お題:推し活

第2回目 δεκατρίαの戯言

 とある国にある鏡は告げた。


『この世で一番美しいのは、白雪姫でございます』




 とある国に十二人の魔法使いの女たちが招待された。


『誕生のお祝いに、お姫様に贈り物を授けましょう』




 とあるお屋敷で魔法使いが魔法を使った。


『ビブデ・バビデ・ブー!』




 とある海に暮らす女たちが請うた。


『このナイフを王子の胸に突き立てその返り血を浴びれば、人魚に戻れるわ』




 とある……色んなところで色んな者が愛を囁いた。


『美しい。ぜひ、私の花嫁に』





 パラリと最後の物語を読み終え、一人は集中して凝り固まった肩をほぐすために腕を回したが、ゴキッ!と鳴った音に微かに顔をしかめた。


 そしてその音を聞いていた周囲に居た者達も、「うわー……」という顔でその者を見た。


「大丈夫? 逆に脱臼だっきゅうしてない?」

「逆にって何」


 おかしなことを言う一人に返せば、また一人が山積みになった書物を睥睨へいげいして深く息を吐く。


「よくもまぁ全て読破したものだな。何日掛かった」


 問われた内容に眉を寄せ、僅かに顔を上向かせて指折り数え終えて。


「一週間?」

「活字追い過ぎて頭トんでんのか二週間だバァカ! 二週間も仕事サボってんじゃねーよバァカ!!」

「何百年振りに忙しいもんね。ホント猫の手も借りたいくらいだよ」

「仕方なくない? これあの人からの勅命なんだけど?」


 責められるいわれはないとばかりに肩を竦めて両手をハァン?の形にするが、先程溜息を吐いた一人がまた溜息を吐き出した。


「これぐらいの量、私なら三日で終わる」

「だよな」

「明らかな人選ミスって誰もが思ってる」

「うん、俺も命令された時に白目剥いて思った。コレ俺ジャナクナイ?って」


 一人が積まれた書物の山から、頂点の一冊を取って表紙を一瞥いちべつする。


「最後に読んだのって『親指姫』? 随分とまぁ古いもの持ち出してきたねぇ」

「あー。だって命令の内容が『歴史に残るお姫様をピックアップしろ。娘の教材にする』だぜ? 紀元前からどんだけお姫様がいると思ってんだって話なんだけど」

「紀元前の記録まで残ってたのかよ?」

「さすがに無かった」

「じゃあ言うなやバカが」


 言葉だけじゃなく態度でも馬鹿にしてくる一人にあっかんべーを仕掛け、短気なその一人がテーブルの下で足蹴を繰り出す最中、カシャカシャと鳴らされた音でその攻防もピタリと止まった。


 音を鳴らした一人が目を細めて二人を見る。


「で、教材候補の書物は見つかったのか? いい加減お前のサボりを見過ごすことはできないぞ」

「だからこれサボりじゃないし。あー……まぁ、この五冊くらいかな?」


 山からあと四冊を抜き取ってテーブルの上に置く。

 三人が見下ろし、同時に顔を顰めた。


「『白雪姫』、『茨姫』、『シンデレラ』、『人魚姫』、『親指姫』? 何これ全部絵本じゃん」

「お前教材の意味知ってっか? 寝る前の読み聞かせじゃねーんだぞ」

「選出基準でお前の知能指数が知れる」


 散々な言われように一人はカチンときた。


「だーーっ!! いいか、よく考えろ! 絵本になって後世にも残っているってことは、それこそ素晴らしいお姫様だったってことだろ!? つまり、皆に人気のあるお姫様ってことだ!!」

「「「ああ、なるほど」」」

「ご納得頂けたようで何より!」


 プンスカプンプンする一人に、一人が先程手に取った『親指姫』をプラプラとさせる。


「人気って、現実だけじゃなくて書物の中でもだよね? だったら一番人気あるのって親指姫じゃない? 色んな奴に結婚してぇー!って言われてんじゃん。ヒキガエルでしょー、コガネムシでしょー。あと何だっけ、モグラ? ちょー大人気」

「ああ? ふざけてんのか、一番人気っつったら『白雪姫』だろうが! ヤローども総勢九人手玉に取ってんだぜ!?」

「言い方」

「下品の極致。……私はこれだ」


 手に取った本を見せ、一人が目を丸くする。


「え、お前は『茨姫』と『シンデレラ』? 二冊なの?」

「そうだ。前の二人は虫やら動物やらただの人間だが、この二人のプリンセスは魔法使いという偉大な存在に人気を得ている。有力者のコネという点ではこの二人に絞れるだろう」

「有力者の意味違うくない? え、ある意味合ってる? んー、じゃあ俺は『人魚姫』そ」


 『人魚姫』を手に取り、カッと目を見開いてピシィッと指差す。


刮目かつもくせよ! 人魚姫の何が良いって、家族の絆! 人魚姫の姉たちは妹の命を救うために、女の命である髪を犠牲にして魔女からナイフを得たんだ!! そこまでの魅力が人魚姫にはあるっていうことだろう!」

「えーそれ言ったらさぁ、親指姫だって魚とかツバメにも助けられてんだよ? しかも結婚してぇー!って言ってきた奴の二人は誘拐っていう、強行手段取ってるし。女の子の魅力っていう部分ではピカイチじゃない?」

「バカ言ってんな!! 継母から殺せ!って言われてた狩人のおっさんが、白雪姫の魅力に逆に殺されてイノシシ身代りにしてんだぞ!? あと不法侵入した女を警戒してたのに、また魅力にイチコロんなって小人も居候許してんだぜ!? 遂には死体の状態でも接吻されるって、どんだけ魅力的だっつーの!」

