お題:出会いと別れ
第7回目 拝啓、お前さまへ
なに泣いてんだよお前。
悪夢見て泣くような繊細な性格じゃないだろ。
……お前が最初に泣いたのって、いつだったっけ? あー確か……
『いったぁーい!』
そうそう、幼稚園の時のあれ。
目の前プラプラ揺れてるのが気になって、ちょっと引っ張ったくらいで大きな声出してさ。本当びっくりしたわ。『うまのしっぽみたいにゆれて、きになったからっ!』って先生に本当のこと言った瞬間、ダバーって大泣きしてよ。
そんなに痛かったのかって、すごくドキドキしたんだぜ? いつも澄ました顔して絵本読んでる静かな奴だったから、そんな大きな声出せるのも初めて知ったし。
だって頭揺らして髪の毛プラプラさせてたらさ、普通目につくじゃん。
耳元で蚊が飛んでんのと一緒だって。バンッて潰したくなるだろ? ああいや、別にお前の髪を潰したかった訳じゃなくて、止めたかっただけだって。
それまではお前のことなんて全然気にしたことなかったけど、何か
俺は友達が多かったけど、お前は大体一人だったよな。ま、澄ました顔して絵本ばっか読んでいるような奴、大体友達少ない……あ、わり。つい。
だから俺、最初はお前にはあんま良い印象持ってなかったんだよ。
それであの日ついお前の髪の毛を引っ張って、泣いたの見てからお前のこと、自然と目で追うようになったんだ。
……幼稚園の頃のことを思い出したからかな。
何だか懐かしくなってきた。
一つずつ、思い出してみるか。
そうだな。同じ地区に住んでいたから、小学校も同じ学校だったよな。
どうしてかまた同じクラスになって、でも俺は結構嬉しかったな。だって五十音順で俺の前にお前が座っているの、すごく近かったし。
髪の毛引っ張って以来ポニーテールじゃなくてずっと三つ編みだったけど、どっちも似合ってたよ。
俺、お前のことずっと見てたから。
『なぁ』
『きゅうしょく、おいしいね! アキちゃん!』
『むしすんな』
俺、お前のことずっと見てたから。
見てるだけじゃ足りなくなって毎日毎日話し掛けてたのに、無視しやがって。
あと、澄まして本しか読まないお前に初めてそんな風に話し掛けられて、アキちゃんめっちゃ困ってたぞ。
『教科書忘れた。見して』
『反対側のお隣の高橋くんのを見せてもらって下さい』
『何で』
『……むしろどうして私なんですか。同じ男子の方が頼みやすくないですか?』
『男女差別はいけねーんだぞ』
俺は頭良いからな。どうしてお前のことが気になるのか早い段階で自覚したわ。お前だから頼んでんだよ。なに驚いた顔してんだ。
え? 自分が男女差別発言してんの、分かってなかったのか? 本ばっか読んでんの、お前もしかしてポーズなのか?
文学少女の皮を被っていただけだったのかと、俺はすごく驚いたぜ。だけど一瞬後、俺は納得せざるを得なくなった。
そうだわ。お前は俺と違って人とコミュニケーションを取るのが苦手だから、本を読んでいるフリするしかなかったんだよな。
中学生の頃はどうだったっけ?
同じ地区に住んでいたから、中学校も同じ学校だったよな。
小学校はずっと同じクラスだったけど、中学校では初めてクラスが離れて、死ぬほどショックだったのをよく覚えてるよ。
『なぁ教科書忘れた。貸して』
『……隣の子に見せてもらって下さい』
『何で』
『貴方ずっと同じクラスの私に見せてと言っていたでしょう。むしろどうして別クラスの私の教科書を借りに来るのか、とても不思議なんですが』
『同じ時間に同じ授業じゃないから、別に良いじゃねーか』
本気で有り得ないぐらい鈍感だったよな。
普通さ、クラス離れてもわざわざ教科書を借りに来るの、
「えっ。もしかしてこの人、私のこと……?」
ってなるだろ。
なにお袋に電話してんだよ。
部活から帰宅したら生温かい目で見られたわ。同じ女だろうが察しろよ。
というか
『何だよアイツ』
『? 何って何ですか』
『ずうぅっっと一緒にいたじゃん。お前もヘラヘラ笑ってんじゃねーよ』
ふざけんなよ。俺には毎度嫌そうな顔すんのに、愛想笑いでも他の男に笑ってんじゃねーよ。鈍感なお前は、あの時絶対こう思ってただろ。
意味分かんないなコイツ、って。
三つ編み似非文学少女のお前を好きな奴は、俺以外にもいるかもしれないだろ。先生から頼まれた資料
放課後に学級委員だかなんだか知らないけど、それでも男と二人で教室に残すのなんか冗談じゃない! 変なことしないか見張ってんのに、お前は不思議そうな顔して俺のこと見てんじゃねーよ。
早く気づけよな。
お前のこと、めっちゃ好きな男がここに居たんだよ。だけど多分、この時からだったんじゃないか?
