第10話 突然の◯◯宣言
「ふぅ、やっと退院出来たぜ……」
あれから二週間後、無事病院を退院した俺は懐かしの我が家に帰るべく徒歩で帰宅していた。入院中は差し入れの本を読んだりスマホをいじるくらいしかやることがない。ここしばらく眺めるものといったら殺風景な病室とその窓から見える景色くらいだったのでメチャクチャ退屈だったが、それもようやく解放された。
俺は安堵からホッと息をつく。これが久々のシャバの空気ってヤツだろうか。因みにだが、あれだけ痛かった全身も痛みが引いてもう既にピンピンしている。
内心テンションが上がっていた俺だったが、ふと隣を歩いていた美少女から声が上がった。
「結局、あれから一週間も経たないうちに身体中の痛みが引いて歩けるようになりましたからね。様子を見て二週間いっぱい入院しましたし、もう身体も大丈夫でしょう」
「あぁ、まぁな」
すらりとした体つきに絹のようにさらさらとした銀髪、その凛とした端正な顔を真っ直ぐに正面へ向けながら歩いている少女はリーナ・アンデルセン。俺が
本日は学校が休日の土曜日。二週間もあれば学校の空気にも馴染んできた頃合いだ。そんな彼女が何故、わざわざ俺が退院する日に付き添ってくれているのかというと———。
「なぁ、俺が襲われたことなんて気にしなくていいんだぞ。転校生」
「……別に、貴方の為ではありません」
真っ直ぐ進路方向を見据えたまま、憮然とした顔でそう返事を返すリーナ。その瞳にはやや落ち込んだような陰りが見え隠れしているのは気の所為か。
「あの時、私が警戒を怠っていなければ常盤さんが襲われることはありませんでしたし、こうして病院に時間を拘束されることもなかった。申し訳なさが一つもない、といえば嘘になりますが……これは私自身への罰なんです。次は、決して気を緩めることがないようにという、罰」
「はー、罰ねぇ……。真面目だなぁ。結果的に生きてんだから、そんな気にしなくても良いのに」
「だから言ったでしょう。これは貴方ではなく、私自身の問題なんです」
「お前あれだな、性格的に委員長タイプか?」
「イインチョー?」
こてん、とこちらを見つめて首を傾げるリーナだが、その姿ですら絵になるのはお人形さんみたいに可愛いからだろうか。
どうやら日本に慣れているといえど、その言葉の意味は知らなかったらしい。俺はそのまま言葉を続ける。
「生真面目で曲がったことが許せない、困っているヤツがいたらなりふり構わず助ける世話焼きみたいな感じかな」
「私はそんな聖人のような存在ではありません」
「良いヤツだけど、ちょっと面倒くさいタイプって意味だよ」
「めんっ……!?」
心外だ、とでも言いたいのか目を見開いて口をぱくぱくとさせるリーナ。歯に衣ぬ着せぬ言い方になってしまったが、大体合っていると思う。日本語とは難しい。
「こほんっ……。まぁそのような軽口を叩けるのも生きていたからこそですね」
「あぁ、生きていたからこそこうして転校生と一緒に家に帰れるし、顔を見て話せる。助けようとしてくれた感謝も伝えられる。……死んじまったらそれすらも出来ねぇ」
「…………」
「だから、色々ありがとな。こう見えて結構感謝してるんだぜ?」
「そう、ですか」
ふいっと顔を横に逸らすリーナだったが、耳が赤いのは残念ながら隠せていない。もしかして感謝され慣れていないのだろうか。
「……不思議な人ですね。一度は死にかけたんです。罵声の一つや二つ、殴られることも覚悟はしていたのですが」
「まだ言うか。助けようとしてくれて、病院にまで運んでくれて、毎日お見舞いにも顔を出しに来てくれたくらい優しいのに、そんなこと出来るかよ。むしろ美少女と話せて役得って感じだ」
