地球ひとりぼっちサバイバルゲームのお知らせ
著/時雨沢恵一
「突然すみません。今ちょっと、時間ありますか?」
「は……? え……? なんだ、幻聴か……」
「いえ、幻聴じゃないですよ。あなたに話しかけていますよ」
「え……? ええ……? ああ、酷い幻聴だ……。俺、疲れてるのかな……」
「だから話しかけてるっていうのに!」
「だから誰だよ⁉ どこからだよ!? 今俺の部屋には、俺しかいねえよ!」
「直接脳内に。オッケーオッケー、聞こえるようなのでよかった。そっちの声も聞こえるので、話をこのまま続けるよー。敬語ってなんか面倒なので、もういいよね? 仲良くいこうぜ、ヒューマン」
「だ……、誰だよオメエ⁉」
「あ、神様だよ」
「なんだ、幻聴か……」
「だからそうじゃないって! 聞き分けのない人だなあ……。我は、この宇宙の創造主の一員。まあ、人間からすれば、神様って言って間違いのない存在。それが我々。――といってもね、君たち人間が信仰する特定の宗教の神様じゃないから、そこんところ勘違いしないように。オッケー?」
「…………。しばらく幻聴に付き合うか……。理由は特にないが、独り言もしたい年頃だしな……」
「それ、わかるわー」
「何がだよ! ――で? その偉大な宇宙の創造主な神様が、俺みたいな一介の人間に、一体何の御用ですかね?」
「今の、“偉大”と“一介”と“一体”で韻を踏んでる?」
「話を進めろや」
「えー、こほん。――君、ゲームに参加しない?」
「は? ゲーム……? つまりそれは……、あんた達が主催するゲーム?」
「お、正解! よく分かったねー!」
「まあ、創造主が、『外出て缶蹴りやろうぜ!』とは言わんだろうよ。で、どんな?」
「生き残りサバイバルゲーム!」
「被ってる被ってる。生き残りとサバイバルは一緒だ。そしてなんも想像がつかん。具体的な説明をしろ」
「オッケー。説明するから聞いてね。――ゲームのスタートと同時に、この地球上に人間は君一人だけになる。他の人間は全員、跡形もなく消えてしまうと思ってくれていい。一瞬でね。その時にみんなが着ていた服が地面に落ちる、みたいなイメージでオッケー」
「……で?」
「消えるのは人間だけだから、他の動植物はそのままだし、自然環境も継続するよ。ただ、人間だけが、君以外いなくなる。そして時間は普通に流れていく。そんな地球上で、君はたった一人だけで、どれくらい長く生き残れるか? それを競うゲームだよ」
「なんとまあ……。アンタ達が本当に創造主なら、そんなゲームも開催できるんだろうよ。確かにサバイバルだな。でも、“競う”って誰とだ? 地球は、俺一人になるんだろ?」
「いい質問だね。他にも参加者はいるんだ。他の人には、その人だけの別の地球を用意するよ。そして、全員が一斉にスタートする。たくさんのゲーム会場になる、たくさんの地球を用意して、皆はそこにそれぞれ配置されるってこと。さっきは分かりやすくする為に、“他の人間が消える”って言ったけどね。まあ、結果的には同じことでしょ?」
「スケールのでかい話だな……。その参加者は、何人くらいだ?」
「まあ、最初の開催だから、とりあえず、全世界で千人でやってみようと思ってる。今頃、地球のあちらこちらで、我々の仲間から同じように話しかけられて、同じように説明を受けているはずだよ。もちろん断られる可能性もあるので、千人キッチリ集めるまで続けるけどね。千人目が決まった瞬間から、ゲームスタート」
「そのウチの一人が、俺だった、ってワケか……。なんで? 理由はあるのか?」
「ないよー。完全に、運。適当にサイコロを振って決めたと思って。だから、国籍年齢性別能力、一切関係ない。強いて言うのなら、この会話が成立して、ゲームの参加を自由意志で表明できる人しか参加できない、ってことくらいかなあ」
「じゃあ、五歳の子供が選ばれることも?」
「ある」
「じゃあ、明日にも老衰で死にそうな爺さんが選ばれることも?」