「ふざけるな。有力者をオトせない魅力など高が知れる。茨姫は誕生した祝いに、魔法使いから十二個も贈り物を貰っている! それに親指姫に群がるオスどもが抱えた下心満載な気持ちからではなく、シンデレラの場合は親愛の情から動物たちも協力している。素晴らしいプリンセスじゃないか!」


 それぞれが持つ本を握り締め、納得のいかない四人はどこかの選挙の如く相手を蹴落とす作戦に出始めた。


「下心満載ってまぁ事実だけどさぁー。でも茨姫の場合って本人がって言うより、王様の招待で呼ばれた訳だから本人の魅力云々関係なくない? それに三人の妖精って諸説もあるけどー?」

「人魚姫だって女の命でもある姉の髪犠牲にして得たナイフも、結局使わずに泡ンなっちまったしな。姉の愛情より男への愛情を取ったっつー話だよなぁ?」

「は? 城で結婚式と処刑一緒にやって、継母の鉄靴てつくつ足焼きショーした残酷姫に言われたくないわ」

「フッ。シンデレラに反論は無いようだな?」

「なに魔法の呪文が『ビブデ・バビデ・ブー』って。ダッサ」

「貴様ァ!! 有力者の名言を愚弄するか! 正しくは『ビビディ・バビディ・ブー』だ!!」


 四人ともに手に持っていた本を勢いよくテーブルに叩きつけた衝撃で、積み上げていた書物の山が雪崩を起こしてバラバラになった。後片付けがとってもとっても大変な光景である。


 と、そんな睨み合って今にも得物えものを構えて私闘を始めそうな彼等のいる部屋に、ソッと侵入する影があった。



「これは何の騒ぎだ」



 腰に響くような重低音が室内に渡り、その瞬間四人はバッと姿勢を正して入室してきた人物を仰ぎ見る。


「め、冥王さま!」


 一人が発した言葉に返すことなく、雪崩の残骸を冥王と呼ばれた人物は見つめた。


「私が用意した書物がバラバラに」

「あっ、拾います!」

「バカちんたらしてんじゃねえ! さっさと拾え!」

「なにこれ歴史順に並べた方がいいの?」

「取り敢えずテーブルに積み上げろ!」


 四人がせっせと雪崩を山へ修復していると、冥王が一人に声を掛ける。


「私が命じた例の件はどうなっている」

「(あ、ヤッベ。これ内密な感じだった? 言っちゃったんだけど)えっとですね、一応候補は絞れていてですね。これとこれと、これにこれもだし、あとこれです。はい」


 内心冷や汗を流しながらテーブルに叩きつけた五冊の書物を提示すると、受け取った冥王の目が見開き、それぞれの顔を確認するように見回した。


「……なるほど。お前達が刈り取れなかった魂の持ち主か。確かに強き者の魂という点において、教材になり得る。良くやった」

「はっ! 有り難き幸せ!」

「全て書架に戻しておくように」

「…………は」


 項垂れるように礼をした一人を一瞥し、冥王は心なしかウキウキとしながら部屋を出て行った。

 そして背後の惨状を振り返った一人は、重苦しい溜息を吐き出す。


「えー……これ全部ぅ……?」

「しゃーねーから手伝ってやんよ」

「俺も。最近外出ずっぱりだったから、たまには事務仕事したぁーい」

「これは事務仕事か?」


 人……いや死神使い荒いんだよとブツブツ言う一人に、忙しない外仕事より中の方が断然良いと思った三人が協力を申し出、引き続き作業は続行される。


 その最中、冥王からの言葉を反芻していた一人が、遂にそれを口にした。


「お前さぁ……敢えての五冊選びやがったよな」

「ん?」

「思った。てゆーか、皆自分が刈れなかったヤツ推すとか。ちょーウケる」

「それはそうだろう。俺達にとって刈れなかったということは最大の屈辱だ。……だが、人魚姫は泡になっただろう。あれは刈ったのではないのか?」


 問われ、一人がムーと顔を顰める。


「泡にはなったけど、すぐに風の精に生まれ変わったんだよ。刈り取る隙なんてなかったね」

「俺もさぁ。あのまま置き去り野垂れ死にエンド待ってたのに、何で野ネズミの住処見つけちゃうんだよって。結婚してぇー!って言ってきた奴らの誰かと結婚してたら、悲惨な未来辿って刈れたんだけど。白雪姫はいいじゃん。一応継母の魂は刈り取れてるじゃん」

「本命じゃねえだろうが。ンなショボい魂刈り取っても、腹の足しにもなりゃしねぇ」

「茨姫もずっと眠り続けているのを、寿命が尽きるまで辛抱強く待っていたと言うのに。シンデレラは命の危機に陥る場面がどこにもなかった……」


 ハァーア……と、同時に重苦しい溜息を吐いた。


 永き時を共にし、同じ仕事を行っている四人はそれぞれの失敗も、ある程度は理解している。

 冥王に忠実な彼等は、ずっとその失敗案件を心の奥に抱えてきたのだ。


「ま、いつまでも気にしていてもしょーがないんだけどね」

「つーか、有名になったよな。コイツら」

「絵本にまでなるって、すごい出世してんね」

「我々もそうなりたいものだな」

「え。俺ら個々で固有名詞とか無いけど」



 ――これはδεκατρίαデカトゥリーア戯言ざれごと



 または――――ハッピーエンドの裏側。

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