第8話 『闇影の凶獣(シャドウ・ビースト)』




『ガルァァァァッッ!!!!!』

「ぐっ……っ、咆哮だけでなんて威圧感……っ!! 等級でいえばAクラスほどでしょうか……っ!!!」

『凄まじい気配じゃの……!』

「おい転校生ッ、お前あの化け物が何か知ってんのか!?」



 突如地上に降り立った正体不明の化け物。あの漆黒に染まった巨体から滲み出る溢れんばかりの強者の気配に俺の身体はこわばってしまうが、なんとか恐怖を必死に押さえつけながら背後にいるリーナに呼び掛ける。


 視線は目の前の化け物から決して離さない。一瞬、ほんの少しでも目を離してしまえば死んでしまうと俺の生存本能が訴えかけていた。


 幸いにも、化け物もグルル……と唸りながらこちらの様子を伺っているようだ。おそらく警戒しているのだろう。程度は不明だがどうやら生物としての知能も持ち合わせているらしい。


 リーナは目の前に佇む化け物に警戒しながら静かに呟く。



「あれは『闇影の凶獣シャドウ・ビースト』。ひとまず、人類の敵だと認識して頂ければ」

「よしわかった。で、俺はどうすればいい?」

「私がカウントしたら、反対方向に向かって全力でダッシュして逃げて下さい。この闇影の凶獣シャドウ・ビーストは私が食い止めますのでご安心を」

「いやいや食い止めるって、流石に女の子一人じゃ……っ!?」

「大丈夫です。こう見えて私、とっても強いですから。———三、二、一」

「おい、ちょっとまっ!?」

「零、今です!! ———ふッ!!!」

「クソッ!!!!」



 急なカウントダウンをされて慌てた俺だったが、振り向いた瞬間、すれ違いざまに銀髪を靡かせたリーナと視線が混じり合う。フッと細められたアイスブルーの瞳にはよく出来ました、と言わんばかりに暖かさが込められていて。しかしそれは一瞬。そうして彼女はすぐさま視線を逸らすとその瞳の奥に静かに闘志を漲らせた。


 不覚にもその凛々しい横顔に俺は見惚れてしまうが、気を取り直して目一杯逃げようとする。



「はぁぁぁっ!!!」

『ガァッッッ!!!!』



 直後、背後からガキンッ!!と鈍くて重い音が辺りに響く。思わず背後を見てみると、いつの間にか精製していた氷の剣で化け物の牙に激突させていた。


 なんとか拮抗しているようだが、いかに彼女が氷の異能を操るとしても相手はリーナの数倍は身体がでかい。華奢な身体でこのまま耐えていても質量で押し切られるだけだろう。



「ふ……っ!」



 リーナもそれはわかっていたようだ。彼女は拮抗状態からすぐさま氷の刀剣を滑らせて首元に蹴りを叩き入れると、重心を失った化け物の体勢が見事に崩れた。


 すかさずそのタイミングを狙い素早く背後に移動。胴体に狙いをすまし、腕を思い切りしならせて氷の剣を振りかぶるが、化け物もやられっぱなしではない。そのまま鋭利な剣先が化け物の身体に吸い込まれるかと思いきや、突如咆哮した。



『ガウアァァァッ!!!!!!!!』

「! くぅ……ッ、衝撃波を伴った波状攻撃……!! 凄まじい咆哮ですね……!!」



 化け物を中心にビリビリと空間が揺れる程の咆哮。その上まるで鼓膜が破れそうと錯覚する程の衝撃波が発生しており、その威力はアスファルトの地面が軋む程だ。


 俺と化け物との距離はある程度離れてはいるが、リーナはその衝撃波の範囲圏内。彼女はその綺麗な顔を顰めると、耳を塞ぐようにして氷の膜を作る。その隙を狙って化け物は自分の尻尾を鞭のようにしならせてリーナに攻撃すると、彼女はそのままバックステップで距離を取った。


