第4話 「———見つけた」



 透き通るような可愛らしい声でそう自己紹介する外国人美少女リーナ・アンデルセン。紺の制服を身に纏った彼女はまるでモデルかのように見えるすらっとした体躯に、幼さがありつつも美人系の凛々しい顔立ちをしている。


 表情が乏しく必要最小限な自己紹介をしたせいで愛嬌がさっぱりないが、転校初日でそれは大丈夫だろうか。



(心なしか、なんだか教室の中寒いような……?)



 あっさりとした雰囲気の所為か空気がうっすらと冷たく感じる。


 リーナの自己紹介後、見事に教室は静寂に支配されていたがそれは一瞬だった。



『うぉぉぉぉ!!! 美少女キターー!!』

『キャー! お人形さんみたいー!! カワイイーー!!』

「…………?」



 どうやら俺の心配は杞憂だったらしい。一部の女子が気に入らなそうにリーナを見ていたのが気になったが、それ以外のクラスメイトによってライブばりの歓声に包まれた。

 びっくりしたのか黑鳴が『うにゃっ!? なんじゃなんじゃ、敵襲か!?』と脳内で騒ぎ立てるが、ちげーよと溜息混じりに返事を返しておいた。


 肝心の彼女といえば、この反応に驚いたのか瞳をぱちぱちとさせている。



「……これから騒がしくなりそうだな」

「おや、随分他人事だね。優一は興味ないの? 折角の外国人美少女なんだよ、話したいとか仲良くなりたいとかないの?」

「馬鹿言え、俺みたいな一般生徒Aにとっては高嶺の花に決まってんだろ」



 独り言が聞こえたのか、瞳を細めながら俺の方を向いて訊ねてくる煌吏。


 自分で言ってて悲しくなるが、残念ながら彼女のような美少女とモブ顔の俺では全く釣り合わない。



「へぇ、なら僕はいいんだ?」

「元々は煌吏から何度も話し掛けてきたんだろ。お前の美少女具合にもとっくに慣れたわ」

「……ふーん」



 素っ気なく返事してぷいっと顔を背ける煌吏だったが、耳が赤いのは何故だろうか。自分で美少女美少女言っているのだから言われるのも慣れているだろうに。


 ボルテージの上がったクラスメイトをよそに軽口を言う俺たち。

 煌吏の反応はさておき、ふと教壇の方へ顔を向けると———なんとリーナがアイスブルーの瞳でこちらを見つめていた。まるで、じっと観察するように。



「………………」

「………………っ」



 彼女とは初対面の筈なのだが、その瞳の奥にはどこか警戒の色が滲んでいるように見えるのは気のせいだろうか。俺は思わず肩をびくりとさせながらその理由を考えるが、さっぱり思い浮かばない。


 やがて歓声も落ち着いてきた頃、今の今までクラスメイトを気怠げに静観していた担任がようやく口を開いた。



「リーナ・アンデルセンさんは出身こそイタリアだが。母国語はもちろん、日本語も堪能だから気兼ねなく仲良くするよーに。それじゃ、アンデルセンさんの席は………」

「———彼の後ろの席が良いです」

「へ……?」



 驚くべきことに、リーナが凛とした声を上げながら指を差したのはどういうわけか俺の後ろの空いている席だった。


 それと同時に前にいるクラスメイトの視線が一斉にこちらへと向くが、圧が強くてやや恐怖を感じてしまう。後ろの他の席も空いているというのに、どうして俺の後ろとわざわざ限定して言うのか理解出来なかった。


 それはともかく。



「え、常盤くん居たの……?」

「いくら気まずいからって存在感消してるの草ww」

「休みじゃなかったんだ……!」

「うわー、まったく気がつかなかったー(笑)」



 きっとクラスメイトたちは今になって俺を認知したのだろう。目を見開いたり訝しんだり反応は様々だ。純粋な疑問の声を上げる者もいれば、噂を聞き齧ったのか揶揄からかい気味に口角を上げる者もいた。大半が驚きに満ちているが、嫌悪感がないのは不幸中の幸いか。


 中には榊原の告白を断るなんて何様だ、と言わんばかりに露骨な感情を見せる生徒もいたが、断ったのは事実なので何も言えない。


 ただし遊び半分にクラスメイトに便乗した煌吏、お前はダメだ。



「…………っ」



 ふと榊原も俺を視界に捉えたようで、彼女と視線がぶつかると彼女はショックを受けたように目を見開く。そうして驚愕の表情を浮かべると、何故か悲しそうに顔を歪めながらそっと前の方へ向き直した。


 その様子を見た俺は不思議に思う。どんな目的か不明だが、榊原は昨日俺へ嘘告を故意にしようとしていた筈だ。そんな彼女がどうしてそのような反応を示すのかわからない。


 俺は思わず訝しげな表情を浮かべながら首を傾げるも、その合間にも話は進んでいく。


 すると煌吏が思いついたように口を開いた。



「でも斎賀さいが先生、その席って明智くんの席ですよねー?」

「うーんまぁ滅多に学校に来ないから良いんじゃねぇ? 席が移動したことは俺から伝えとくわ」

「それで良いんすか!?」



 俺は思わず大声をあげてしまうが、おーうと斎賀先生は手をひらひらとさせながらテキトーに返事を返す。それで良いのか万年ヒラ教師め。


 因みに明智くんとは二年生に進級したばかりに一度だけ顔を合わせたっきりの男子生徒だ。どうやら病弱が原因で不登校らしいのだが、前に話した感じではとても大人しい性格で言葉遣いも優しくて良い奴だった。まさに線が細くて儚い笑みがよく似合う美少年という印象である。


 いないというだけで美少女転校生に席を奪われたり、あんなテキトー教師にぞんざいに扱われるなんてなんと悲しきことだろうか。



「………………」



 やがてリーナは俺の後ろの席へ向けて歩いてくる。ぴんと背筋を伸ばしながら綺麗に輝く銀髪を靡かせていた。


 そうして一切の視線を合わせずに彼女は俺の席の横を通り過ぎようとしたその瞬間、小さな声が聞こえた。



「———見つけた」



 思わず俺は身体が強張ってしまう。その言葉の意味を知りたくて咄嗟に後ろを振り向きたい衝動に駆られるが、このままホームルームが始まったのだった。

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