「貴方って人は……」
呆れたように溜息をつくリーナだったが、その表情はどこか眩しいものを見つめるかのようだった。どうやら取り繕った言い訳と思っているようだが、紛れもない俺の本心である。
その生温かい視線に
「よし、久しぶりの我が家に到着だ」
「相変わらず立派な外観ですね」
「あぁ、義姉さんが契約してるマンションなんだ。俺が一人暮らし出来てるのもそのおかげ。世界中飛び回ってるから滅多に会えないけど、全く頭が上がらないよ」
養護施設で育った俺は以前、とある家族に引き取られた。家族構成は義父と義母、そして義姉である。義父と義母には時には優しく、時には厳しく育てられたが、奇しくも数年前に交通事故で他界。
当時高校生だった義姉と小学生高学年の俺だけが残された訳だが、紆余曲折あって現在義姉は世界中を飛び回ってお金を稼いでいる。部屋が広いタワー型マンションを借りられる程なので結構少なくない金額を稼いでいるようなのだが、義姉に仕事は何をしているのか聞いてもへらへらしながら「会社員」と濁されるだけ。
結局高校生になった今でも義姉がどんな職業に就いているのかは分からずじまいだが、きっと大きな貿易会社のようなところに働いているのだろう。
なんにせよ、月に一度は顔を見せにきてくれるのだ。俺にとってはただ一人の大切な家族。元気な姿を見せてさえくれればそれで良い。
俺とリーナはマンションのエントランスを通りながらも会話を続ける。リーナが現在住んでいる場所は不明だが、どうやら彼女もついてきてくれるようだ。
「あー、そういえば黑鳴は部屋の中にいるんだよな?」
「えぇ、常盤さんから預かった鍵で失礼ながらお邪魔して、黑鳴さんにはお留守番してもらってます」
「突然『一足先に戻りたいのじゃ!』なんて言うもんだから驚いたけど、まーあのまま病院にいても暇だったろうしなぁ」
身体の痛みが治りつつある頃、黑鳴はふと何かを思いついたようにしてベッドの上の俺にそう提案してきた。
俺が碌に動けない間、もし尻尾が付いていればブンブンと揺れていたであろう程に隠せぬ気色を浮かべながら俺の話し相手になってくれていた黑鳴。実は退屈だったのだろうか、と疑問を持つと同時にやや寂しさが去来したのはここだけの秘密である。
黑鳴が俺の部屋に居たのは1日にも満たないが、帰巣本能のようなものだろうか。
そういったこともあり一人では移動できない黑鳴を、俺の部屋までリーナに運んで貰ったという訳だ。
「でも悪いな、使うような真似をして。同性ならともかく、碌に知らない男子の部屋に上がるなんて嫌だったろ?」
「いえ、気にしないで下さい。異性の部屋に上がるのは初めてでしたが、きちんと整理整頓されていた清潔感のあるお部屋でしたよ」
「お、おう……なんか恥ずいな」
「?」
普段俺が過ごしている部屋に対しすました顔でそのように論するリーナ。見られて恥ずかしい物はないのだが、もしかして俺が意識し過ぎだったのだろうか。逆にこちらが照れてしまう。
俺の反応に不思議そうな表情を浮かべるリーナだったが、気にせずに歩みを進める。その足取りは部屋の場所を知っているためか、非常にスムーズである。
すると、リーナはふと笑みを浮かべた。
「ふふ、常盤さん。驚かないで下さいね」
「? 何がだ?」
「黑鳴さん、一生懸命頑張っていたんですから」
「だから何を?」
気になってそう訊ねるも、微笑ましげなリーナに「まだ秘密です」と言われてしまえば俺も口を噤むしかない。
あの刀の姿では一歩も移動することも出来ないというのに、一体何を頑張るのだろうか?
