第8話 三十年後
ザアァァァァァァァ……――――
「――――っ!!」
「長旅ご苦労」
大きく喉を広げて息を吸いながら声がした方を見ると、女性がそこに立っていた。
「とき、こ、さん……」
そうだ。私、時間旅行で未来に来たんだ。
「……ここは、三十年後、ですか」
「その通り。『現在』より三十年後だ。それでは、外まで案内する」
「ここは……変わらないんですね、三十年経っても」
そう感想を漏らしたが、時子さんは無言のまま館の中を進んだ。館だけでなく、時子さんも全くと言っていいほど変わっていないように見える。
館の玄関にたどり着くと、時子さんはくるりと振り返った。
「この端末に『3470』と打ち込めば『時間旅行』を終了することが出来る。もちろん、この館に戻ってきても可能だ」
そう言われ、ポケベルに数字のボタンが付いたような小さな端末を差し出された。
「いりません。戻るつもりはないので」
「……後悔しないな?」
「はい」
「三十年も経てば当たり前だと思っていたことも当たり前ではなくなる。技術は大幅に進歩し、見たこともないようなものが世の中に溢れかえっている。そんな社会に適応できるようになるまで、我々はあなたを支援する」
「……お気遣いありがとうございます」
「そういう契約だから」
契約書をまともに読んでいなかった私は返す言葉が無かった。
「ひとまず、住居は手配した。しばらく生活するのに必要な資金も用意する。また、職場の手配や改名も可能だがどうする?」
「そんなこともできるんですか」
「あなたが希望すれば可能だ」
「……改名、お願いします。職場は自分で探すので大丈夫です」
「承知した。資金を振り込むための口座はこちらで開設する。通帳やキャッシュカード、銀行印などは開設後、居住先に送付する。他にも必要なことがあれば何でも聞く」
時子さんに促され外へ出ると、鏡のように周りを鮮明に映した黒い車が停まっていた。
「新しい住居まで送ろう」
それから私は、「未来」で新たな人生を歩むことになった。無事に就職先も見つかり、平穏な日々を送っていた。同僚からこんな話を聞くまでは――。
「入社した頃から何か君の顔に見覚えがあるな~と思ってたら、近所に住んでいるおばさんにそっくりなんだよね。親戚とかだったりしない?」
「近くに親戚はいないはずなんですが」
「あ、そうなんだ」
「それより。その人、いつからそこに住んでいるんですか?」
「え? うーん、三十年くらい前に引っ越してきたかなぁ」
三十年。
「……その人、何て名前ですか?」
「え? 何でそんなこと聞くの?」
「……もしかしたら親戚が知らない内に引っ越しているかもしれないので、その確認と言いますか」
「ああそういうことなら。名前は××××だよ」
ドクン。
そんな。そんな偶然が。あるはず――。
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