#6


 香織には不思議な特技があった。それは香織の淹れるコーヒーは何であれ何故か絶品になるのだ。そんなに不思議でもないかもしれない。だが、そうでもないかもしれない。一から豆を引いて淹れたら誰だってそれなりに美味いかもしれない。ただ香織はまめな性格でもないのでそんな面倒なことはしない。香織の淹れるコーヒーとは、最も手軽に出来る顆粒タイプのインスタントコーヒーになる。特に何か秘密のレシピがあるわけでもないのに、何故か香織の淹れるインスタントコーヒーは絶品だった。


 それ故か、料理があまり得意ではない香織が朝食の担当をしている。


「いやあ、香織さんの淹れるコーヒーはいつ飲んでも美味い!」

「インスタントですけどね」

「え?」

「インスタントです」

「インスタント? 聞いた事のない銘柄の豆ですね、インドネシアかな? いや私これでもコーヒーにはうるさい口でして、というのも医者とコーヒーとは切っても切れない関係があるのですよ、白衣にコーヒーって何となく似合うと思いませんか? いや、これも私のなんとなくのイメージですが」

「はあ、そうですか」

「でもこれは美味い! すみませんが香織さん、もう一杯お代わりいただけますか?」

「どうぞ、インスタントですけどね」


 香織は手早くインスタントコーヒーを作り何故かそこにいる笹原医師に手渡す。その最中に父の姿が目に入る。父は食パンを口に入れるそばからボロボロとこぼしていた。


「父さん、こぼしてるよ!」

「ん?」

「もう……」


 香織は布巾で父のこぼしたパンくずを集めた。父はそれを呑気に眺めてまたパンくずをこぼしていたが、何か思い立ったようで急に辺りを見渡す。


「コタがいない!」


 父はまた猫の虎太郎を探していた。一度気になりだしたら発作的に取り乱してしまい、手が付けられなくなる。そうなのだが、ここ最近はそんなことも無くなった。


「にゃおーん」

「コータ!」


 この家庭には新たに猫が加わったのだ。名前もかつて父が飼っていた愛猫そのままの「虎太郎」という。


「ごろにゃーん」


 虎太郎は父にすり寄り喜んでいる。父も同じく喜んでいた。ただそこに猫がいるだけなのに家庭が明るくなる。


「おお、よしよし、虎太郎、おまえはいい子だなあ」

「ごろごろにゃーん」


 だがそれは猫ではなかった。


「にゃにゃん、お義父さん好きだにゃーん」


 それは愛する夫の貴弘だ。


「……いいのそれで?」

「うん。僕はお義父さんの前では猫として生きるって決めたんだ」

「そんなに無理しないでよ」


 香織の心配も他所に貴弘は父に撫でまわされながらも笑って余裕を見せた。


「これくらいは当然だよ、でないと帳尻が合わない」

「なんでそこまでするの?」


 そう聞かれたら、こう返す、と貴弘は決めている。


愛故あいゆえよ」

「あいうえお?」

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家では飼えないの そのいち @sonoichi

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