいな……。


 本来の大きさに戻ったトリィ(※コカトリス)がカリカリに焼かれてしまったのか。

 それも俺が出会った当初、「フライドチキンにすんぞ!?」なんて言ったからかと、今すぐ懺悔ざんげ合掌がっしょうをしたくなってくる。


 口は災いの元という教訓が身にしみている時、開けっぱなしの扉から盗賊・ビルと聖女・エミリアも入ってきた。


「あー腹減ったー! 今日もクリストファーのお手製か! やりぃ!」

「ふふふ、私も微力ながらお手伝いしたのですよ♪」


 エミリアはまた浄化一つまみか?


 前回と同じことを言いながら近づいてきたビルが俺を見て、「どうかしたかサトー?」とこれまた同じことを聞かれる。多分俺の顔色が青いからだろう。


「いや、トリィが焼き鳥にされちゃったなって。アイツ、いつも俺に向かって跳んできていたから、いつの間にか可愛く思ってたんです。いま、密かに可愛がっていた子ブタを夕飯に出されたような気分で……」

「サトーはブタを飼ってたのか?」

「サトーさま、ブタではなく鳥ですよ? まだ寝ぼけていらっしゃるのですか?」

「窓を開けて寝るからそんな寝ぼけ頭になるのだ! クリストファーの焼き鳥を食べてちゃんと目を覚ませ!」

「……さぁ、お待ちかねのお食事の時間ですよ♪」


 やっぱりビル以外おかしい……。

 エミリアは寝ぼけるとか言わないし、カインはそんなこと言いながらいそいそとナプキンを俺の膝の上に掛けないし、クリストファーもウキウキして言わない……。


 俺が見ている夢なのに抵抗できず、膝に掛けられたナプキンを諦めの境地で見つめている間にも、クリストファーが意気揚々と縦に長過ぎるふたを取る。


 ジュウジュウもわもわと煙を立たせながら現れたのは、カリカリに焼かれた――――





 ――――腕が鳥の翼でたかみたいな足をしている、ゴリゴリなおっさんハーピーだった。


 ちなみにチャームポイントは、横腹に突き刺さった聖剣。



「ゴオォリピイイイイイイィィィ!!?? えええええええ!!??」



 指を差し、どういうことだと全員の顔をグルグル見回す。


「なっ、何で、ゴリピ◎$♪×△¥●&?#$!!?」

「何を仰っているのですかサトーさま? ふふふ。焼き鳥というものは、細い木の串を刺して焼くものだと聞いております。手近に最適な木の串がございませんでしたので、聖剣オルトレイスを拝借致しました♪」

「……助かりました聖女。貴女の機転がなければ、この焼き鳥は完成しなかったことでしょう」

「まぁ、そんな」

「待って色々おかしい! 聖剣を串の代わりにするってどゆこと!? 確かにハーピーも鳥だけど! 鳥だけどおぉぉ!!」

<……我は串ではない……>

「弾くなよ!? お前絶対波動で弾くなよ!!?」


 ただでさえグロいのが表現不可な程のグロさになるからな!! ……分かったぞ、聖剣のヤツはアレや!

 クリストファーが船で木べらの代わりにしてたのが出てきちゃったんや!


 ゴリピーも仰向けじゃなくてうつ伏せなのが不幸中の幸い! 表見たら絶対オロロロロする予感しかしないぜ!!

 ……もういいだろ! 夢なら覚めてくれよ!!


 何故かカインが腰元の剣を抜いて構えるのを、何をする気だそれで取り分ける気か!と、この時ばかりは抵抗できてゴリピーをかばう俺の頬を手でグイグイ押し退けようとされるのに耐えていたら、バッタアアン!と部屋の扉がもの凄い音を立てて部屋の内側に倒れた。


 皆がそれに反応して何事だと動きを止め、そちらへと顔を向けると――腕を組んで仁王立ちした女王(※クイーンハーピー)と、ミニサイズのトリィがそこにいた。


 女王はワゴンに乗っているカリカリハーピーゴリピーを一瞥いちべつすると、カッと目を見開いて。


「このクソがァ!! 例え焼き鳥となったとしても、貴様というクソはクソでしかないのが分からないのか! 行けトリィ! 焼き鳥とはこうであると、あのクソ共に格の違いを見せつけてこい!!」

「コッケエェェェ!!」

「なに言ってんの!? なに自ら焼かれに来てんの!!?」



 テッテケテッテケーーアタアアアァァァッック!!



「わあっ!?」

「きゃあっ!?」

「くっ!?」

「わ、私が夜中から昼にかけてじっくりカリカリに焼き上げた焼き鳥が!?」


 床から大きくジャンプしたトリィは勢いのままワゴンに激突し、その衝撃でゴリピーは空を飛んだ。


 語弊ごへいがあった。鳥らしく羽ばたいたという意味ではなく、吹っ飛んだという意味である。


 ワゴンはトリィのアタックに耐えきれずバラバラになって飛び散り、何故か俺を目掛けて焼き鳥と化したゴリピー(プラス聖剣)が落下してくるのをスローモーションで見つめる。


 何故俺だけ。これも集中砲火のせるわざなのか(どうしてトリィはアタックしたのかそれが最大の謎)。


 タレを塗って焼かれたのか、茶色くなっても見事に割れたシックスパックが目の前に迫るのを最後に、俺の視界はブラウンアウトした――……。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 チチチ……と、どこからか鳥の鳴くような音が聞こえる。緩く風が吹くのを、浚われる髪と木の葉が互いに擦れる音で感じ取り、心地良い目覚めの気配が自然とやって来た。


 覚醒する意識を自覚して目を開ければ、視界に入ってきたのは若々しい緑色の草。

 息を吸い込めば、若干湿った土と草特有の匂いが鼻に抜けていく。覚えのある、どこか懐かしい匂い。


「……ん?」


 何か、夢を見ていたような気がする。

 それは四人いる幼馴染の中でも暴君な更屋敷くんにシゴかれて、地面に転がされた時を思い出すようなこんな匂いではなく、やたら香ばしい匂いがしていたような……。


 夢の内容が思い出せない中でも、風は柔らかに流れて日差しもポカポカと温かい。


 ……もう少しだけ、このままでいたい。


 懐かしい匂いに包まれて俺は再び、まぶたを降ろしたのだった――……。







 ※そしてお勉強40『目覚めた後のこれから』へと繋がる。

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