「ある」
「大怪我で動けず、ベッドの上で唸ってる人が選ばれることも?」
「ある」
「ムチャクチャだな……。ある意味平等かもしれないが……」
「じゃあ参加する? サクッと参加しちゃう?」
「早えよ! まだほとんど何も分からないだろうが! 勝利条件とかもな!」
「おっと、そうだった。まだ、全然説明していなかったね。ごめんごめん」
「あんたら神様って、みんなそんなヌケてるのか?」
「君たち人間について、たくさん勉強したんだよ。“ヌケ感が重要です”って、ファッション雑誌に書いてあった」
「もっと勉強しろ」
「さて、ゲームに参加したら、君一人だけの地球で生きて、生き続けて欲しい。それ以外は、何をやろうがオール自由だよ。その地球にあるものは、全部君の物だ。好き勝手に使っていい」
「つまり、食べ物や飲み物は、店から略奪し放題ってことか……。物も使い放題。好きな車を勝手に乗り回して、誰もいない道で何キロ出そうが自由……」
「そうだよ。“他人と触れ合う”以外の行動は、なんだってできるよ」
「それだけ聞いたら、楽しそうだけどな」
「でもね、世界から自分以外の人がいなくなるってことが、どういうことかは分かるよね? 参加する前に、そこは理解しておいて欲しいんだけど」
「まあ……、想像は、つくな。電気やガスや水道は、そのうち止まるんだろうな……」
「イエス! その通り! それだけではなく、世界中のありとあらゆる人工物は、人の手が入らないと朽ちていくよ。そして大自然は、容赦なく猛威を振るう。でも、君はたった一人だ」
「…………」
「時が過ぎるにつれて、だんだんと生きるのが大変になっていくと思うので、最初から油断せずに、頑張ってね!」
「まだ参加するって言ってねえ。肝心なことを聞くぞ。参加者は、ひとりぼっちの地球でもし何かあったら、死ぬのか? そして、死んだらどうなるんだ?」
「いい質問だね。よくぞそこに目を付けた。褒めてつかわすぞ」
「誰でも気付くわ! 上から目線で偉そうに。一体何様だ⁉」
「だから神様」
「うるせえ。――参加者は、死ぬ事はあるのか?」
「人はみんな死ぬ。遅かれ早かれ。それが運命……」
「そういうの、今、いいから。――どうなんだ?」
「うん。ゲーム参加中、死ぬかもね!」
「カジュアルに言うな! 死んだらどうなるんだよ⁉」
「ゲームオーバーだね」
「で? どうなる?」
「スタート地点に、つまりはこの人がたくさんいる地球に、開始した時間に、開始した姿形と年齢のままで戻ってくる。何も持ってくることはできない。そして、そこから普通の地球で普通の人生を歩み出すだけだよ。ゲーム中の記憶はそのまんまで、人生リスタート」
「俺の人生がそこで終わる、ってワケじゃ……、絶対にないんだな……?」
「そりゃそうだよー。これはゲームだからね。命を賭けるようなアクティビティじゃないから。そもそも、デスゲームだと、参加者が集まらないよ」
「その話、本当だろうな……?」
「神様は嘘をつかないよ。今まで、嘘をつく神様に会ったことは?」
「スルーする。――そうか……、その地球で死ぬことで、ゲームは終わるのか……」
「そう。参加中に、飢えや病気や事故で死んだら終わり。自殺しても自由意志で終わりだけど、それが怖い人のために、『降参』って十回連続で口に出したり書いたりすれば、終われるようにもしておく」
「なるほど。――でも、一つ解せないな。あんたらが本当に創造主だとして、人間にこんなことをさせて……、何が楽しいんだ? 何が目的なんだ? それが知りたい」
「いい質問だね。――観測だよ」
「“観測”……?」
「そう。例えばだけど、大きな湖にたくさんの魚がいたとする。そのうちの一匹だけを、魚のいない別の大きな湖に移したら、どんな行動を取るだろう? 何を食べて生きていく? どれくらい生きていける? それを調べる、みたいな」
「分かるような、分からないような……」
