第5話 『過去』

「時子さん!!」

「ようこそ、『時間旅行の館』へ。『時間旅行』の終了を希望か?」

「過去を変えても現在には影響しない。そして過去は変えられない。過去は繰り返すことしかできない。そうですよね?!」

「そう。既に起こった『過去』は変えられない。また、全く同じように『過去』は過ぎていく」

「……私の記憶をもとにこの『過去』は作られているんですね?」

「…………」

「ずっと気になっていたんです。何で時間旅行に記憶が必要なんだろうって。過去が私の記憶で作られているのなら、辻褄は合う。でもそれだと私の見たもの、体験したことの情報しかない。三年前の銀座の街並みを私は知らない。他にも何かあるんじゃないですか?」


 時子さんの大きな目が少し見開かれた。


「我々は膨大な情報のデータベースを所持している。時間旅行者から直接搾取した記憶、ニュースの情報、防犯カメラの映像、新聞記事、ネット上の投稿など、あらゆる媒体の情報を全て記録している。そのデータベースを、我々の開発した人工知能が判断・分析・演算を行い、その結果を電気信号として時間旅行者の脳に送り、『時間旅行』に反映させている」

「実際には起きていないということですね?」

「……この場の話をしているならば、その通りだ。だが、全ては出来事だ」

「じゃあなぜ感触はあるんですか! 壁紙のザラザラが感じられるのも、自分をつねっても痛いのはどう説明するんですか?!」

「触覚というのは、感覚細胞から脳に送られた電気信号によって感じているもの。つまり、実際に触れていなくても脳にその電気信号を送れば、『触れている』と感じる。その原理を利用し、我々はあなたの脳に電気信号を送っている」

「そんなの……どうにだってできるじゃない!」

「その通り。ヒトの感覚というのは所詮そんなもの。ヒトの体というのは、案外作りが雑だ。だから騙し絵なども成立する。『時間旅行』はその性質を応用して行われている」

「実際には時間を移動してないってことですよね? それじゃあ時間旅行って言わないじゃない!」

「……今の言語では『時間旅行』と言うのが最も妥当だろうという結論の元、便宜上そう呼んでいるだけだ」


 一体、時子さんは何が面白くてこんな時間旅行を提供しているのだろう。


「……もう一つ、聞いてもいいですか」

「…………」

「この時間軸に、今、私は何人いるんですか」


 時子さんはすぐには答えなかった。その薄い唇が開かれた時、私は無意識に歯を食いしばってた。


「三人だ」


 私は時間旅行の館を飛び出した。この目で確かめなければ。私をはねた人を。予想はついてるけど、まさかそんな――。タクシーを捕まえ、「私」が書き止めていた内容に基づいて割り出した目的の場所を運転手に伝えた。

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