お前は気づいてなかっただろうけどさ。それからお前、俺に嫌そうな顔しなくなったんだよ。
似非文学少女なお前だったけど、頭良かったのか。
おばさんに連絡して進路先聞いたら、偏差値の高い進学校の高校受けるって。本当にびっくりしたわ。お前がダメなの、人とのコミュニケーションと俺の気持ち察し能力だけか。
まあ俺の成績なら合格圏内だったし、推薦合格したけどな。ずっと一緒だったのに、高校で別れてたまるかって思った。
『よっ! また同じクラスだな』
教室に入ってバチッと視線が合って笑ってそう声を掛けたのに、えっ?って顔すんな。
確かに多少髪も染めて髪型変わっていたかもしれないけど、何年もずっと一緒にいただろ。腐れ縁じゃねーぞ、運命の赤い縁なんだぞ。
それでもう高校生だし、鈍感なお前でも分かるように今までより積極的に付いて回った。
三つ編み澄まし顔の文学コミュ障少女なお前だけど、良い言葉で更に言い換えれば、清楚な優等生クールビューティなんだよ。
小中じゃ俺達のこと知っている奴らばっかりだったからアレだったけど、関係性を知らないライバル共が多過ぎて、沸く虫を追い払うのに苦労したわ。
高校生になってから告白されたりもしたけど、相手がお前じゃない時点で嬉しくも何ともなかった。
『なぁ、駅前のクレープ食べに行こうぜ』
『何で誘うのが私なんですか。お友達と一緒に行って下さい』
『お前も俺のと、ととと……友達だろ! まだな!』
何ですかまだって。
不思議そうな顔して聞くなや。分かるだろうが!
積極的にいくって決めていたから、もう手を繋いで強引に連れてったよ。
お前が覚えてるかどうか知らないけどな。……お前がクレープ好きだから誘ったんだっつの。
『イチゴブラウニーとブルーベリーレアチーズ、一つずつ』
お前が言う前に店員に注文した俺に、なに注文被らせてんだって不満そうな顔をするな。
おい、更に注文しようとするな。こんな甘いの俺一人で食べきれると思うなよ。
『お前と俺の。どっちもお前の好きな奴だから、半分こしたらいいじゃん』
好き、とお前の前で口に出して言ったのは初めてだった。言った後で気づいて思わず顔を背けちまったけど。
お前、気づいてなかっただろ。
背けた先のカーブミラーに、照れた顔したお前が映っていたの。
『もうさ、良いじゃん。生まれてからずっと一緒にいるんだし、後の人生も一緒にいようぜ』
本当は幼稚園からだけど、そう変わらないだろ。
やっぱり大学も同じところに進学して、構内のカフェテラスで一緒にお昼を摂っている時にそう言ったのは、本当に無意識だった。
好きだとか付き合ってとか交際とか、そんなのずっと一緒にいるのに今更だったし。もうその頃にはさすがにお前だって察していただろ?
小学校の頃に毎日毎日話し掛けていたのも、教科書を毎度忘れてきたのも。
中学校の頃も毎度教科書を忘れて、わざわざ違うクラスのお前に借りに行ったのも。
同じ高校を受験して、女子から告白されても断って、ずっとお前の傍を付いて回っていたのも。好きなものを、覚えているのも。
俺さ、お前に対しては素直にというか、上手く気持ち表現できないって言うか。
好きって気持ちばっかり先行して、どう伝えたらいいか分からなかったんだよ。だから変に空回りして。俺もお前限定でコミュ障だな。
ただ、まぁ。
そんな不器用な俺の初めての告白に、それでも顔を真っ赤に染め上げたお前は。
『私も、貴方がこれから先の私の人生にいないとは、考えられませんから。幼稚園の時みたいに髪を引っ張って泣かせるのではなく、ちゃんと幸せにして下さいよ』
どんだけ前のこと言ってんだ。
けど覚えてたんだな、俺のしたこと。そんな昔のことでも、お前も俺と一緒で覚えていたんだ。俺ばっかりお前のこと、見てると思っていたから。
嬉しいのは当たり前だろ。
……だってお前も、嬉しそうな顔してるから。
ああ、いやだな。
本当に、本当に悪かったよ。
約束したのにな。これからの人生も、ずっと一緒だって。
何してくれてんだよ神様。
幼稚園も、小学校も、中学校も、高校も、大学だってずっと同じで居させてくれたじゃん。
どれだけ不器用でも、もう泣かせるつもりなんてなかったのに。
何だよ、
ふざけるなよ。
何で俺がお前のこと幸せにできないんだよ。俺以外の奴に任せないといけないのかよ。
ごめんな。
ごめん。
どうか、幸せになって。
泣くなよ。
ほら、あそこに映ってる俺の写真さ、何か変な顔してないか? もうちょっとマシなヤツなかったのかって。……泣くなよ。
ちゃんと見てたよ。お前が俺以外の男と結婚したの。子どもにも三人恵まれて、孫までいて。
ちゃんと、幸せに、なってくれたんだな。
米寿でお祝いされて幸せそうに笑ってたのに、何で翌朝に泣いてんだよ。
あれか? 幸せ過ぎて良い夢でも見て嬉し泣きしてんのか? しょうがないヤツだな。
いつもいつも。
俺はお前に、笑っていてほしいから。
まだ、こっち来るなよ。
俺、お前のことずっと見守ってるから。
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