「あとね、誰が最後まで生き残るか、みんなでトトカルチョ!」
「おいテメエ」
「創造主も暇な時ってあってね、時々こうして、力をレジャーやリフレッシュメントで使うんだよ」
「それは知りたくなかったよ。つまりは、あんたらの楽しみのための駒ってワケだ。ゲームの参加者は」
「そうだねー」
「クソムカつくな。それ、参加する人いるのか? いると思うか?」
「思うよ。だって――」
「だって?」
「一生懸命頑張ったら、見返りがあるからね」
「何?」
「まだ言っていなかったけど、参加してくれるのなら、ゲーム後に一定の条件下で、報酬を渡すことにしているんだ」
「……どんな?」
「おっ、目の色が、変わったね?」
「どっから見てんだよ⁉ いや、そんなことはどうでもいいから、質問に答えろ。報酬はどんなだ?」
「特別な力とか与えるわけにはいかないから、大変にベタだけど、お金を出すよ」
「……幾らだ?」
「ゲーム参加中、一日過ぎるごとに、日本円にして百万円」
「百万円……? 一日で……? マジか?」
「マジだよー。二十四時を超えたら加算されて、ゲーム終了後、つまりはこの地球に戻ってきたら、何らかの方法で受け取ってもらうよ。君なら、今ある銀行口座に振り込んでおくよ。“宝くじ当選金”ってことにしておくから、税金もかからない」
「なんだよ、その細かい親切は。――じゃあ、ゲームに参加して、その世界で十日くらい遊び倒せば、それだけで一千万円……。一月なら、三千万円……」
「おっと、激しく涎を垂らしているところを悪いけど、そうはいかないんだ」
「垂らしてねえよ!」
「それじゃほとんどの人が、一人の地球を適度に楽しんで、ちょいとでも辛くなってきたら、さっさとゲームを終えちゃうでしょ?」
「そうだろうな。俺も、もし可能なら一年ぐらい必死に耐えて、三億円もらって良しとしようと思ってた。よっぽどの借金がある人以外、無理して長く留まろうとは思わないだろう」
「それじゃあ困るんだよ。こっちはね、誰がどれだけ長く生き残れるか、本気で賭け――、観測したいんだからね」
「テメエ、今、“賭けたい”って言おうとしたろ?」
「というわけで、全力で生き残れる日数を競ってほしい。だから報酬は、一定期間が経たないと発生しないルールにしたよ。それまでは“好き放題に楽しんだ”ってのが、唯一のご褒美ってことで」
「一定期間って……、どれくらいだ?」
「十年」
「は……? は? 今……、“十年”って言ったか……?」
「言ったよー」
「十年って、いわゆるあの、十年か? テンイヤーズ?」
「その十年。地球の公転十回分。ゲーム開始後十年が経ったら、初めて報酬が発生するからね」
「たった一人で……、誰もいない地球で……、十年間……、生き残れと……?」
「言ったでしょ? サバイバルだって。それくらいは、必死になって頑張ってもらわないとねえ」
「十年……」
「一年の報酬が平年で三億六千五百万円だから、二回閏年を挟んだとしての十年分、このゲームの最低報酬は三十六億五千二百万円だね」
「さ、さんじゅうろくおくえん……、まあ、確かに、十年分の報酬なら……。そして、元に戻ってこられるのなら……」
「それでね、見事に十年以上生き延びたら、その先は報酬を倍にするよ」
「な、に……?」
「十一年目の初日から、毎日二百万円、受け取れる額が増えるってことだね。だからもし、二十年を過ごせたら――」
「それまでの三倍ってことで、百億円以上……」
「お金のコトだと、普段より計算早いね」
「俺の普段を知ってるような口ぶり止めろ」
「そんで、二十年から三十年までは、さらに倍で一日四百万円になるから、その十年間だけで百四十億円以上。ということで、もし、三十年間生き延びられたら、受け取れるのは二百四十億円くらい。四十年以後はさらに倍で――」
「分かった、もう分かった……」
「さらにさらに、最後の十人にはボーナスを出すよ。十位から四位までは、報酬三割増し。三位は四割増し。二位は五割増し。一位になったら、もらえる金額を倍にするよ!」
