時雨沢恵一の定位置「時々ここにいます。コッソリ覗いてみてください」
時雨沢恵一/IIV編集部
時雨沢恵一の定位置〈NOVEL〉
ニコニコ超会議の生番組から生まれた“幻”の特別掌編
赤髪チーズフォンデュ
まえがき
突然の作者の
今回お届けする、とても面白くて(自己評価)感動する(自己評価)短いお話、
『赤髪チーズフォンデュ』
このお話は、とあるイベントが元で生まれました。
今から二年前の、2020年。
『ニコニコネット超会議2020』
というイベントの、
『超ⅡⅤ特番生放送@ニコニコネット超会議2020』
という生放送番組で、
“私(時雨沢)と、イラストレーターの
という企画でした。“という”が三連続ですみません。
そこで描かれたイラストが――、
“可愛らしい赤髪の女の子が串に刺したフランスパンを持って、チーズ鍋の中に浮かんでいる”
という、どのご家庭でも普通にありそうなシチュエーションです。
え? ないですか? そうですか。
そして、そのイラストにインスピレーション的着想を得まして、
「黒星さんが描いたのなら、オイラは書いてやらあ!」
とばかりに、頼まれてもいないのに書き上げてツイッターで発表したのが、この作品『赤髪チーズフォンデュ』です。
今回はそれを、文字数制限という
あのとき読んでいただいた方も、今回初めて読む方も、楽しんでいただけたら何よりです。
あと、チーズフォンデュ食べたくなってくれたら何よりです。
それでは本編をどうぞ! 時雨沢でした。
* * *
『赤髪チーズフォンデュ』
著/時雨沢恵一 イラスト/黒星紅白
天気はよく、気温はほどよく、風も強くない、最高の日曜日だった。
私は、チーズフォンデュを食べようと思い立った。
なぜなら、それほど長いとも言えない今までの人生で、一度も食べたことがなかったからだ。
一度くらいは、食べておきたかった。
食べたいが材料はない。そもそも、私の冷蔵庫にはもう何も残っていない。
幸いにもスーパーはすぐ近くにあるので、行って買ってきた。
記憶を頼りに適当に、実に適当に食材を用意して、チーズを大きな鍋で温めて――、
さあ
鍋の底から、女の子が
人参のように赤い髪をした小さな女の子は――、
黄色いチーズの中で仰向けに浮かびながら、串の先に刺したフランスパンを高々と持ち上げながら、言った。
「お前が入れようとしたのは、このパンか?」
「いいえ、普通の人参です」
「正直者め! 今すぐここから出ていけ!」
「突然キレないでください。ここは私の部屋です」
私は、まだチーズの上に浮かぶ、小さな赤髪の女の子に訊ねる。
「あなたは……、誰ですか?」
「見て分からぬか?」
「まったく分かりません」
「これだから現代っ子は……」
「歳を取っていれば分かるんですか?」
「事はそんな簡単ではない」
「どっちなんですか? それより、あなたは誰ですか?」
「見ての通り、私はチーズフォンデュの精霊だ。普段は決して人間に姿を見せないが、時々こうして鍋から出てくる。毎月第四火曜日にな!」
「今日は日曜日です」
「細かいことを気にするな」
「あのう……、熱くないんですか?」
ぐつぐつと煮えているチーズ鍋に浮かぶ女の子に、私は聞いた。
聞いた後にすぐ、馬鹿な質問をしたなと
チーズフォンデュの精霊なら、そんなことを気にするわけがないからだ。
「熱い。メッチャ熱い。マジ茹だる」
「あ、やっぱり熱いんですか」
「どうして出てきたんですか? 正直、邪魔なんですが」
私は、人参を刺した串を手に訊ねた。
「お前はこれを一人で食べてはいけない」
赤髪の小さな女の子は、フランスパンを刺した串を手に答えた。
「チーズフォンデュは、一人で食べるものじゃない。みんなでワイワイ食べるものだ」
「一緒に食べてくれる人は、もういませんよ」
私が答えると、赤髪の小さな女の子は、チーズの中で首を横に振った。
彼女の目に、熱いチーズの
「う熱ちぃ!」
悲鳴も飛んだ。
それでも、彼女は言う。
「今すぐ友達を呼んで、一緒に食べろ。一人で食べるな」
「誰も……、来てくれる人なんていませんよ」
私は答えた。
「いいから連絡しろ!
あまりにうるさいので、無駄だと分からせるために、時々学食で一緒に食べるくらいの間柄の人に、しぶしぶメッセージを送った。
チーズフォンデュ、食べに来ない? と。
『行く! すぐに行くね!』
返事に
それほど近い場所に住んでいないはずだが、小一時間で飛んできて、もっと吃驚した。
「心配していたんだよ! 女同士! 朝まで話そうぜ!」
言われて分かった。
彼女は知っていたのだと。
私が、人生で初めて付き合った相手に、つい先日こっぴどくフられたことを知っていたのだと。
これを最後の
気付いていたのだと。
「まずは食べよ! ああ、いい匂い!」
言われた私は、チーズの鍋を見た。
そこに赤髪の小さな女の子の姿はなくて、
「あ……」
ただ、親指を立ててチーズに沈んでいく手の先だけが見えた。
それから二人で、いろいろなことを話しながら、チーズが完全になくなるまで食べたのだけど――、
彼女はいなかった。
あれから、人生で何度もチーズフォンデュを食べた。
赤髪の女の子は、一度も出てこなかった。
それでも、我が家では、毎月第四火曜日は、チーズフォンデュだと決めている。
子供達はどうして? と聞いてくるが、いつも
「さあ、食べようか!」
まずは、彼女の髪の色にそっくりな人参から。
おしまい
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