第9話 時間旅行のからくり

「気が付いたか」


 朦朧とした意識で顔を上げると、ブラウン管テレビが置いてあり、その後ろに時子さんが佇んでいた。


「『過去』のあなたではなく、『現在』のあなたが車にはねられたことによって『現在』が大きく変わってしまうため、『時間旅行』を強制的に終了した」

「時間旅行……」

「まだ意識がはっきりしていないか。そのまましばらく休んでいるといい」


 時子さんが部屋を出ようとしたところで、私は独り言のように呟いた。


「……私、今回の時間旅行が初めてじゃないんですね」

「………………」


 規則正しい足音が近づいてくる。


「そうだ」

「今も、作り物の『私』がこの世界のどこかで私の代わりを生きているんですか」

「そうだ」

「なぜですか? 私はここにいるのに。私の代わりなんて、必要ないじゃないですか」

「あなたが万が一『現在』に戻りたいと言い出した時の保険だ。時間旅行者が希望するならば我々はそれに応えなければならない」

「……どういうことですか」

「『時間旅行』がどのように成り立っているか、知りたいか」

「教えてくれるんですか」

「別に構わない」


 時間旅行のカラクリなんて、機密レベルの情報に決まっている。どうしてこんなにもあっさりと教えてくれるのだろう。他のことは「企業秘密だ」とか「教えることが出来ない」とか言っていたくせに。


「……今、この『未来』も電気信号によって見せられているものですか」

「いや違う。そしてそれは不可能だ。我々は既に存在するものしか見せられない。そもそも『未来』は存在しないから、見せることは出来ない」

「未来は、存在しない?」

「そう、『未来』は存在しない。あるのは『現在』と『過去』だけ。三十年ほど前、『時間旅行』をしたあなたが『未来』だと思っているこの場所は、今のあなたにとっては『現在』だ」

「…………」

「『未来』だと思われているものは、『過去』と『現在』を総合的に判断・分析し、導かれた『予想』である。また、実際にこれから起こる『未来』は『現在』を繋ぎ合わせたものに過ぎない」

「ど、どういうことですか」

「今日、あなたが『時間旅行』をしない判断をしていたならば、その後は館を見学してから帰路に就く『未来』が予想できる。しかし、実際には『時間旅行』を行った。これから何が起こるか、何か起きているかはその瞬間、つまり『現在』にしか分からない。あくまで『未来』は『予想』でしかない。結論として実質的な『未来』は存在しないことになる」


 実質的な未来は、存在しない……。


「あなたは『過去』に行った。しかし、『時間旅行』をしない『未来』もあったはず。だが、あなたは『過去』に戻り、その時間軸の中を進んだ。果たしてそれは、『現在』と言えるのだろうか? また、その時間軸内でこれから起こることを『未来』と呼べるのだろうか? もう既に起こってしまったことだから、それは『過去』としか言いようがないのでは? 『時間旅行』をしない、存在し得た『未来』はどこへ行ってしまったのだろうか?」

「そんなたらればの話、実際に起きてないから何とも言えないじゃないですかっ」

「そう。正にその通り。全て『IF』の話であり、『予想』でしかない。存在し得た『未来』、時間の分岐は存在しない」


 時子さんは一呼吸置いた。


「『未来』は『現在』の継続でしかないのだ」

「ちょっと待って下さい。じゃあ、どうやって未来に行くんですか。過去のように記憶を見せることが出来ないのなら、一体未来は何なんですか」

「『未来』への行き方は、簡単に言えば『冷凍保存』だ。細胞の動きを限りなくゆっくりにし、成長を遅らせる。そしてその時になったらまた活性化させる。しかし、それにも限度があり、百年を超える場合は多少老いが生じるのはそのためだ」


 そんなSFみたいな話が現代にあるなんて……。


「時間旅行者の代わりを生きる話だが、『未来』へ『時間旅行』をした場合に発生した時間、『空白の時間ブランク』の間は、我々が開発した人工知能搭載の人形ロボットが代わりに生活をしている。というのも、『未来』へ行って『現在』に戻りたいと言う者がいるためだ。その時、『現在』を見せる必要がある。その情報収集として人形を使うのだ」

「でも、人形ってすぐバレるんじゃないですか」

「時間旅行者の『記憶』を読み取り、人形に書き込むと、人工知能が行動や思考パターンを分析し、行動や考えを予測し、まるで本人オリジナルであるかのように振る舞うことができる」

「そんな非現実的なこと……」

「分析精度は限りなく百パーセントに近い。その証拠に、人形たちは人形であることに気付かれることなく社会に溶け込むことができている。今度はその人形の『記憶』を時間旅行者に投影すれば、あたかも『現在』を生きていると錯覚させることができる。また、今までに人形の『記憶』を投影した者は、まさに『シナリオ通り』行動・思考している」

「でも、その通りじゃなかったら?」

「その時は適切に処理する。だが、今までに事例は無いから心配する必要は無い」

「未来へ行って現在に戻って生活を続けるとなったら、死ぬまで人形の記憶を見せられているということですよね? それじゃあ、夢の中を生きているようなものじゃないですか! そんなの、生きてるって言わない! 現実じゃない!」


 時子さんは大きい目を更に大きくした。


「現実? 何をもって現実だというのか? 現実と夢の違いは何なのだろうか?」


 現実……夢……。違い? もう、嫌だ……。何でこんなこと……。頭が破裂しそう……。


「現実であるかどうかは、我々にとってもはや問題ではないのだ」


 私は消え入りそうな声で尋ねた。


「何で、こんなこと教えてくれるんですか……」

「本来ならば企業秘密だが、あなたは知りすぎてしまった。話しても話さなくても変わらないと判断したまでだ。どうせなら、全てを知りたいだろう?」


 時子さんが一歩近づいた。私はその場から動けなかった。こんなことを知ってしまったら、ただじゃ帰してもらえないだろう。そもそも、私はどこへ帰ればいいのだろう……。


「私は、どうなるんですか」

「もちろん、我々が


 時子さんの無機質な瞳が迫ってくる。体が、動かない。目が、離せない。吸い込まれる。吸い込まれる。吸い込ま――――

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