そうしてエレベーターで俺の部屋のある十六階層まで移動。やがて自分の部屋の前に立った俺は、リーナに預けていた鍵を返して貰うと施錠されていた扉に鍵を差し込む。
ガチャリ、と音が鳴り、部屋の扉を開けると同時に俺は口を開いた。
「そうだ転校生、折角だしあがっていけよ。ここまでついて来てくれたのに何もしないとなると義姉さんに叱られる」
「あ、そのことなのですが……」
「———優一〜〜っ!!」
「へぶっ!?」
何か言いたげなリーナを不思議に思う俺だったが、腹部への突然の衝撃にヘンな声が洩れてしまう。
一応言っておくが、全身の痛みは引いたとしても俺は退院してきたばかり。つまり病み上がりの状態である。久しぶりの帰宅に完全に気を緩めているところ、そんなハプニングが襲えば戸惑ってしまうのも当然だった。その如く、衝撃の勢いを殺せなかった俺はそのまま仰向けに倒れ込んだ。
痛みに思わず顔を顰める俺だったが、やがて腹部に感じるのしかかるような重みに気付く。きっと部屋の中から俺の腹に飛び込んできたのだろう。
「…………?」
「——————」
そこへ視線を向けると、椿の花がふんだんに散りばめられた華やかな黒い和服姿の長い黒髪の小さい女の子がいた。その幼女は俺の腹に馬乗りになりながら見下ろすようにしてくりくりとした紅い瞳でこちらを射抜いている。
初めて見る顔なのだが、不思議と恐怖は感じなかった。
視線が、交差する。…………もしかして。
「…………黑鳴?」
「———うむっ、久しぶりなのじゃ優一!! 驚いてくれたかの?」
「そ、そりゃ驚くだろ……っ! つーか人の姿になれたのかよ!?」
「なんとなく試してみたらいけたのじゃ!! 力の使い方を識った影響もあるじゃろうが、これもすべて妾の努力の賜物じゃの!!」
「もしかしてリーナが言ってたのって……」
そのままの体勢でリーナを見上げながら返事を待っていると、彼女は銀髪を耳に掛ける仕草をしながらそっとしゃがんで言葉を続けた。
「はい、黑鳴さんがどうしてもと言うので、私も協力しました。ね?」
「のー?」
「お前らいつの間にそんな仲良くなったのかよ……」
意思疎通がとれているおかげか、いつの間にか親密を深めていた黑鳴とリーナは顔を見合わせる。なんだか置いてけぼりにされている気分だ。
(……まぁ喧嘩しないだけマシか)
何はともあれ、この体勢を維持し続けるのは色々とまずい。もし他の住人に幼女に馬乗りされている光景を目撃されてしまったら———。
「…………ぴぇ」
「…………あ」
急いで左右に視線を巡らせていると、一つ離れた部屋の女性の住人と視線が合う。出掛けようとしていたのだろうか。彼女はぎょっとした表情を浮かべると、慌てて扉の向こうに消えてしまった。
なんともタイミングが悪い。
俺は思わずはぁ、と溜息をつく。彼女とは顔を合わせるのも数回程度の間柄だ。長身でスタイルが良い美人さんなのだが、確かおどおどとした気弱な性格といった印象である。決してわざとではないとはいえ、びっくりさせてしまっただろうか。本当にごめんなさい、
俺は黑鳴をどかして立ち上がるが、なんだか一気に疲労感がのしかかった。そうして俺は改めて口を開く。
「まぁ取り敢えず中に入って話そうか」
「あ、すみません常盤さん。先程言い掛けた内容なのですが」
「あぁ、そういえばそうだったな。で、何を言い掛けたんだ?」
二人を家の中に招きながら、玄関で靴を脱いでいた俺がそのように訊ねると、リーナは平然としたような表情で、次のような衝撃的な言葉を言い放った。
「———これから私、常盤さんと一緒に暮らしますね」
「………………………はぁ?」
まさかの同居宣言に俺の理解が追い付けなくなるのは必然だった。
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