 幸いにも鼓膜は無事のようだが、リーナのその表情は苦悶に満ちている。やがてトラの姿をした影の化け物は起き上がると、低く唸りながら鋭く赤い目でリーナを見据えた。


 ———ここまでの熾烈な攻防、体感十秒にも満たない。



「す、すげぇ……!」

「っ、常盤さん、逃げてくださいと言ったでしょう!! 死にたいんですかッ!!」

「わ、悪い……ちょっと見惚れてて、あとさっきの咆哮で脚がすくんで碌に動けねぇかも……!」



 なんとも情けない話だが、突如闇影の凶獣シャドウ・ビーストなんていう化け物と相対して尚且つ咆哮と共に威圧を浴びてしまったのだ。今はこうして電柱の影に隠れているのだが、足を動かそうにも碌に動く気がしない。少しでも動こうものならば腰が抜けそうだった。ついでにズキズキと頭も痛い。


 もう一度言うが、なんとも情けない話である。


 リーナは嘆息をつくと、化け物から視線を外さずに言葉を告げた。



「…………仕方がありませんね。なら常盤さん、そこから絶対に動かないでくださいね。必ず私が貴方を守ります」

「やだ惚れそう……!」

『こんな状況で何を言っておるんじゃお主は!?』

「———凍氷武装アイス・ウェポン:『氷刃脚ブレード』」



 リーナは凛とした声でそう呟くと、膝から下の両足に氷のブーツを纏う。

 ほっそりとしたリーナの脚に氷で出来た水色のブーツはよく似合っていた。その足裏部分には細長くて鋭いエッジがついており、さながらそれはフィギュアスケートのブレードにも類似している。


 向こうは競技に対してこちらは戦闘特化なのだろう。かかと部分などくの字に曲がった鋭利で透明な刃が飛び出していた。



「速攻で片を付けます。…………ッ!!」

『グォォォッッッッッッ!!!!!』



 そう言うと、手元の剣を氷解させたリーナは足元を軸に先程よりも驚異的なスピードで化け物に接近。どうやら足裏に付いたエッジは連続的に地面を蹴ると徐々に速さが上がる加速装置の役割を果たしているようだ。


 絹のような銀髪を靡かせて瞬時に化け物の前に接敵したリーナは、そのまま顔目掛けて回し蹴り。そしてクリーンヒット。


 悲痛な悲鳴を上げるトラの化け物だったが、彼女のその勢いは止まるところを知らない。そのまま姿が消える。



「す、すげぇ、残像しか見えないくらいのスピード出してるじゃん……!!」

『素早い移動で彼奴を撹乱、その隙に足の刃物で何度も攻撃しているようじゃの。威力は低いが、相手をじわじわと弱らせていくのに最適じゃな』

「黑鳴、お前アレ見えてんのか?」

『む……? そういえば見えておるのぅ。なんでじゃろ?』



 疑問の声を上げる黑鳴だったが、どうやら俺の視力では追えない光景が黑鳴には見えているらしい。


 確かによくよく化け物を注視していると、確かにその身体には細かい傷がたくさん付いていた。影のような真っ黒な色をしているので大変わかりにくいが、リーナが攻撃して出来た傷から少しだけ真っ白な霜が広がっている。


 その冷たさの所為で動きが鈍っているのか、今のところ化け物はなす術ない状態だ。



『それに、どうにもアレを見ておると……』

「ん、どうした黑鳴?」

『——————いや、なんでもないのじゃ。ただ……ほんの、ほんの少しだけ気分がしてしまってな』

「まぁ、漫画とかゲームで起こりそうな出来事が実際に起こったらなぁ」



 喋る刀に異能者、闇影の凶獣シャドウ・ビースト。正直まだ現実味はないが、実際にこうしてあり得ない場面に遭遇してしまえば信じざるを得ない。


 緊張感や恐怖はまだ拭えないが、目の前で激しい戦闘が繰り広げられているのだ。実のところ黑鳴のように内心では俺も高揚していた。男の子だからだろうか。


 ———やがて、目の前のソレは終演を迎えようとしていた。



「フィナーレです」

『グ、ガ……ッ、グォォ……!!!』



 超スピードでヒット&アウェイ戦法を繰り返していたリーナだったが、立ち止まっても息一つ乱れた様子もない。そうして真っ白な氷霜に覆われた闇影の凶獣シャドウ・ビーストを見据えると、天高く舞い上がった。