「…………」
「どう? やる気出るでしょ? 大金目当てに、頑張ってサバイブして欲しい! ラスト三十人くらいになったら、メッチャ盛り上がるだろうなあ! そのために、自分以外に今、何人がゲームに残っているかは、最初から分かるようにしておくね。体のどこかに、刺青みたいな数字が浮かぶとかしてさ」
「報酬が凄まじいことは……、よく分かった。実によく分かった……。でも最低でも十年だぞ。これは、若い人ほど有利じゃねえか?」
「かもねー。でも、知識と経験を考えれば、若さが絶対に有利とは限らないんじゃない? ゲーム中は、何もかも一人でやらなければ、あるいは一人で学ばなければならないからね。物資があっても使えなければ意味がないよ。今までの人生で身についた知識と経験が、有利に働くことだって十分考えられるよね?」
「まあ、確かにな……。その辺の中学生より、医者とか農家とか軍人とかが、有利かもしれないな……。完全ランダムなら、そんな人もいるかもしれないな……」
「そういうこと。それでも、実際どうなるのかは、ゲームを始めてみないと分からないね。十年以上生き残れる人が、そもそも一人もいない可能性もあるからねえ」
「楽しそうだな?」
「分かる? 実は、“誰も十年生き残れない”って方にも賭けられるんだ!」
「そうかよ。まだ質問はあるぞ。――準備した物は、持っていけるのか?」
「はい? 何言ってるの?」
「あ、そうか……。ゲーム開始時に、そのまま、そこにあるんだな……」
「そうだよー。だから、それ以外の準備がとても重要だね。例えば――」
「必要な情報を集めるとか、だな……。電気とインターネットが使えるうちに、調べられることは調べておきたい」
「そういうこと」
「なあ、一人だけの地球に行くって、ほとんど異世界に行くようなものだろ。最近流行りの、特別な能力とか、もらえないのか?」
「そういう設定は、残念ながら我々のゲームプランにないよ。我々は、日本の若者小説や漫画については詳しくないんだ。だから、ゲームの開始時にトラックに撥ね飛ばされたりもしない」
「十分詳しいじゃねえか!」
「でも、既に君は持ってるじゃん。特別な能力」
「は?」
「君はこの国、日本で生まれ育って学校にも行っているから、母国語たる日本語の読み書きが問題なくできる。なので、本から大量の情報を得ることができる。それって、既に凄い能力なんだけどね。それができない人達が参加することもあるわけだし」
「俺が言いたかったのは、それプラス、だったんだがな……。まあいいか。本が読めるってのは、助かる能力だ」
「ジャングルの中とか南洋の島国とか、今も自給自足の生活をしていて、そこから参加する人もいるかもしれないしね」
「したら、そのまま生きれば良いだけじゃねえか! 有利だ!」
「だよねー。でも、さっきも言ったけど、それもこれも含めて、運だね」
「運か……。改めて考えると、今も自給自足の生活をしている人が、報酬の大金欲しさにそんなゲームに参加するとも思えないけどな」
「わっかんないよー? 大金持ちになって、自分達が生きる環境を保全したいって頑張っちゃうかも? あるいは、買いたい自家用ジェット機がある! って」
「後者はほぼねえ」
「だいたい説明は以上かなー? なんか、質問ある?」
「いや……。ない」
「じゃあ、こっちから訊ねよう。イエスかノーかの質問だ」
「今すぐ答える必要があるのかよ!」
「イエスなら参加確定。ノーなら、この会話の記憶は全部消すよ。今から、三分以内に答えてほしい」
「早えよ!」
「このゲーム――、やる?」
時雨沢恵一の定位置「時々ここにいます。コッソリ覗いてみてください」 時雨沢恵一/IIV編集部 @IIV_twofive
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