第4話 三年前の七月十三日

 忘れもしない三年前の七月十三日、私は車にはねられたらしい。らしい、というのは、幸い大きな怪我はなかったが、頭の打ち所が悪かったせいで記憶障害を患ってしまったため、事故当時の記憶や前後数日の記憶が抜け落ちているのだ。


 そして恐ろしいことに、犯人は誰なのか未だに分かっていない。


 事故現場周辺には防犯カメラが無く、車通りも人通りも少ないので目撃者もいなかったこともあり、捜査が難航していた。結局、何週間も経たないうちに捜査は打ち切られてしまった。


 生活する上で何か支障があったわけではないが、今でも当時のことを思い出そうとすると頭痛がする。まるで、思い出すな、と言わんばかりに。そして、赤い車を見てもそれは起こる。私をはねた車の色ではないかと考えている。


 聞いた話によると、はねられた場所は普段私が行かないような所だった。何の用事があってその地に訪れたのか、そしてなぜはねられるようなことになってしまったのか、本当に何も分からない。ただの事故だといいが、それだけではないような気がする。





 ザアァァァァァァァ……――――


「長旅ご苦労」


 はっと意識を取り戻し、声がした方を見ると、見覚えのある女性がそこに佇んでいた。


「ここは……?」

「『現在』より三年前の七月十三日だ」


 そうだ。私、過去に戻ったんだ。……でも、本当に?


「荷物を返そう」


 この部屋に来た時のように、木製のワゴンが私のバッグを乗せてひとりでに向かってきた。ぺこりと軽く頭を下げて受け取る。


「それでは、外まで案内する」




 館の玄関手前で、時子さんはくるりと振り返った。


「この端末に『3470』と打ち込めば『時間旅行』を終了することが出来る。もちろん、この館に戻ってきても可能だ」


 そう言われ、ポケベルに数字のボタンが付いたような小さな端末を差し出された。私がそれを受け取ると、時子さんは片手で重い扉をいとも簡単に開けた。


「どうぞ」

「……ありがとうございます」


 一歩外へ出ると、夏のジメジメした熱さが全身に押し寄せた。眩い真っ青な空に目を細めていると、背後で扉が閉まる音がした。私は理由もなく振り返って扉を確認した後、端末をポケットに仕舞い、歩き出した。


 滅多に来ない銀座の街並みは、来た時とあまり変わっていないように思えた。しかし、映画の告知を載せたトラックに書かれた日付を目にし、どうやら本当に三年前に戻ったことを実感した。



 自宅に戻り、バッグから鍵を取り出す。この時間に「私」は家にいないはずだ。鍵を差し込み、回した。


 部屋の中を全体的に見て、変わった様子がないか確かめる。期待していたようなものは特に無かった。そこで、私は机の上のノートパソコンに手を伸ばした。


「何、これ……」


 開かれたままのワードファイル。そこには想像を絶する内容が書かれていた――。


 同僚の話によると、歳は私より大分上だが私にそっくりの女性がいるらしい。そしてその人は何週間か一度に銀座へ赴くという。様々な情報を集め、考察した結果、その女性は血縁関係の無い、私によく似せて作られた存在だろうという結論に至った。そして時間旅行の三十年間、「私」の代わりを生き、現在も「私」として生活をしている、という内容だった。どういうことかさっぱり分からない。


 私は過去にも時間旅行をしたことがある? しかも未来へ? 「私」の代わりを生きている存在? 私の知らないところで何かが起こっている。それともあの事故で記憶が飛んでいるだけ?


 記憶と言えば、時子さんが私の記憶を見る、と言っていた。過去へ行くためには記憶が必要……?


 読み進めると、どうやら今日、七月十三日、「私」は『私』に会いに行くらしい。だから普段行かないような場所へ行ったのか。でも、会いに行ったところでどうするのだろう。それで何かが変わるわけでもないだろうに――。


 ゴクリ、と喉を鳴らす。私はすぐさま時間旅行の館へ向かった。

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