 ピキピキピキッッッッッッ!!!と足裏の氷刃を長く、鋭く、巨大に変化させると、そのまま敵に狙いを定めた。



「——— 氷刃ノ剛脚アイスエッジ・スタンプっ!!!!!」



 極寒の冷気を纏ったしなやかな刃脚を思い切り振りかぶると、ゴウッ!!!!!!!、と勢いよく踵落としの要領で空中から化け物に攻撃。一方、化け物といえば冷気に包まれて満足に身動きが取れないのか上を睨みつけながら低く唸るのみ。


 そうしてリーナの脚が吸い込まれるように化け物の脳天に直撃した。その瞬間、化け物全体を包むように氷に覆われて氷像と化する。そして頭から胴体へピシピシと亀裂が入った途端、闇影の凶獣シャドウ・ビーストはトラの姿を保てず、幾つもの欠片がバラバラと地面に転がった。


 リーナはふわりと着地すると、その身に纏った異能を解除する。肉片と化して息絶えた闇影の凶獣シャドウ・ビーストも、やがて身一つ残さずに塵となり空中へと溶けた。


 その光景を見届けた俺は、未だズキズキと痛む頭を押さえながら声を上げる。



「強っよ……!! 異能者ってみんなあんなに強いのか……?」

『うーむ、あのリーナとやら特に尋常じゃない力を保持しているようじゃの。おそらくまだ全力を出しとらんわ』

「マ、マジか……!」

「ふぅ……さて、常盤さん。怪我はあ———避けてッ!!!」

「ッ!?」




 こちらに振り返りながら安堵したような表情を浮かべていたリーナだったが、突如つんざくような悲鳴が焦った表情をした彼女の口から飛び出る。


 俺は慌てて後ろを振り向くと、眼前には闇影の凶獣シャドウ・ビーストが鋭い牙の生えた口を大きく開けて俺に襲い掛からんとしていた。どうやら先程のトラ型の闇影の凶獣シャドウ・ビーストはもう一体居たらしい。


 きっと物陰で息を潜めながら虎視眈々と俺たち獲物を襲おうとしていたに違いない。二人の気の抜いた一瞬を狙い澄まして、力を持たないであろう俺に襲い掛かってきたという感じなのだろう。


 それはともかく。



(———あ、死んだ)



 不思議と俺は目の前の出来事を冷静に把握していた。同時に、自分はもう助からないということを。



(……ごめんな、転校生。助けて貰ってアレだが、もしトラウマになったら死ぬほど恨んで良いから)



 リーナからしてみれば、折角俺を助けたのに背後から不意打ちで襲われて死んでしまったら後悔が残るだろう。……いや、俺はモブだからな。たかだが他人の命、たとえ同じクラスの同級生だったとしても今日会ったばかりだ。きっとその他大勢のうちの一人として認識されるか。


 でも。でもだ。



(———あぁ、少しでも彼女の心に残りたいっていうのは、ちょっと傲慢かな?)



 普通の男子高校生を自負しているが、そのまま忘れられるのも、ちょっぴり寂しい。


 さて、もうそろそろも、俺の死を以って終わりを告げる。まぁ悪くはない人生だった、と最後にゆっくりと瞳を閉じて、意識を手放そうとした瞬間———。












『———まったく、世話のかかる子です』



 今まで一度も聞いたことのない女性の声を最後に、俺の意識は沈んでいったのだった。


















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